05話.[かなりむかつく]
「おー、凄く気持ちいいよ」
寺本君は姉専属の肩揉み師みたいになっていた。
あの日の発言通りあれから毎日ここで過ごしているわけだけど、こうなってくると私が邪魔なように思えて仕方がない。
「お、妹が私の足を使いたそうな顔をしている」
「……ねえ、邪魔ならどこかに行くわよ?」
「え? 誰が麻美を邪魔だって思っているの?」
「だ、だから……あなた達が……」
「そんなわけないでしょうが!」
み、耳がっ!?
……コントロールされていないときは本当にやばい声量になる。
昔はこれで頭が痛くなって帰ることになったこともあるぐらいだ。
「そうだよ、麻美さんはすぐに勘違いするよね」
「わ、私は空気を読んで――」
「いらないよ、そもそも僕らが最初は一緒にいたんじゃないか」
それは確かにそうだ。
それでもあのときとは確かに違うことがある。
一緒にいる人が増えれば増えるほど、変わっていくというわけで。
……考えて行動してあげているのにそれが届くことはなさそうだった。
「麻美のそういうところは悪いとしか言いようがないね」
「……そこまで言わなくていいじゃない」
「いや本当に直した方がいいよ、そうしないと和くんに怒られるよ?」
そのことなら大丈夫だと言える。
何故なら挨拶をする程度に抑えているから。
そのおかげで変な勘違いをしなくて済むし、和彦君は余計なことで時間を無駄にしなくて済むしでいいことしかなかった。
あの後輩の子と相変わらず仲良くしているからきっと忘れてくれることだろう。
露骨なことをしないでいれば必ずそうなる。
「はい、和くんを連れてきてあげたから問題のそれを直しなさい」
放課後、私はまたしても和彦君と向き合っていた。
勝手に巻き込んでおいてひとりどこかに行ってしまうのが姉だった。
どうして私と姉はここまで違うのだろうか。
「問題のそれってなんだ?」
「私が空気を読んで離れようとすることが気に入らないみたい」
「ああ、確かにそれは直した方がいいな」
私なりに考えて行動しているのに……。
和彦だって姉が寺本君といちゃいちゃ――仲良くしていたらその場を去るでしょうに。
場の雰囲気を全く理解できないような人間にはなりたくはない。
間違っていることではないんだから信じて貫けばいいのかといまさら気づいた。
そもそも誰かになにかを言われて変えてしまうぐらいなら言わない方がいいし。
「つか、いい加減教えろよ、朝と昼はどこで過ごしているんだ?」
「ふふ、内緒」
自ら教えるわけがないだろう。
逃げるためにあそこにいるのに姉のせいでもう残念になっているような状態でね。
私だってそこまでアホというわけではない。
「しょうがない、くすぐって吐かせることにするか」
「えっ、あ、えっ」
躊躇なくこちらの脇腹に触れてこしょこしょ攻撃を仕掛けてきた。
相手が相手ならいくら格好良くてもセクハラ認定されて終わるところだというのに、彼はそんなことを一切気にしないとばかりにいい笑みを浮かべているだけだった。
「も、もうやめなさいっ」
「吐いたらやめる」
「あっちの校舎の図書室前の階段だからっ」
「そうか、嘘をついていたらまたやるからな」
……私に気軽に触れるのなんて姉を除けば彼ぐらいなものだ。
他の女の子にもこんなことをしているということならかなりむかつく。
当然、許せることではなかった。
「ぐぇっ、な、なんだよ……?」
「明日香ならいいけどそれ以外の子にこういうことをしていたら許さないわよ」
痛い女になろうがもうどうでもよかった。
それよりも気軽に触れていいわけがないのだ。
しかもこういうことを繰り返していると他の子にも癖でしてしまいそうだし……。
「だからしてねえって、麻美にしかしねえよ」
「本当に?」
「ああ、神に誓ってもいいぞ」
私は神様というやつを信じていないからそれでは駄目だ。
もっと分かりやすく私にしかしていないという証拠を示してほしい。
とはいえ、そんなことは不可能だから諦めて帰ることしかできなかった。
「今日は俺の家に来いよ」
「……最近、そういうことばかりじゃない?」
「無理なら無理でいいよ」
無理なんかではない。
いまだって姉以外とは上手く話せていないから逃避できるのならそれが一番。
……なんだかんだ言ってもやっぱり彼といたいから誘ってくれるのであればいい時間を過ごせるわけで。
「……あなたさえいいなら」
「おう、寧ろこういうときでもないと麻美は逃げるからな」
私はいまでも寺本君との約束を律儀に守っているだけだ。
破れば姉が意地でも連れ戻そうとするからできない。
あと、ほぼ二年守ったあの場所もついに彼にバレてしまったわけだから終わりだろう。
「ほら、そんな隅じゃなくて真ん中に座ればいいだろ」
「遠慮しているわけではないわ、帰るときにここが楽だから選んでいるのよ」
「来たばかりなのに帰るときのことを考えるなよ……」
そうは言われても帰らなければならないのだから仕方がない話だ。
ここに泊まることができるのならずっと泊まっていたいぐらいだけれど。
何気に彼のご両親相手の方が喋りやすかったりもする。
というか、彼と遊ぶ度に毎回会っていたから仲がいいと言っても過言ではないぐらいで。
「ほら来い」
「……そんなの恥ずかしいじゃない」
「いいから来い」
足の間に座った瞬間に両肩に手を置かれて本気でびっくりした。
……完全に私だけに向けてくれているならともかくとして、そうではないから私といるときだけはこういうことをしているのではないか、そんな風に考えてしまう。
「俺はいつだって麻美の側にいただろ? だから勘違いしてくれるなよ」
「……でも、事実他の子とたくさんいるわけだし……」
「それは友達だからな」
優先してほしいと思っているくせに面倒くさい絡み方しかできない自分に辟易とする。
が、結局直そうとしていないから問題になっているわけで。
そしてこういうところが彼の足を引っ張るわけで。
……本当はいてはいけない人間なのに私ときたら……。
「……あなたは昔のままの感覚でいてしまっているのよ、私はもうひとりでなんとかできるのに放っておくと潰れてしまうと考えてしまっているのよ」
「ひとりでなんとかできるか?」
ひとりでなんとかできる。
一週間はそうやって生きることができたわけだから少しずつ伸ばしていけばいい。
寺本君のあれは向こうが勝手に言ってきただけだからこちらから頼ったわけではない。
頑張っているところに揺らそうとする邪魔な存在が現れなければ余裕と言えるだろう。
「余裕よ」
「ふーん、面白くねえな」
「面白みを競っているわけではないもの」
ドキドキしたりすることもなかった。
直近で言えば寺本君にあれを言われたときの方がドキッとした。
彼のそれは言葉が軽いというか、みんなに言ってそうってすぐに想像してしまうから。
こればかりはもう変わることはない。
昔みたいに彼しか見ないで過ごすことなど不可能なのだ。
「あなたにこうして触れているよりも寺本君に言われたことの方がドキッとするわ」
「寺本?」
「ええ、明日香のことが好きなのかどうかを聞いたときにそういう感情を抱くなら私の方にって言ってくれたのよ。まあ、その後すぐに――きゃ!?」
すぐにそれはないと否定されたけれど、そう言うことができなかった。
順番を変えて少しだけからかおうとした私が悪いのかもしれないけれど……。
「それも嘘か?」
「……その後すぐに一緒にいる時間が長いからと言われて終わったわよ」
つまり逆に姉との時間が長ければそちらと、となるわけで。
一瞬だけそうなってしまったことを恥ずかしく思う。
……なにを自惚れているのかという話だろう。
きっと姉と仲良くするために私に協力してくれていただけなのに。
「明日から俺も行く」
「……明日香もいるしもうどうでもいいわよ」
「別に攻撃しに行くわけじゃないから誤解しないでくれよ」
「どうでもいいわ、あなたの好きにしなさい」
離してくれたから今日はもうこれで帰ることにした。
これからもっと面倒くさいことになりそうだと内で呟きつつ家を目指したのだった。
「ここも」
「んー?」
「ここも随分と賑やかになったなと思って」
私のせいでここも意味がなくなってしまった。
喋りたがりのふたりのせいで全然静かな時間を過ごすことができていない。
ただ、ふたりが変に静かだったりすると調子が狂うという難しさもあって。
「僕としては麻美さんとふたりきりだったときが一番好きだったかな」
「む」
「おいおい、初心者を歓迎してくれよ」
「だってふたりはこんなところで過ごさなくても余裕なんだしさ」
本当にその通りだから仕方がないことだ。
ここに来ているのはあくまで意地からでしかない。
多分、私を困らせることができればそれで十分なんだと思う。
それぐらいふたりは意地悪な人間だった。
「それこそ直くんだってこんなところで過ごす必要はないでしょ?」
「なんで? 僕も麻美さんに負けないぐらい教室は苦手だけど」
「そうかなあ? そうやって暗示をかけちゃっているだけなんじゃないの?」
「そうかどうかは分からないけど、静かなところが好きなのは変わらないからね」
別に私や寺本君だけの場所というわけではないから止められない。
でも、他者も私達がここに来ることを止められる権利はないのだ。
なにか不満があるなら来なければいい、不満がないなら黙っておけばいい。
「これは麻美さんのせいだよね」
「え……」
彼がこういう顔をするときだけはふたりがいてくれてよかったと思ってしまう。
卑怯なのだ私は。
自分の都合が悪くなったときだけ利用しようとするなんて本当に性格が悪い。
こんな感じだから姉や和彦君ぐらいしか来てくれない。
「はは、冗談だからそんな顔をしないでよ」
「……少なくとも和彦君にはセクハラをされて吐いてしまったわけだから確かに私のせいだと言えるわね」
「「セクハラ?」」
「ええ、こうこしょこしょと」
「「えぇ、最低だ……」」
いくらある程度の関係を築けているといってもあれは少しやりすぎだった。
というか、まさかあんなに躊躇なく触れてくるとは思わなかった。
基本的にこちらが甘える側で、こちらから小さい頃は触れていたから余計にそう感じる。
「俺にだけは意地でも教えようとしなかった麻美が悪い」
「セクハラをする前に僕か明日香さんに聞けばよかったよね? それって結局麻美さんの体に触れたかっただけなんじゃ……」
「どうせ聞いても答えてくれないだろ、だったら本人から吐かせた方が効率がいい」
すぐに意見を変えてしまう人間だから確かにそれが一番効率がいい。
ここはさすがに昔から一緒にだけはある理解度だった。
「それに麻美に触れたいと思ってなにが悪いんだ?」
「うーん、和彦君は他の女の子ともいるわけだからね……」
「そんなこと麻美にしかしないぞ」
口ではなんとでも言える。
他の子といるときにどういう会話、行為をしているかなんてこちらは分からない。
普通なら信じるべきだけど、ことこういうことに関しては信じられない状態が続いていた。
「証拠は?」
「は?」
「麻美だけにしているという証拠は?」
姉が聞いてくれたけど証拠なんて出せないから意味のない質問だ。
「どれだけ俺を軽い人間ということにしたいんだよ」
「そうじゃないよ、ただ、大切な妹の相手が女の子全員にそういうことをしていたら嫌だなーと言いたいだけで」
「寺本はともかく明日香は知っているだろ?」
これ以上は悪い雰囲気なるからやめさせておいた。
みんなで集まるからこういうことになる。
やはりふたりかさんにんで集まるぐらいがいいと思う。
「和彦君、別の場所で話しましょう」
「ん? あ、おう」
こうして微妙になるぐらいなら個別、もしくはそういう雰囲気にならない相手とだけ過ごした方が間違いなくいい。
「ごめんなさい、私も面倒くさい絡み方をしてしまって」
「まあ……そういうのはなくても俺が女子といるのは事実だからな」
「これからは頑張って疑わないようにするから一緒にいてちょうだい」
「それを頑張るのかよ……」
そもそもそこは彼の自由なのだから余計な口出しをしてはならないのだ。
それをすぐに忘れてしまうからこんなことになる。
こんな人間の側にいてくれているだけでも感謝しなければならないことなのに。
「あ、ちょっとじっとしてろ」
「え? あ、なにかついていたの?」
「おう、埃がついていただけだけどな」
今朝は捜し物をしたからそのときに付着したのかもしれなかった。
あ、もちろん自分の物ではなく姉の物ではあるけれど。
当日の朝になってから○○がないとか言い始めるから困ることが多々ある。
毎回当たり前のように巻き込まれるから朝からくたくたになることも何度もあった。
「ふふ、ありがとう」
「いや、礼なんかいいよ」
「それだけじゃないわ、いつも側にいてくれてありがとう」
忍耐力がなければできないことだ。
それぐらい一緒にいても退屈な人間だと分かっている。
勉強はできてもそれ以外が駄目なのは問題だろう。
「そういえばあなたって……」
「ん?」
少し前よりも身長が伸びた感じがする。
首の傾け具合で判断しているだけだから合っているかどうかは分からないけれど。
「少し疲れるからこれ以上伸びるのはやめなさい」
「それはどうにもできないからな」
「あなたの顔を見づらくなるから遠慮してちょうだい」
とはいえ、昔からこうだったからあまり変わらないというのが正直なところだった。
私が彼に甘えすぎてしまったのはそういうところも影響しているし、私にも変わらず優しかったことが強く影響している。
……そんな存在がずっと近くにいてくれたらそういう甘い妄想をしてしまってもおかしくはないのかもしれない。
「しゃがめばいいのか?」
「それだとあなたが大変じゃない、そういうことを避けるためにもこれ以上伸びるのはやめなさいと言っているのよ」
なにかが間違って関係が前進したときに……するのが大変になってしまう。
こちらが思い切り背伸びをして~みたいな感じも悪くはない気がするけれど……。
「そもそも俺が麻美の顔を見る度に下を向くんだからそれでいいだろ?」
「言われてみればそうね」
って、巨人というわけではないから疲れることは本当はない。
ちょっと傾ければ和彦君の顔は簡単に見える。
横顔なんかも整っているからテスト勉強をするときとかはよく見てしまっていた。
集中力が高い方だからそれでも気づかれずに済むという流れで。
「そろそろ戻りましょうか」
「そうだな、まだ朝だからなあ」
今日も問題なく過ごせるよう心の準備をしなければならない。
あと、教室からなるべく逃げ出さないように努力もしなければならない。
できるかどうかはともかくとして、努力を忘れるような人間にはなりたくなかった。
頑張ればなんであんなことで悩んでいたんだろうと後で笑うことができる。
自分に自信を持てるようになればマイナス思考をせずに彼の側にいられるようになる。
まあ……彼からすればそれはいいことなのかは分からないけれど。
「また後で行くから」
「ええ、待っているわ」
「たまには麻美から来てくれてもいいんだぜ?」
「ふふ、それなら私の方から行くわ」
待っているだけじゃ駄目だと思う。
私がやっと自信を持って彼の側にいられるようになる頃にはもうどこかへ行ってしまっている気がする。
恐れていないで頑張るしかない。
もうすぐ十二月になるからそういう意味でも……。
「大槻さん」
「私?」
「うん、ちょっとお願いしたいことがあって」
係とか以外のことで同じクラスの子から初めて話しかけられた。
通常時であればきっかけにもなるから喜ぶところだ。
ただ、恐らくいいことではないから警戒しつつ頷いたのだった。
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