04話.[よく分かったね]
「なんとか治せたわ」
ご飯を食べずにいっぱい寝ることでなんとか翌日も~的な展開は避けられた。
ただ、
「うぅ、麻美ぃ……」
姉が犠牲になってしまって喜ぶこともできないまま、ということになる。
なにも今回のこれでかからなくていいのにという気持ちと、こちらを抱きしめてきたり、添い寝をしてきていたりしたから仕方がないと片付けようとする自分がいて忙しい。
「気をつけてぇ……」
「ええ、放課後になったらすぐに帰ってくるから」
飲み物とか必要な物を置いて家をあとにした。
母がいてくれるからあまり心配しなくても大丈夫だ。
問題があるとすれば熱を移してしまったことだけど、こればかりはもうどうすることもできないわけだからやっぱり片付けるしかない。
「よう」
今日もあの女の子と一緒にいるところだった。
挨拶を返して今日は別行動、とはしなかった。
露骨にそういうことをするとお互いにとって時間がもったいないから。
「そういえば明日香はどうした?」
「熱を出してしまったのよ」
「マジか、放課後は行ってやらないとな」
寺本君にも声をかけて行ってもらおうと思う。
いまなら彼に来てもらうよりは寺本君が来てくれた方が嬉しいだろうから。
恥ずかしいかもしれないけど、回復させることの方が重要だから大丈夫なはず。
「あれ、珍しいね」
「ここに来ておいてなんだけれど、まだここで過ごしていたのね」
「うん、教室は変わらずに苦手だから」
ゆっくりお喋りするために来たわけではないから用件だけ話して教室に――はできなかった。
横をぽんぽんと叩いて誘ってきたから座ることに。
「昨日、なんで体調が悪いのを隠していたの?」
「えっ? なんで急にそんなこと……」
いつも通り教室外で過ごしていた。
その際に彼が来るようなことはなかったから分からないと思うけれど……。
大体、会えるのはここでぐらいだから大事な話をするような仲でもない。
和彦君が気づいている様子もなかったから姉が言ったのだろうか?
「和彦君ぐらいには言ってもよかったと思うけど」
「なんの話をしているのか……」
「別になにかを失うとかではないんだから認めてもいいと思うけどね」
休み時間になる度に姉の足を借りて休んでいた。
でも、ベッドと違って寝られていたわけではないし、近くに来れば気配で分かるからその間に彼が来ていた、という可能性は絶対にない。
調子が悪い状態だからここには来ていないし、朝のあれ以外は会話という会話もしていないのだから不思議だった。
「それを話していなかったから明日香さんが付きっきりにならなければならなくなって熱を出してしまったんじゃないの?」
「……私のせいで体調が悪くなったのは事実よ」
私と違って無理をして学校に行くというアホな選択もしなかった。
朝からゆっくりと寝られたら明日には完全復活していつも通りの姉らしく過ごしてくれる。
母だって大事な娘を支えようと動いてくれるだろうから絶対治ると言ってもいい。
「だからこそよ、だからこそあなたが行ってあげれば精神的に楽になるかと思って……」
「それは行くから安心してよ」
「ええ、私の言いたいことはそれだけだから」
実を言うと姉と関わった人はこうなる傾向があった。
姉に迷惑をかける人間を許したりしない。
正論だから真っ直ぐに突き刺さる、だからその度に痛くなるぐらいだった。
「はぁ」
寺本君といないようにしたのは正解だったかもしれない。
だって先程のあれは明らかに冷たかったから。
私はそういうのを見たくなくて姉となるべくいないようにしていたのにこれでは話にならないというか……。
関わっていったら和彦君だってああいう顔を私の前で見せる可能性がある。
もしそうなったら誰を信じればいいのかが分からなくなってしまう。
「まあいいわ」
いまは他の女の子に熱中しているからこっちに来ることもない。
私の演技力が優れているというわけでもないのに体調が悪いのを見破れなかったことから、こちらのことをちゃんと見ていないということが分かる。
それなら私がこの前のようなやり方を貫いてもなにかを言われることもない。
これなら完璧だ、優しくて好きな和彦君の時間を無駄にすることもなくなるわけだ。
「戻りましょうか」
問題があるとすれば姉がいてくれるかどうかは分からないということ。
寺本君と和彦君といることが不可能なら姉に頼るしかない。
でも、姉はきっと寺本君と過ごしたいはずだから……。
……ひとりでもなんとかできるメンタル力があればこんなことにはならなかったのに……。
「なんですぐに消えるんだよ」
「寺本君に話をしてきたのよ、放課後は明日香のために家まで来てと」
こういうあと一歩で切れそうというときに来るのが得意だった。
私はその度に自分で決めたことを変えて生きてきた。
けれど今回はずっと続けてみせる。
少なくとも彼があの子か他の子と付き合い始めるまで一生懸命に。
「あなたも来てくれるのでしょう?」
「当たり前だ、明日香は大切な幼馴染だからな」
「ええ、よろしくお願いね」
どれぐらいまで続けることができるだろうかといまから不安でいっぱいだった。
一週間が経過した。
教室から、姉から、和彦君から逃げ続けてひとり過ごしていた。
携帯も使わないから家に置いたままでいる。
面倒くさいことにならないように帰宅時間を遅くしたりはしていない。
ただ、
「……何故かあなたからは逃げられないのよね」
寺本君が原因でこう極端に動いているというのに彼からは逃げられていなかった。
「だって僕は協力者だからね」
「……そうね、あなたのおかげでふたりから追及されずに済んでいるものね」
「うん」
脅されているとかそういうことではなかった。
鋭い彼に聞かれて全てを話した結果、協力してくれるということになったのだ。
どうして協力してくれているのかは分かっていない。
ふたりから敵視されているわけでもないからなにも言ってはいないのだろう。
「あと、もうちょっと近づいてくれてもいいんじゃないかな……」
「……この前怖い顔をしてきたから嫌よ」
「ごめん、明日香さんと会えないと思ったら少し寂しくてさ」
ひとりでは結局どうしようもできなかったから諦めた。
もうこの時点であのとき決めたことは守れていないということになるのだから。
「……これでいい?」
「うん」
あ、ただ彼からはひとつ条件を出されていた。
それは朝とお昼休みは必ずここで過ごすという条件。
私が行かなくなってから寂しくて仕方がないから、ということらしい。
「寺本君は本当のところは強いのでしょう? なんでこんなところにいるの?」
「僕は三人とは別のクラスだからね、あとは最初にも言ったように教室が嫌いなんだよ」
「ふーん、私に合わせてくれているだけなのかと思ったけれど」
「そんなことはないよ、だって麻美さんより弱いし」
私よりも弱いなら敢えてここに私を呼ばないと思う。
まあいい、これも彼なりの優しさということにしておこう。
別にこちらとしては損ではないんだし、ひとりでは無理なんだし。
「明日香と初めて出会ったときなんてわざと私の後ろに隠れていたわよね」
「わざとじゃないよ……。それに、麻美さんと違って明るさMAX! って感じの女の子だったからさ」
「それは合っているわ、和彦君も私と違って明るいわよね」
「そう、だから怖かったんだよ」
それであっという間に名前呼びを許可して手を握ることも許可したわけだけど。
じーっと見てみたら「そ、そんな目で見ないでよ」と言ってきた。
「明日香のことはどう思っているの?」
「麻美さんのお姉さん、ってところかな」
「好意とか……」
「ないよ、まだ出会ったばっかりだし。もし抱くとしてもそれは麻美さんにじゃない?」
「どっ、……うしてっ?」
慌てていたら「だってもう二年になろうとしているところなんだし」と。
彼も和彦君と同じだと分かった。
紛らわしい言い方をして女の子を騙すそんな人なんだとね。
「最低ね」
「な、なんで?」
「なんでもないわ」
助けてもらっているからこれ以上は言わないでおいた。
……一瞬ドキッとしてしまったことは内緒にしておけばいい。
そもそも彼は姉に興味があるんだろうから大丈夫。
勘違いしたりはしない。
だって勘違いしやすい人間だったらとっくの昔に和彦君に告白して終わっていたから。
「上手くいくかしら……」
「うーん、これが成功しても上手くいっていることにはならないんじゃないかな」
「どうして?」
もしそうならいまこうして頑張っていることが無駄になってしまう。
私は無駄なことを頑張る馬鹿な人間ということになってしまうだろう。
それなのに協力してくれているのは私にそうなってほしいからだろうか?
いや……そうするために敢えてそんな面倒くさいことをする必要はない。
私を陥れたいならふたりに事情を説明すれば勝手にふたりが動いてくれるからだ。
「だって必要ないことをしているんだよ? 仲のいいふたりと敢えて距離を作るなんて正直に言って馬鹿としか言いようがないよ」
「……怖くなったのはあなたのせいなのよ? あなたが怖い顔をするから和彦君にもされるんじゃないかって考えて……」
自分が弱いのが悪いことではあるものの、その理由を作った彼に言われると納得できない。
なにがしたいのか分からないのも不安になるところだ。
実際は余裕があるくせにここに逃げてきているところとか……。
私はもうほぼ二年間一緒にいる相手のことを全く理解できていなかった。
「はは、和彦君が大好きなんだね」
「そういうのではないわ、人としては好きだけれど」
彼は頭を掻きつつ「そこは意地でも認めなさそうだね」と口にし苦笑していた。
誰になんと言われようとそこは変わらない。
期待したところでいい方に変わることはない。
私と
「多分、避ければ避けるほど怖い顔をされると思うよ」
「……いまとなってはそれでいいと思っているわ」
大切な相手の時間を無駄に消費させたくない。
私といないことで自由にいられるということならそれが一番。
話したことはないから知らないけど、恐らく人間性でもあの子や周りの女の子に負けている。
どうあがいても勝てるようなことではないことを私は誰よりも分かっているのだ。
「見ーつけた」
「よく分かったね」
「麻美が露骨に避け始めてから一週間、ずっと探していたんだ」
うぐっ、……やはり下手くそすぎてバレていたらしい。
姉だから分かるのかもしれない。
「麻美、和くんが怒ってたよ?」
「……別になにか事情があるというわけではないの、ただ、私はこの場所が好きだから高頻度で行っているというだけで」
嘘に嘘を重ねてどんどん後に引けなくなっている。
結果から言えばやらなかった方が嫌われなくて済んだかもしれない。
「麻美が好きで行っているだけなら私が行っても問題ないわけだよね?」
「……す、好きにすればいいじゃない」
「よしっ、それならこれから毎日朝とお昼休み、ここに行くからねっ」
勘弁してほしい。
静かだからここに逃げてきているのに姉がきたらよくも悪くも賑やかになってしまう。
姉はやっぱり意地悪な人間だ――いや、関わってくれる人は全員意地悪だ。
これだって探していたわけではなくて彼のせいで見つかったようなものだし……。
「あと、放課後は絶対和くんと話させるからね」
「別に避けていたわけではないわ、幼馴染と話すことぐらい余裕よ」
「じゃあ一度でも目を逸らしたら麻美の恥ずかしいことを和くんに言うからね」
「私の恥ずかしいこと? そんなの和彦君ならほとんど知っているでしょ?」
「おっぱいのサイズとかほくろの位置とかだよ」
私の胸のサイズなんて言ったところでなんにも役に立たない。
ほくろの位置にしたってそう、だからなんだとなるだけだろう。
……姉にしてはまたなんとも弱い感じの脅しだった。
昔だったら言うことを聞かないと下着を見せるからとか言ってきていたのに。
こういう強制力があるなら自分が決めたことを破ったわけではないから別にいい。
というわけで放課後は自分の教室でずっと待っていた。
「待たせたな」
「ええ」
どこかから見ている可能性もあるけどここに来たのは和彦君ひとりだった。
もう十八時になっているのもあって教室内は真っ暗になっている。
電気を点けていなくても顔は見えるからあの約束は守れるのだ。
「で、俺の怖い顔が見たくなくて避けてたって?」
「はい? 私があなたや明日香を避けるわけがないじゃない。ましてやずっとあなたに甘え続けてきた私がよ? そんな日がきたら自分が一番驚くわよ」
彼離れできたということで悲しくも嬉しくもあるかもしれない。
大丈夫、これを乗り越えれば確実に上手くやれる。
私はもう彼に甘えることはしない。
幼馴染だからといてもらうのは後輩の子や他の女の子に申し訳ないから。
「麻美」
「……な、なによ、顔を近づけて」
……あの子や違う子にしていることを考えると胸の辺りが痛くなる。
この時点で相当重症だと言える。
そして間違いなく彼からしたら害になる人間だった。
「電気点けていいか?」
「もういいわよ、それなら帰りながら話した方がいいわ」
「そういえばそうだな」
廊下に出てみても隠れて聞いているというわけではないみたいだった。
まあ、仮に聞かれていたとしてもなにも問題はない。
隠さなければならないのは彼に対してのみなのだから。
「最近、可愛い子とよく一緒にいるわよね」
「ああ、恋愛相談を持ちかけられてな」
「それってそういう口実であなたに近づいているんじゃないの?」
実はあなたが好きでした、そんなありがちなパターンではないだろうか。
見た目で選ぶような和彦君ではないけど可愛い方がいいに決まっている。
それに私と違って胸も大きいという男の子からしたら理想的な存在なわけで。
「違うぞ?」
「なにを根拠にっ」
「お、落ち着け」
はっとして離れてから後悔した。
私も姉のことは言えるような立場じゃなかった。
距離が無駄に近い、もちろん彼限定ではあるけれど……。
「根拠は直接この目で見たからだ」
「紹介されたの?」
「ああ、それでアドバイスしやすくなったのもあるからな」
……仮にあの子はそうでも他にもたくさんいるのだ。
って、なにを私は気にしているのか。
彼が誰といようと、誰かを抱きしめたりキスしようと、そんなの自由なのに。
そもそも初めてのキスは姉に奪われてしまっているわけだし……。
「おいおい、まさかそういう勘違いから避けていたのか? まあ、確かに最近は麻美と一緒にいる時間も少なかったけどさ」
「勘違いしないでちょうだい、その子でも他の子でも好きになって付き合えばいいじゃない」
もう約束は果たしたからひとり自宅を目指して歩く。
足音が聞こえてくるから自然と速歩きになって自宅前まで歩いた結果、
「……なんで付いてきているのよ」
「当たり前だ、このまま帰れるかよ」
一年で何人の女の子を勘違いさせているのか分からないそんな不審者がそこに……。
「今日は泊まる、いいだろ?」
「きゃー、不審者がいるー」
「なんだよそれ、いいから入ろうぜ」
手を洗って部屋に移動。
制服から着替えてベッドに座ったら動きたくなくなった。
ご飯とかはとりあえず疲れすぎて休んでからにしたい。
そもそも両親と一緒に食べたくはないからこれは仕方がない。
「入るぞ」
よくこの家を自由に移動できるものだ。
相手のご家族と遭遇したら気まずいな~みたいな考えはないのだろうか。
「よっこいしょ」
「……女の子のベッドに気軽に座らないでちょうだい」
「いいだろ、それに女子の家になんて大槻家を除いて上がったことはないからな」
残念ながらなにも信じられなかった。
あと、約束を守ったのに姉がいなければ意味がない。
明日文句を言ってやろうと決めたのだった。
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