03話.[こういう優しさ]
「大槻さんおはよう」
「おはよう」
こうして寺本君とふたりきりになるのは久しぶりな感じがする。
別に彼とだけ約束をしていたというわけではなく、あくまで姉と和彦君が遅れているだけではあってもだ。
「明日香さん達は遅れるんだよね?」
「ええ」
家族だから何度も起こしたのに駄目だった。
三十分も頑張ったのに不可能だったから和彦君に任せて出てきた形になる。
姉のせいでひとり待たせることになるのは申し訳ないからとりあえず私だけは~と考えた結果がこれだった。
「寒いからそこのお店に入ろう」
「そうね、まだまだ時間はかかりそうだものね」
押し付けてしまったことは本当に申し訳ない。
でも、私では無理でも和彦君であればできると思うのだ。
姉にとっても信用できる人間なのだから。
「明日香さんのことなんだけどさ」
「ええ」
「双子だって聞いたけどあんまり大槻さんと似てないなって」
それは仕方がないことだと言える。
見た目も能力も違いすぎる。
姉はみんなから求められる人間で、私は誰かに頼らないと生きていけない人間だ。
羨ましいと思ったことは一度や二度だけではない。
実は真似をしようと姉らしく振る舞ったこともあるものの、和彦君に「麻美らしくないぞ」とすぐに言われてやめたことがあった。
そのときに双子なのに姉のようになるのは無理だと諦めたことになる。
「明日香さんには怖いこととかなさそうだよね」
「明日香にもあるわよ? あの子はピーマンが嫌いだもの」
「はは、なんか可愛らしいね」
ピーマンや人参などが嫌いだった。
だからよくこちらのお皿に放ってくることがある。
こちらとしては好きだから構わないものの、私のときと違って悪く言われないことにもやもやすることがあった。
……私なんか好き嫌いしたら全部取り上げられるぐらいの感じだから。
「あ、もう着くみたい」
「それなら出ましょうか」
コーヒーを一杯飲めただけで体が暖まってよかった。
これから寒い中歩いていかなければならないからあまり意味はないのかもしれないけれど。
「おはよ~」
「うん、おはよう」
既にぐったりしている和彦君に声をかけてから移動を始める。
この前の発言から想像できたことではあるものの、当たり前のように姉は寺本君の手を握って歩いていた。
「お疲れ様」
「滅茶苦茶大変だったぞ……」
「あの様子だとふたりだけで盛り上がるだろうし、途中で休憩してもいいと思うわ」
「ああ、どうしようもなくなったらそうさせてもらうわ」
水族館は歩いても行ける距離にあるから余計なお金がかからないのもよかった。
入場料が結構かかるからお財布事情的にもなるべく出費は抑えたい。
昼食代とか飲み物代とかも必要になってくるのなら尚更なことだと言える。
「着いたな」
「そうね」
お金を払って中に入ると外と違って静かだった。
まだお客さんがあまり来ていないからゆっくりと見て回ることができる。
「え?」
手が当たったから彼の方を見てみたら「俺らも繋がないか?」とぶつけられた。
お客さんは少ないだけでいないわけではないから頷いてから歩きだす。
前までであれば姉のいるところではなるべく距離が近くになりすぎないようにしていた私としてはなんとも不思議な時間だった。
「少し息苦しくなってくるよな」
「そう?」
「ああ、なんか押しつぶされそうな感覚になってくるんだ」
「あなたから誘ってきたのに? それなら無理しなければよかったのに」
「麻美はここに来るの好きだったろ? 一緒に行く相手の行きたいところに行きたくてな」
それを言ったら一緒に行く相手にそういう気持ちでいてほしくないけれど。
そういう感覚になることを知っていたなら場所を変えようと提案したはずだ。
というか、本来であれば私は行かないのが一番だったと言えるわけだし……。
「無理ならもう出てもいいのよ?」
「いや、流石にそれはな……」
「それなら手を離さないようにすればいいかしら?」
「ああ」
離れると言葉で刺されるかもしれないからゆっくり前を歩くふたりを追っていく。
何十回と来ている場所ではないけどとにかく落ち着くそんな場所だった。
できることならこんなところで勉強をしたり読書をしたりしたいぐらい。
「腹減った、今日は食べてこられなかったからな」
「そうなの?」
「ああ、あと明日香を起こすのに体力を使ったからな」
あ、こうしてお魚が泳いでいるところを見ているからかと気づいた。
こうして泳いでいるところを見て食べたいとはならないけれど……。
「何度も往復するわけではないでしょうし、少し我慢すれば食べられるわよ」
「そうだな」
それから大体二十分ぐらいが経過した頃に足を止めることになった。
姉もお腹が空いていたみたいだったから退場してお昼ご飯を食べることに。
正直に言って寺本君は何故あそこで過ごしているのかと言いたいぐらい姉と楽しそうにやっている。
でも、そうやってどちらかに偏ることで私が空気を悪くして解散に~なんてことにはならないからこのままでいてほしいと思った。
いい子だから楽しんでほしいというのもあった。
飲食店での雰囲気もいいままだったから安心できた。
「よし、ここからは別々に行動しようっ」
「は? それなら最初から寺本とだけ行動すればよかったんじゃないか?」
「まあまあ、そう怖い顔をしないでよ」
こういうところは昔から変わらない。
が、彼とふたりきりであればもっと悪い雰囲気になって終わるということもないだろうから別にそれで構わなかった。
寺本君も姉といたいみたいだから損ばかりというわけでもないだろう。
「結局こうなったな」
「予想できてた?」
「ああ、だから麻美とふたりきりで来るべきだったと思っているぞ」
こうなったからそう言えているだけでふたりきりで来ていたら変わっていた可能性がある。
なにがきっかけてよくなるか、逆に悪くなるかなんて分からないから怖いものだ。
「寒いし金もかなり使ったから家に行こう」
「それならあなたのお家がいいわ、家には母がいるから……」
「分かった、そうしよう」
どちらかと言えば母の方が苦手だから自分の方から避けるしかない。
父は逆になにも言ってこなさすぎて怖いから全く話していなかった。
「あなたのお部屋には久しぶりに入った気がするわ」
「そういえばそうだな」
エアコンを使用して暖かくしてくれているから色々脱いで身軽になった。
毎年どんどん寒くなってきているから何枚も着重ねることになって結構大変なのだ。
「寺本とどうなるんだろうな」
「もしかしたら恋に発展することもありそうね」
ただ、姉がその気になっても寺本君が変わらないままという可能性もありそうだった。
逆に寺本君がその気になっても姉が変わらないままというのもありそうで。
距離が近いから男の子側からしたら勘違いしてしまうような理由を作っている。
その状態で告白して振られたら怒りたくなったりもするかもしれないから、そのときが怖いと言えるかもしれない。
その瞬間にこれまでのはなんだったのかと言いたくなるぐらいの態度になるだろうから。
「っと、電話か、ちょっと出てくる」
「ええ」
彼が部屋から出ている間、少しだけ足を伸ばさせてもらった。
どこかに出かけるということはまだまだ慣れないことだから結構疲れた。
飲食店は休日だということもあって賑やかだったのも影響している。
「悪い、いまから友達が家に来たいって言ってきてさ」
「分かったわ」
長くても一時間程度に抑えて帰るつもりだったから構わなかった。
家はあれでも部屋は安心できる場所だから引きこもっていれば問題はない。
「「あ」」
挨拶をしてから歩き出した。
和彦君のお家に来たがっていたのは女の子だったらしい。
落ち着かなくなったりすることはなく、別になにもおかしなことはないと片付けられた。
「ただいま」
手を洗ってから部屋へと移動する。
エアコンはあっても使用なんてさせてくれないものの、文句を言ったところでなにも変わらないから楽な格好に着替えて布団の中に潜り込んだ。
先程の子は物凄く可愛かった。
後輩であればもっと放っていけなくなるような魅力的な存在で。
いや、逆に先輩であっても放っておけないかと片付けた。
「ん?」
携帯が鳴ったから確認してみたら姉からだった。
どうやら寺本君とはぐれてしまったらしく探しているとのことらしい。
それだけではなく一緒に探してと頼まれてしまったからまた出ることに。
「あっ、こっちこっちっ」
「どうしてはぐれてしまったの?」
連絡を取り合える姉とは簡単に合流することができた。
「それが私が色々自由に寄っていたらこうなっちゃって……」
「連絡すればいいんじゃないの?」
「はぐれる前に聞いたんだけど実は今日忘れていたらしくてね」
姉のことだから行きづらそうなお店ばかりに行ったに違いない。
それにいまでも静かなところが好きなのは変わっていないだろうからいきなり全開の姉に付いていけるわけがないのだ。
とにかく一時間が経っても見つからなかったらいまのこの場所に集まるという約束をしてそれぞれ探し始めた。
が、去年から一緒にいるとはいっても遊びに出かけるような仲ではないからよく分からない。
静かな場所を好むということは分かっているから公園とかを探してみたけれど……。
「いないわね……」
学校みたいに限られた範囲内にいてくれているというわけではない。
向こうも留まることはせずに探そうと動いているだろうから余計に難しい。
「あ、大槻さん」
「えっ、あ……」
何故かかなり中途半端な場所で寺本君と遭遇した。
姉に見つけたことを連絡してあの場所に戻る。
どうやら姉がお店に寄っている間外で待っていたら気づかない内にどこかへ行ってしまったということだった。
そこに携帯を忘れてしまったことも影響してこうなったらしい。
「ごめんね、僕のせいで探す羽目になっちゃって」
「いえ、悪いのは姉なんだから謝らなくていいわよ」
「お店に一緒に入ればよかったんだけど女の人の……のお店だったから恥ずかしくて」
それは彼氏でもない男の子なら普通だろう。
逆に嬉々として入られてもそれはそれで困ることになる。
「あ、これを羽織っておきなよ、なんか見ているだけで寒そうな格好をしているからさ」
「そういうのは明日香にしてあげなさい」
……痛い女になりかけているからこれぐらいでよかったのだ。
和彦君を独占したいという気持ちが出てきてしまっている。
先程の女の子となにもなければいいなと考えてしまっているから。
「あ、直くん!」
「離れちゃってごめん」
「いやいやいや、悪いのは私だから……」
もう離れたりすることはないだろうから私は帰ることにした。
ふたりともお礼を言ってくれたからそれだけで出てきてよかったという気持ちになった。
単純でもなんでもいい。
なんでも悪く考えてしまうよりはマシだろうと片付けた。
「……大丈夫よ」
体調が悪かったものの、休むわけにはいかないから学校に来ていた。
姉や和彦君にもバレずに済んだから今日はこのままいけると思う。
休もうとすると母と会話しなければならなくなるからこれでいい。
「麻美、土曜は悪かったな」
「気にしなくていいわ」
友達が多いということはそれだけ彼と過ごしたがる人が多いということだ。
私や姉ばかりが彼を独占していたら攻撃されてしまうかもしれないからどんどん誘ってくれればいいと思った。
そもそも決めるのは和彦君なのだからどうこう言える権利はないわけだし……。
「あの後はどうしたんだ?」
「ずっと部屋でゆっくりしていたわ、家はともかく部屋は好きだから」
「なるほどな、麻美は基本的に引きこもりだからなー」
引きこもっていた方が自分にとっていい方に傾く。
最近の姉は優しい、けれどそれで両親も変わるということはないから。
上手く話せる自信も、仲良くやろうとする気持ちもないからこのままが一番だ。
「……トイレに行ってくるわ」
「分かった」
「あ、ちょっとお腹が痛いから長引くと思うの、だから教室に戻っていた方がいいわ」
「おう」
ぺらぺら喋ったりごちゃごちゃ考えていると悪化する。
放課後まで頑張らなければならないのだからこのままでは駄目だ。
「麻美、調子が悪いんでしょ」
「ええ、少しね」
こうなった以上、隠せる自信はないから姉には吐いてしまうことにした。
それにしても最近はよく来てくれるものだ。
なにかが変わったのか、私が姉を変な目で見ていただけなのか。
よく分からないけど立っているのも微妙だったから空き教室に入った。
「はい、膝を貸してあげる」
「ふふ、まるでお姉ちゃんみたいね」
「私はお姉ちゃんですから」
こういう優しさはいまの自分にはかなり効く。
それと同時にいつまでもこうしていたいと考えてしまって駄目になりそうだった。
「明日香、疑ってしまってごめんなさい」
「限定的だけど悪く言うのも事実だからねえ」
「あなたに守ってもらったことも何度もあったのによくない思考と発言だったわ」
そういうことにしたかったのもあるのかもしれない。
自分よりなにもかも優れた姉と離れたかったのもあるのかもしれない。
……和彦君が姉といるときに楽しそうにしていたのも引っかかることだったから。
「頭が痛いわけではないの?」
「ええ」
こうして触れているだけで体調なんか悪くないように思えてくる。
でも、予鈴が鳴って立った際に戻ってきたからそんなことはないかと片付けた。
とにかく母と和彦君に言わないよう頼んで教室に戻る。
教室は相変わらず賑やかな空間だったものの、これまた弱音を吐いたところでなにがどうなるというわけではないから頑張るしかなかった。
「ふぅ」
いまから家に帰ってすぐに寝たところで治るかどうか。
正直この体調のまま通い続けるのは嫌だから無理やり治すしかない。
よかった点は姉はともかく和彦君に迷惑をかけなくて済んだということだった。
これがバレていたら絶対にこちらを優先しようとするだろうからこれでいい。
「あ、和彦く――」
廊下に出た際に和彦君を発見したけど女の子といたから途中でやめた。
わざわざ行くのも違うから反対側の階段から一階に移動して靴に履き替える。
先程の子は土曜日に来た子と一緒だった。
シューズの色で年下だということも分かった。
後輩、同級生、先輩からと、よくモテる幼馴染のようだ。
「こら、ひとりで無理しないの」
「寺本君と一緒に帰りなさい」
「やだ、今日はもう麻美にくっついているから」
甘えておきながら言うのもあれだけど姉に移したくなかった。
が、もうこのモードになったら不可能だから諦めて手を握られておく。
……本当に役に立てないどころか迷惑ばかりかける人間だ。
出そうになった涙を無理やり抑えて家まで歩いた。
「ただいま」
いまはただただ寝転びたかったから手洗いなどはせずに部屋に直行。
制服から着替えることもせずにベッドに寝転んだらとても楽になった。
できることならここでずっとこうしていたいぐらい。
「はい、お水飲んで」
「ありがとう」
姉が側にいてくれれば明日は元気よく通えそうというそれと、姉に移したくないから一秒でも同じ場所にいてほしくないというそれと。
姉が最後に風邪を引いたのは中学二年生の春だから強いのかもしれないけれど……。
「今日はご飯とかトイレとかお風呂の時間以外ここにいるから安心して」
「でも……」
「いいから、麻美はとにかく治すことに専念してくれればいいから」
今日の感じで行きたくないから寝させてもらうことにした。
元気になってからなにか返せばいい。
お小遣いはこれでも貰えているから姉の大好きな甘いものを買ってあげてもいいかも。
それも元気になってから考えればいいかと片付けて寝ることに専念したのだった。
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