02話.[言うわけがない]
お散歩をしたり、読書をしたりして休み時間を過ごしていた。
結局そのどちらも教室以外でしていることだから逃げていることと変わらない。
急に変われるのであれば苦労はしないのだ。
「麻美」
「……あなたも意地が悪いわよね」
「そういうのじゃないぞ」
どうやら姉は寺本君といるようだった。
一階から無理やり連れてきたらしい。
十分休みにあそこに行って帰ってくるのはほぼ不可能だから捕まってしまうのは仕方がないことだと言える。
興味を示せば相手のことをあまり考えずに行動してしまう人だから。
「今度、水族館に行かないか」
「明日香と行ってくればいいじゃない」
「なんか寺本にハマっているみたいだからな」
ということは寺本君がいなければ誘うということだ。
そんな姉が無理だから付き合ってもらうみたいなやり方は不快だ。
そもそも過去にお出かけをして嫌な雰囲気になって解散となったこともあるのに、なにを考えて彼が誘ってきているのかが分からない。
それこそ女の子が側にいてくれて、いくらでも相手をしてくれる人がいるのだからこちらなんか放っておけばいいだろう。
「戻るわ」
「はぁ、なんでそんな変わっちゃったんだよ」
「変わってないわ、私は元々こういう人間よ」
教室に戻ったら声の大きさにいつもうっとなる。
が、奇声を発しているわけではないから我慢するしかない。
授業が始まればしっかり切り替えてくれるわけだからそこは救いだと言える。
お昼休みになったら自分で作ったお弁当を食べてぼうっとするのが常のことだ。
「麻美ー」
「どうしたの?」
姉にしてはかなり珍しい行動だった。
姉は教室が大好きだから基本的に自分の教室にいる。
和彦君だっているわけだから基本的にそれで満足できるからだろう。
「ぎゅー」
「……なによ」
「なんか避けられてるからさ」
姉を避けたことなんて一度もない。
そんなことをすれば真っ先にそういう対象に自分が選ばれる。
両親を味方につけているから自由に言いたい放題言うことだろう。
それで私は両親から自由に言われて居場所が完全になくなるわけだ。
まあ、実際に姉に比べれば劣っているわけだから言われても仕方がないのかもしれない。
双子なのにここまで違うのかって呆れられているはずで。
「そういえば和彦君が水族館に行きたがっていたわ、時間があるなら付き合ってあげたらどうかしら」
自分だけで動けないということなら少しぐらいサポートをしようと思う。
最初の一歩を踏み込めたらそう難しくない感じに変わるからね。
「それって直くんも誘っていいのかな?」
「え? それは……」
別に寺本君のことを敵視しているわけではないだろうから多分大丈夫なはずだ。
和彦君はそもそも他者を悪く言ったりしないから心配する必要もない。
断言できなかったのはあくまで私の想像にすぎないから。
昔はそうでもいまも同じかどうかは分からない。
「直くんも参加していいなら四人で行こうよ」
「それってもしかして私を誘っているの?」
「当たり前でしょ? 寧ろ麻美がいないなんて嫌だよ」
冗談じゃない。
姉と和彦君が揃ってしまった時点で私は金魚のフンみたいに後ろをとぼとぼと付いていくしかなくなるというのに。
最近の寺本君は姉とばかり行動しているから益々ひとりになるわけで……。
「和くんおっすー」
「おう」
「直くんもおっすー」
「はい、こんにちは」
どうやらふたりは一緒にいたみたいだ。
これなら三人で行ってきた方が嫌な気持ちにならずに楽しめると思う。
「和くん、水族館に四人で行こうよ」
「ここにいるメンバーでか?」
こちらを見てきたからふいと目を逸らしておいた。
ここで先程可愛げのない態度を取ったからということで仲間外れにしてくれないだろうか。
それなら参加しようがないわけだから気持ちよく行かないという選択を選べるわけだけれど。
「いいぞ、行くか」
「うん、あ、直くんは大丈夫?」
「はい、寧ろいいんですか?」
「うん、私は直くんに来てほしいからね」
「分かりました」
決まったみたいだからご飯を食べることにした。
色々と嫌な点があった。
姉は仲良くできている相手と集まると声が大きくなるということだ。
それ以外にはこちらのことを完全に忘れて盛り上がるところとかも微妙な気持ちになる。
盛り上がることならここでなくてもできるわけなんだから違うところに行ってほしい。
「麻美、直くんは借りていくからね」
「ええ、優しくしてあげてちょうだい」
「うん、任せて」
……まだ和彦君とふたりだけの方が気楽だと言える。
「麻美から話したのか?」
「ええ、あなたが行きたがっているということを話したら寺本君も一緒でいいかって聞いてきたのよ」
「……もしかして自分が誘われたことを言わずにか?」
「ええ、私と行っても悪い空気になるだけだもの」
本人から直接誘われたのを断ったのにわざわざ誘われたことを言うわけがない。
受け入れた状態であれば言う可能性はあるけれど――いや、誘われていても邪推されないためにいちいち言ったりはしないかと内で片付けた。
「そんなことないだろ、俺がそういう風に考えてるならそもそも誘わないよ」
「……本当に?」
「当たり前だ、なんでそんな俺に対してネガティブになっちゃったんだよ」
彼は前の席に座って「ずっと俺を頼ってきてくれただろ?」と。
確かにそう、私はずっと彼にくっついていた。
……小さい頃は恋人とかになりたいとか口にしたこともある。
でも、あのとき姉がキスしているところを見て無理だって諦めたのだ。
「自分から寺本を誘うということは当日も寺本と仲良くしようとするはずだ、そうなったら俺はひとりになるわけだからそれを助けると思ってさ、頼むよ」
「……私をひとりぼっちにしないなら別に構わないけれど」
「しない、そもそもそんなことをしたことはないだろ」
彼はこちらの頭に手を置いて撫でてくれたけれど……。
「……誰にでもする癖を直しなさい」
「誰にでもしてないよ、どんだけ俺を遊び人みたいな言い方をするんだ……」
「どうせ明日香にはしているのでしょう?」
「したことないよ、寧ろ舐められているのか俺が撫でられるぐらいだぞ」
それはまた……なんか可愛い感じがする。
身長が大きいのに自分より小さい女の子から頭を撫でられて困惑しているところとかね。
「いい子」
「……麻美にされるのは嫌いじゃねえけど」
「なにが違うの? 私と明日香は姉妹なのよ?」
「麻美は他人を馬鹿にしたりしないからな」
馬鹿にしない人なんてたくさんいるだろう。
馬鹿にする人間ばかりという最悪な世の中ではない。
そして彼の側には可愛い女の子や綺麗な女の子だって多くいるわけで。
その中で敢えて私を誘ってくることがおかしいと言っているのだ。
仮に大槻姉妹で見たとしたらまず間違いなく姉を選ぶ。
優秀で明るく話しやすい存在なのだから。
姉曰く問題のある人にしか悪口はぶつけていないらしいからいい人ということになる。
絶対に違うと言えるようなことはなかった。
その証拠に、姉の側にもたくさんの人がいるからだ。
「それより寺本のことなんだけどさ、去年は一緒に出かけたりとかしたのか?」
「いえ、朝とお昼休み限定で話していただけだから」
「それもまた意外だな」
私達の共通点はあくまで教室が苦手で逃げていたということだけ。
だから遊びに行くような感じではなかったのだ。
それに踏み込みすぎると必ず悪い方に傾くからそれぐらいでよかった。
「朝とか必ずいなかったのは寺本に会いたかったからなのか」
「それは違うわ、賑やかな場所は苦手だということをあなたは知っているでしょう?」
「嘘だよ、これからは俺も一緒に過ごしていいか? ――って、そんな目で見るなよ」
優しいところもあれば意地悪なところもある。
少しだけ自由にされていることがむかついたから腕を引っ張っておいた。
さすがに不意打ちですれば留まることなど不可能で。
「お、おい……」
「明日香にしているのだから余裕でしょう?」
「だからしてねえって……」
このまま触れていても特に意味はないから諦めて離した。
姉であれば、違う魅力的な子であればもっと狼狽えさせることができるというのに。
私にはそのような魅力がないから寧ろいまので申し訳なくなったぐらいだ。
……こういうところを彼を気にしている人に見られたら面倒くさいことになりそうだし。
「ごちそうさまでした」
残りを食べ終えて、それでもまだ戻ることはしないでおく。
単純にここの静かな雰囲気が好きだから。
「和彦君は戻らなくていいの?」
「ああ、麻美が残るなら尚更なことだ」
「ふふ、あなたはいつまでも私にとってのお兄ちゃん的な存在なのね」
「おう、いてやらないと妹である麻美は泣きそうになっちゃうからな」
事実泣き虫だったから違うとは言えなかった。
いまでもあまりにごちゃごちゃしすぎると泣きそうになるときがあるぐらいで。
だからやっぱり人は変われないのだ。
表面上の分かりやすいところは小さく変われる可能性はあるものの、根本的なところでは変わらない。
……実はいまでも彼に甘えたかったりもする。
足の間に座って胸に頭を預けてゆっくりしたかったりもする。
嫌なら断ってくれればいいと保険をかけてから言ってみた。
先程気をつけなければならないとか考えておいてださい話になってしまうけれど……。
「いいぞ、ほら来い」
「じょ、冗談のつもりだったのよ?」
「いいから来い」
結局負けて座ったら昔と違って余裕がなかった。
ソファではないから仕方がないのかもしれないものの、これはまた挟まれてしまっているわけだからなんだか気恥ずかしい。
「ほら、体重を預けてこいよ」
「……後で文句を言わないでよ?」
「言わないよ、それに甘えてもらえるのは嬉しいからな」
この歳にもなって甘えてしまっているのが恥ずかしいのだっ。
でも、もうしてしまっている時点で話にならないと……。
「麻美っていい匂いするよな」
「な、なに嗅いでいるのよっ」
「いや、普通にいつも一緒にいるだけで分かることだから。明日香とはまた違った匂いなんだよなって」
それはシャンプーとかボディソープが違うだけだ。
姉が使っているのは両親も使っているから使いづらい。
一応仲がよくなくてもお小遣いはそれなりに貰えているからそれで自分に合った物を買ってきているというわけだった。
「大きくなったよな、昔は余裕な感じだったのに」
「成長しなきゃ困るわよ」
「でも、変に成長すると恥ずかしがって甘えてくれなくなるからな」
それも事実だからなにも言えなかった。
本当は彼ともっといたいし、もっと甘えたい。
できることなら昔みたいに一番優先してほしいぐらいだ。
「……あなたが本当は甘えたいんじゃないの?」
もしそうなら少しぐらいは応えてもいい。
なんだかんだ来てくれるのはありがたいわけだし……。
姉から敵視されることを恐れて避けていただけだから本心からではないわけだし……。
「確かにそれはあるかもな、いまだって抱きしめたいって思っているし」
「だ、……なにを言っているの?」
「あ、俺のこれは甘えたいというわけじゃないな」
立ち上がって向き合ってみた。
さすがにここから向き合ったまま座り直す勇気はないから頭を優しく抱いてみた。
姉と比べて胸とかはあまりないけれど……一応女だから悪くはないと思いたい。
「……も、もういい」
「分かったわ」
こういうことは小さい頃によくしていた。
もちろん彼にだけだから軽い女というわけではない。
寧ろ彼以外は考えられないぐらいで……。
「……まさかいきなりあんなことをされるとは思わなかったぞ」
「抱きしめるのと抱きしめられるのとでは心理的に違うじゃない? それに私はあなたに甘えてばかりだったからたまにはあなたに甘えてほしかったのよ」
少しどころかかなり早口になってしまった。
それで急に本気になってこられても困惑しかしないから仕方がない。
それにやはり後ろから抱きしめられるのはドキドキしすぎて無理だったことになる。
「そろそろ戻りましょうか」
「そうだな」
同じように甘えることは恐らくできないから今日できてよかったと思う。
彼からしてきてくれるということなら……。
「あ、おかえりー」
「寺本君はどうしたの?」
「もう教室に戻ったよ? それよりさー、さっき教室でいやらしいことをしていたところを見ちゃったんだけどー」
きた、こういうのを避けたくて気をつけていたはずなのに……。
冷たい目や声音をぶつけられると私では駄目になってしまう。
冗談でもなんでもなく震えてしまうぐらいだった。
「……急に甘えたくなるときがあるのよ、私が無理やりしただけで和彦君は我慢を――」
「だから遠慮しなくていいってっ、それに私は直くんと仲良くしたいからね」
「……教室だから優しいの?」
これはあくまで他のみんながいるからなのかもしれない。
友達が多くいる子だから嫌われないために演じようとすることもあるだろう。
姉であればそれを他者よりももっと上手くやれてしまう。
「だーかーら、麻美は勘違いしているんだってっ。私が悪く言うのは相手のことを悪く言ったりする子限定であってですね? 大切で大事で大好きな妹のことを悪く言うわけがないじゃないですかって言いたいんですよ」
「……信じていいの?」
「信じてよっ、というか、信じてくれてなかったのっ!?」
だって……普通に怖いから。
私のメンタルが強いのであれば教室から逃げたりはしない。
ただ、逃げていなければ寺本君と出会えていなかったわけだから無駄ではないだろう。
「と、とりあえず教室に戻りなさい」
「あ、そうだったっ、また後で来るからねっ」
「ええ、待っているわ」
こうなってくると和彦君と同じクラスだったらよかったのにと考えてしまう。
姉である明日香とは同じクラスになれないから、どうしても頼ることになるから。
寺本君でもいいけれど……最近は姉を気に入っているみたいだからね。
とにかく色々考えつつ放課後まで過ごして。
「麻美ー!」
「わぷ……」
これが演技なのか姉だからこその行為なのか分からなくなる。
和彦君のもそうだ。
姉が無理だから私って消去法で選んでいるのか、それとも私だからこそなのか……。
「今日は直くん忙しいみたいだから一緒に帰ろ」
「ええ、分かったわ」
和彦君と合流して帰路に就く。
姉と帰るのなんていつぶりだろうか?
でも、単純だからなのか嫌な感じは一切しなかった。
両親とは無理でも姉とだけでも仲良くできれば確実にいい方に傾いてくれる。
「ところでさー、もしかして告白とかしちゃったの?」
「だからあれは私が甘えただけで……」
「ふふふ、昔から麻美は甘えん坊さんだったもんね」
「ええ、……和彦君がいないと嫌だったのよ」
「なんか悔しいなあ、姉である私じゃなくて和くんなんだから」
単純に格好よかったのもあったのだ。
足が速くて、頭がよくて、顔がよくて、なによりも私に優しくしてくれるから。
鈍くさい私に合わせてくれたのは彼だけだった。
姉も優しかったけれど……結構文句を言ってきていたから怖かったというか……。
「それは明日香がふらふらしているからだよ」
「そうかな? 私達はよく三人で遊んでいたと思うけどな」
「三人で遊んでいたけど、麻美に合わせずにどんどん前に行く人間だったからな」
「あー……それはあったね、それで文句を言っちゃったこともあったかな」
文句を言っちゃったこともあったかな、レベルではない。
毎回毎回言われて一緒に遊びたくないと思ったこともたくさんある。
言われる度に泣いていたし、その度に和彦君が支えてくれたから私は……。
「だから俺が守ってやらなければならないと思ってな」
「有限実行して格好いいっ」
「茶化すなよ、明日香にむかついていたときもあったんだからな」
「えー……」
なんか怖かったから話に加わるのはやめておいた。
その度に助けてもらうのも微妙だから気をつけようと決めたのだった。
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