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Nora
01話.[言えばいいのに]
「
目を開けたら目の前に男の子がいた。
とりあえず上半身だけを起こして再度その子を見つめる。
「……どうして部屋にいるの?」
「お前の母さんに頼まれた」
「そう、起こしてくれてありがとう」
制服に着替えたいからということで部屋から出てもらった。
少しだけ覚醒しきっていない頭でごちゃごちゃ考えつつ着替えを済ませて廊下に出る。
そうしたら壁に背を預けて彼が立っていたから一緒に一階に行くことにした。
「そういえば
「ん? ああ、別にいいだろ」
「そういうものなのね」
母に挨拶をしてから洗面所へ。
冷たい水で顔を洗ったら一瞬ですっきりできてよかった。
歯も磨くことでごちゃごちゃだったそれを片付けることができるのもいい。
「行ってきます」
朝ご飯はいつも食べていなかった。
こだわりがあるわけではなく、なんとなくそうしているだけだ。
中学生になったときからこれは続けている。
「待ってくれよ」
「明日香を待たなくていいの?」
明日香は私の姉だ。
一歳差とかではなく双子のため同学年となっている。
その姉が彼のことを気に入っているからなるべくこういう時間は減らしたかった。
何故なら、……敵視されることも多いからだ。
家族から敵視されるのは想像以上に面倒くさいと分かったから回避したかった。
「それに明日香とは同じクラスだからな、こういうときでもないと麻美とはいられないだろ?」
そう、学校ではほとんど関わることはしない。
たまにこうして近づいてきてちょっと会話をする程度で終わるような関係だ。
だからこそ
「おはよー」
「よう、今日も早いな」
「うーん、普通だよ普通」
友達と話しているのをいいことにひとりで教室を目指す。
明日香だけではなく彼の周りにはたくさんの女の子がいる。
同性もたくさんいるから近づきにくいというのもあった。
教室に着いたら鞄を置いて静かなところを目指して歩き始める。
賑やかなところははっきり言って苦手だ。
輪に加われないからとかそういうのももしかしたら影響しているのかもしれない。
ただ、不思議と悪口を言われるようなことはなかった。
それほど空気みたいな存在と言えるのかもしれない。
「今日もここに来たんだ」
「ええ、ここが好きなのよ」
反対側の校舎、図書室前の階段に座って時間をつぶすのが好きだった。
そしてここには実は先客がいるけれど、その子は静かだから一緒に過ごすのは嫌じゃない。
「はは、大槻さんはいつも変わらないね」
「そう言うあなたこそ変わらないじゃない」
「変わらないのが一番だよ、もちろん変わらなければならないこともあるけどね」
彼、寺本
クラスはもちろん違う。
元々敬語を使ってくれていたものの、敬語を使ってほしくなくて無理やり普通の喋り方をさせているわけだった。
「あなたってご家族と仲がいいのよね?」
「うん? うん、そうだね、喧嘩したこととか滅多にないよ」
「羨ましいわ」
常に敵視されているわけではないものの、姉は多分私のことを気に入っていない。
それだけではなく、両親も姉の方を気に入っているから居場所がないのはある。
それで困ることはほとんどないけれど……。
「大槻さんは恐れているのかもしれないね」
「恐れている……ね」
「うん、みんなと仲良くしたいのに勇気を出せなくてこんなところで過ごしちゃっているわけだからさ」
彼はこちらの肩に手を起きつつ「ご家族に対してもそうだよね」と言ってきた。
会話がないのもこちらが恐れて距離を置いているからなのだろうか?
別に遅い時間に帰ろうと怒られるなんてことはない。
でも、意図して遅い時間に帰っているわけではないから避けている感じも実はしていない。
そのうえであれだから私の問題ではなく姉とか両親の方に問題があるのではないだろうか――と、考えてしまうところが駄目なのかもしれないと内でため息をついた。
「寺本君もそうでしょう?」
「……みんながみんな、上手に仲良くできるというわけじゃないからね」
「ふふ、だから私が相手をしてあげなければならないのよ」
「実際、大槻さんが来てくれるのは嬉しいよ」
ここに逃げてきたところで授業の度に戻らなければならないのが現実だ。
結構距離があるからできることなら教室で静かに過ごしているのが一番だと言える。
ただ、先程も考えたように賑やかな空間は苦手なわけで。
「次はお昼休みに会いましょう」
「うん、お互いに頑張ろう」
「ええ」
学生である以上、勉強を頑張るしかない。
人間関係はすぐにどうにかなる問題ではないから耐えるしかない。
それがなんとかできているのは彼のおかげだったりする。
こんな人間でも話すことが好きだからだ。
「お、いつもどこに行ってるんだ?」
「お散歩ね、賑やかな場所は苦手だから」
「そうか」
彼、高野
昔は姉もそういう意味で意識していたりはしていなかったから平和だった。
毎日三人で遊んだりもしていたぐらいだ。
「……なんで頭を撫でるの?」
「なんか不安そうな顔をしていたからだな、昔はこうしたら嬉しそうな顔をしてくれたから」
「明日香にしてあげなさい」
もうSHRの時間になるから戻ってもらった。
ああいうことをいつまでもするから姉に敵視されることになるのだ。
実はあそこに行っているのは彼から逃げているのもあった。
でも、それを言うと面倒くさいことになりそうだから言うつもりはなかった。
「麻美ー」
誰もいなくなったのをいいことに放課後の教室で勉強をしていたら姉がやって来た。
常に敵視されるわけではないから構わないと言えば構わないけれど……。
「勉強なんて家でやればいいでしょー?」
「放課後の教室の雰囲気が好きなのよ」
「あーうん、それは分かるかも」
姉は私と違って賑やかな場所の方が好きだった。
だからといって静かな場所が嫌いというわけではないからこういう発言になるのだと思う。
「和彦君はもう帰ってしまったわよ?」
「それは仕方がないよ」
「そういうものなのね」
意地でも一緒にいたいというわけではないらしい。
その割にはちくりと言葉で刺してきたりするから分からない。
血の繋がった家族に対してもそうなのだから他者の気持ちなんか分かるわけがない。
「私もやっていこうかな」
「珍しいわね」
「なんか最近は集中できていなくてね」
それもまた珍しいことだ。
両親の期待に応えられるように姉は色々と頑張ってきたからだ。
勉強も運動も他者に対する態度とかもそう。
変わろうとしない私とは違うわけで。
「というかさ、変に遠慮しなくていいからね?」
「なんの話?」
「和くんと一緒にいないようにしているでしょ?」
手を止めてそこで初めて姉を見た。
姉はなんとも言えない表情でこちらを見てきていた。
「……それはあなたが言葉で刺してくるからじゃない」
「それは本当に恥ずかしいことだったって反省しているからさ」
いや、それでも私は変えるつもりはない。
姉の本性というやつを知ってしまったから。
いつもはにこにことしているものの、気に入らなければ途端に悪く言ったりする人間だった。
陰でとかではなく真っ直ぐに、それも冷たい顔と声音でだ。
正直に言うとそんな姉が怖かった、直視したくなかった。
和彦君と関わっていなければそれを見なくて済むのであれば喜んでそちらを選ぶ。
「あなたが怖いのよ」
「私が怖い、か」
「ええ、だって容赦ないじゃない」
普段の笑みすら偽物のように見えてくる。
優しい言葉を投げかけてくれても、後からあれは本心からの言葉じゃなかったと分かってしまうわけで。
そんなよく分からない姉の行動、言動にいちいち安心したり恐怖を覚えたりするのは馬鹿らしいと思うのだ。
だから和彦君だけではなく姉ともなるべく一緒にいないようにしているのが現状だった。
「あなたが他の人を悪く言っているところを何度も見てきたわ、その度に次は自分がその対象になるのではないかって不安になっていたのよ」
「さすがに自分の妹に対してそこまで冷酷にはなれないよ」
「そうかしら、あなただったら気に入らない存在相手に対して容赦はしないと思うけれど」
これを姉に対してぶつけられている時点で強い気がするし、いつもは逃げているから弱い気もしてくるという感じだった。
寺本君が言っていたことは事実だからやはり弱い気がする。
私のこれは相手が嫌がるとこを突くことで自分のところに来ないようにしているところもあるのかもしれない。
あとは単純にプライドが高いのも……。
「麻美は少し勘違いしているね」
「勘違い?」
「うん、だって私が悪く言った人間はみんななにかしら問題がある子だったからね。陰で友達の悪口を言っていた子とか、告白して振られたからってその子の変な噂を広めようとしていたりとかそういう風にさ」
確かに相手のことはよく知らない状態だったからそうなのかもしれない。
それでも悪く言っていることは事実なのだ。
結局それではその子達と自分も同レベルになってしまっているということを分かっているのだろうか?
「そういうのって許せないんだよ、だから例え同類レベルに落ちるんだとしても私は言わせてもらっている形になるかな。矛盾しているのは分かってるよ? でも、嫌われることよりもそれを見て見ぬふりなんかできないから」
そこで和彦君が教室に入ってきてはっとなった。
いつまでも姉を見ていても仕方がないことに気づいた。
勉強をするために残っているのだからやらなければ意味のない話だと言える。
「あれ、麻美から帰ったって聞いたけど」
「ああ、でも、戻ってきたんだよ」
「なんで?」
「大槻姉妹と会うためにかな」
大槻姉妹ではなく明日香に会うためにって言えばいいのに。
そうすれば姉は彼をもっと優先して動くと思う。
そうすればこちらには来なくなって敵視されなくて済むようになる。
「麻美は偉いな、すぐに勉強をして」
「……やっておかなければ不安になるから」
別に勉強が趣味とかそういうのではない。
家に帰って部屋にいるときはよくベッドに転んでいるから、どちらかと言えばやる気がないのかもしれない。
そのため、ここだけを見て判断してほしくなかった。
「私の妹は偉い」
「ま、明日香の方が成績は上だよな」
「成績が全てじゃないから」
……駄目だ、姉の発言をそのまま受け取ることができないままでいる。
これは自分の性格が悪いからだろう。
これ以上続けても集中できないだろうから帰ることにした。
「あ、大槻さん」
「寺本君? 珍しいわね、放課後にこんなところで会うなんて」
「そうだね――って、そのふたりは……」
「私の姉と幼馴染ね」
放課後に会うことがないということは会う機会はないということになる。
会ったところでなにがどうなるというわけではないから彼からすれば別にどうでもいいことかもしれない。
「なになに? 麻美の友達?」
「ええ、去年から一緒にいてくれているのよ」
「去年から!? 全く知らなかったな……」
「隠していたわけではないわ、私達だってずっと一緒にいるわけではないから」
あそこに私と同じく逃げているのもあって、私の後ろに隠れていた。
多分そういうところを見せていれば可愛いと近づいてきてくれると思う。
でも、慣れるところまでいけるかどうかは分からないから難しい話だ。
「お名前は?」
「あ……寺本直人です」
「漢字は?」
寺本君が姉に教えている間、黙っている和彦君の方を見た。
彼を、ではなく、私の方を難しい顔で見ていたから不思議な気持ちに。
「麻美、ちょっと来てくれないか」
「別にいいけれど」
途中で足を止めることもなくどんどん歩いていく彼。
こちらとしてはどんどんと微妙な気持ちになっていく。
「去年から一緒にいるって本当か?」
「ええ」
「どういうきっかけであいつと出会ったんだ?」
「校内をお散歩していたときに出会ったのよ」
もちろんそのために歩いていたわけではないけれど。
私はずっと教室から逃げていた。
やむを得ない事情がない限りはずっとそうだ。
さすがに少ない休み時間の場合は廊下とかで時間をつぶしている。
だから会えるのは朝とお昼休みだけということになる。
恐らく、それが関係の長期化に繋がっていると思う。
一緒にいすぎていたらこうはなっていなかった。
「つか、いつも朝と昼はどこで過ごしているんだ?」
「意識して同じ場所に行っているわけではないわ、賑やかなところから逃げることができれば私的にはいいわけなんだし」
これ以上は邪推されかねないから戻ることにした。
そうしたら寺本君が普通に楽しそうにしていたからよかった。
が、姉の本当のところを知っているから近づいてほしくないというのが本音で。
「直くん、手を握ってもいい?」
「え……」
「嫌ならやめるけど……」
出た、露骨にしゅんとして相手を揺らす攻撃。
寺本君も「あ、嫌というわけでは……」と結局受け入れていた。
見た目だけはとにかく整っているから落ちる異性は多いのだ。
こういうところは本当に質の悪い存在だと思う。
「じゃあいいよね、ぎゅー」
……違うかと片付ける。
寧ろ私といることの方が問題だろう。
ポジティブな人間というわけではないから確実に周りの足を引っ張る。
あと、恐らく独占欲というか、そういう変な感情がそこにあったから。
「楽しそうだな」
「そうね」
姉的にはああいう子は可愛くて好きなのかもしれない。
ただ、格好いい子も好きだから結局気に入ったらどっちでもいいのかもしれない。
「明日香ってよく分からないよな」
「そうね」
「モテるくせに断るしな」
「そうね」
贅沢とか言うつもりはなかった。
恋は一歩通行では成立しないことだからなにもおかしくはない。
姉がその気にならなければ何人から告白されようと変わらないのだ。
「明日香が断るのはあなたがいるからだと思うけれど」
「俺か? 俺は関係ないだろ」
「そう? まあ……本人にしか分からないことだものね」
いくら想像したところで実際のところは分からないまま。
やめればいいのに毎回このように考えてしまう。
別に彼を狙っているわけではない。
私的には姉でも誰でもいいから早く付き合ってこっちに来ないようにしてほしかった。
「麻美、行くのはやめないからな」
「……なにも言っていないじゃない」
「いや、流石に分かるからな、俺を避けていることぐらい」
所詮、私の考えていることぐらい丸分かり、ということか。
けれど今日のこれで変えなければいけないことは分かった。
悪影響にならないようあそこに逃げるのはもうやめる。
賑やかさに慣れるためにもなるべく教室から逃げないようにしようと決めた。
「あなたを避けてメリットがあるの?」
「それは分からない。でも、俺は大槻姉妹といたいからな」
「そうなのね」
そこで「麻美といたい」と言わないだけ彼は偉い。
恐らく両方とも幼馴染だから片方だけ名前を出すと仲間はずれにしているみたいになってしまうからだろう。
「……キスしたぐらいの仲なんだから明日香のところにだけ行っていればいいのに」
「はっ? 俺が明日香とっ?」
驚くのも無理はない。
だってそのとき和彦君は寝ていたからだ。
小学四年生だった姉の一方的な行為だった。
「なんでもないわ、ただの冗談よ」
「……そりゃそうだろうよ、キスなんかしているわけないだろ」
「そうね」
一緒にいたくなかったから本屋さんに行ってくると残して別れた。
姉は寺本君と楽しそうにやっているものの、彼が行けばきっと相手をしてくれることだろう。
別に姉に嫉妬しているわけではなかった。
それでも、色々なことがあって素直に向き合うことはできなかったのだった。
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