三話
そこで平兵衛は我に帰った、どれだけの時間がたったのだろうか。
軽く頭を振り、気を取り直して家の中に入ると、差し込む月明かりに照らされながら、壁を向いてずっと泣いている灰色の猫がいた
痩せこけて、脇腹は骨の形がはっきり浮き出ている、一目で何十年と食べ物を食べていないのだろうと想像するに十分だった
(この猫は恐らく猫又になりつつある、その妖力によってなんとか生き永らえているのだろう)
平兵衛は一気に斬りかかろうと愛刀に手をかける、すぐに誰かを襲うなんてことはないのだろうが、芽は潰さなければならない
一歩踏み込んだ瞬間、猫の鳴き声と共に子供の声が聞こえてきた
にゃあ《ばあちゃん》、にゃあ《ばあちゃん》
にゃー《お腹すいたよ》、にゃあ《ばあちゃん》、にゃー《さびしいよ》、にゃー《会いたいよ》
いつ帰ってきてくれるの・・・?
平兵衛はふっと息を吐き緊張と全身に漂った殺気を解いた
愛刀の柄に置いていた手を下ろし、何もない壁に向かって鳴き続ける姿を見つめた
恐らくおばあさんが風葬された場所を向いているのだろう
しばらくして平兵衛は猫の横に座ると、報酬として貰った握り飯を何口分かの大きさにちぎって置いてやった、しかし猫は全く見向きもしない
「ばあちゃんのくれるご飯が食いたいだろうが、お前のばあちゃんはもうこの世にはおらんのだ」
必死な声で呼びかけている猫に平兵衛が語りかける
懐から小さな一枚のお札を取り出し、猫の背に張り付ける
数少ない友人である陰陽師の仕事を手伝ったときに貰った、力の弱い妖怪を眠らせることが出来るお札だ
すると、永遠に続くかと思われた鳴き声が止まり、ぱたっと倒れるとすぅすぅと眠りだした
平兵衛は弱々しい寝息をたてている猫を両手で優しく抱き上げる
「今日から俺がお前のばあちゃん代わりになってやる、お前の名前は 鈴 だ」
かつて藁で塞がれていたらしい出入り口から外へ出ると、がらがらがらっと大きな音を立てて民家は崩れ落ちた、限界はとうに超えていたのだろう
いつまでもその場所から離れようとしない猫を、おばあさんが守ってくれていたのかもしれない
妖怪狩りが妖怪を養うなんて同業の連中になんて言われるだろうか、平兵衛は自嘲ぎみに笑った
「こいつは決して人間を襲ったり騙したりはしないだろう、長年妖怪狩りをしてきた勘がそう告げている」
「まず問題なのは目が覚めた時どうやってばあちゃんがこの世にいないことを納得させるかだな、、、こいつはなかなかに骨が折れそうだ」
頭を掻きながらため息をついた、飯を確保するためにも積極的に依頼をこなしていこうと決心する
「まぁ~なんだ、これからよろしくな」
ぐっすりと眠っている猫の頭を優しく撫でながら伝える
「にゃあ~ん」
「こうして灰色猫は猫又となった」気紛れ短編1 秋之 鵺 @akinonue
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