二話

日を遮るほど大きな木々に囲まれた山道で子猫が倒れている



周囲に親猫の姿は見えない、恐らく狩りを教わる前にはぐれてしまったのだろう



そこへ通りがかった子供に猫は拾われた



背負った大きな籠に、山菜ではなく猫を入れて鼻歌を歌いながら家路につく



「ただいまー」



「おかえり、鈴」



食事の準備をしていたおばあさんがにこやかに出迎える



「ばあちゃん、猫取ってきちゃった」



鈴は猫を抱きかかえながら得意げに笑っている



おやおやと驚いているようだが、おばあさんはすぐに作っていた汁物を子猫に分け与えてあげた



この頃からすでに民家には所々穴が空いている、おそらく貧しい生活を送っているのだろう



自分たちの食べ物すら満足に得られないだろうに、そんな事は気にしていないとばかりに猫が餌を食べている姿を眺めては、嬉しそうに笑う



三か月が過ぎる、猫は二人に随分なついたようで、おばあさんの膝の上で丸まって眠っていたり鈴が山菜取りから帰ってくると飛びついて顔を嘗め回した



くすぐったーいと笑う鈴とそれを眺めて微笑むおばあさんはとても幸せそうに見えた



それから二日後、山に入った鈴が陽が落ちているにもかかわらず一向に帰ってこない



おばあさんは足を痛めていて一人で山を登ることは出来ない、杖代わりの木棒を両手で掴み足を引きずりながら必死に村民へ助けを求めに行く、何かを察したのかその後ろを猫は静かに付いていく



翌日村民数人が山を捜索してくれる事になる、無理をして歩いてきたおばあさんは一歩も歩くことが出来ず、村民の家で捜索隊の報告を待つことになった



山に向かっていった村民たちはすぐに帰って来た、皆一様に肩を落としている



大きな血だまりと、鈴がいつも背負っていた籠の残骸だけが見つかったそうだ、人を襲う妖怪がいる状態では捜索を続けることは出来ない



報告を聞いたおばあさんは顔を真っ青にして固まっている



村民の一人が今日はここにいたほうがいいと提案してみるが



「鈴を、鈴を出迎えないと、鈴を・・・」



おばあさんは焦点の合わない目でうわ言のように呟いている



どうしたものかと村民が話し合う中、木棒を手にしたおばあさんがよろよろと立ち上がった



「鈴を、出迎えないと、山は寒い、温かい汁物を作ってやらないと」



慌てて村民達は静止するが、おばあさんの耳には何も言葉が聞こえていないようだった



困り果てた村民たちは、おばあさんを送り届けてから後に交代で様子を見に行くことにした



背負っておばあさんを家に送り届ける、猫は静かにその後を付いていく



表情は固まり、鈴、鈴、と呟いている姿に、すまねぇと声をかけてから村民が帰っていく



猫がにゃーにゃーと鳴いている



おばあさんは咳き込みながら猫に餌をやる、自らは何も口にしようとはしない



様子を見に来た村民がたまに食べ物も少し分けてくれる



「ありがとね」



礼を言って受け取るが食べようとはしない、時折涙を流してはどこを見るでもなく虚空を眺めている



猫はおばあさんの膝に両手を乗せて、顔を見ながらにゃーにゃーと鳴いている



おばあさんはにっこり笑って猫に餌をやる



次の日も次の日も、猫はおばあさんの顔を見ながらにゃーにゃーと鳴く



おばあさんはにっこり笑って猫に餌をやる



今日も猫はおばあさんの顔を見ながらにゃーにゃーと鳴く、いくら鳴いてもおばあさんは笑わない



床に伏したままのおばあさんの顔を、ぺろぺろと舐めている、温もりは感じない



にゃあ、にゃあとおばさんの肩をぽんぽんと叩く、おばあさんは笑わない



しばらくするといつもの村民が訪ねてきた



猫は村民ににゃああ、と珍しく大きな声で呼びかける、村民の顔がみるみる青ざめ、慌てて帰っていった



しばらくすると数人の村民がやってきて、動かなくなったおばあさんを家から運び出す



出入り口は猫がついて来ないようにと藁の束で塞がれた



おばあさんの気配を追いながら猫は鳴き続ける、暗闇の、崩れ落ちた屋根や壁から零れる光しかない中で、呼びかけるような鳴き声はいつまでもいつまでも続いている




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