家族旅行(2)
× × ×
ユウイチ自身、海を見るのは久しぶりだった。
水平線の向こうで雲と青空が混じり合っている。沖合には海上保安庁の巡視船が
全体的に太平洋側の観光地と比べると若干陰気な印象を受けるが、日焼けとナンパの危険性が低そうなのは好都合だ。
女子高生の長女さんなりに色々と考えてくれたんやろな。ユウイチは彼女に向けて砂浜を走り回る子供たちの写真を送る。ついでに波打ち際で城作りに没頭する香奈の様子も。
『うぎゃー』
愛海の反応は謎だったが、彼女のおかげで楽しい時間を過ごせている。
ちゃんとお礼したらなアカンな。
ユウイチは日持ちしそうな海産物を想像しつつ、海辺から戻ってきた香奈を迎える。
「おかえり」
「ユウイチ交代や。ユメのために波から城を守りきってくれ」
「任せえ。海の家で焼きそば
「わー! めっちゃ美味しそー! うれしー! ……ってこういう時、喜べばええんか?」
「オレに訊くなや」
「なんかお前に優しくされると考えてまうねん」
「そんなつもりとちゃうわ。けっこう味濃いぞ」
「望むところやわ。ええ時間やし、あの子らも呼んだってー」
香奈がさっそく割り箸を割っている。
あの子らとは子供たちのことだ。ユウイチがビーチサンダルに履き替えて近づくと、二人とも泥団子を投げつけてきた。咄嗟に避ける。
「あぶなっ」
「ユウちゃん当たってー!」「当たってッ!!」
「簡単には当たらんわ。焼きそばあるから、テーブルで食べてき」
「そそられへん」「食べるッ!!」
おっ。友達同士で意見が分かれたな。どないするんやろ。
ユウイチがニマニマしながら眺めていると……二人は何も言わずにテーブルのほうに歩き始めた。
先を行く美海が肩で風を切るように歩を進める一方、後に続くユメは「やれやれ」とばかりに両手を広げている。
幼稚園のお迎えの際にも見たことのある、二人の『お決まり』だった。ユウイチとしては納得いかない部分もあるが、きっと楽しいことなのだろう。
「ユメちゃーん!」「まなちゃん!」「海やー!」
そんな二人の間に別の子供たちが乱入してくる。全速力で砂浜を蹴り、ワーワーとみんなで戯れ始めた。
「ユウイチ、この焼きそば
香奈が焼きそばで咳き込みそうになるほどビックリしていた。
(そろそろ到着する頃やったな)
ユウイチは道路沿いの駐車場に向けて手を振る。ナンパ避けのためにダメもとで誘っておいたママ友の方々、大野ママと飯田ママの姿が見えた。
二人はおそらく飯田ママの愛車であろうアルファードから降りてくる。
「
「ユウイチ君、今日はお誘いありがと~」
大野ママは泳ぐ気がないらしく活動的な夏服(七分袖のシャツが迷彩柄)とスニーカー姿、飯田ママのほうは早くも日傘を差し、シースルー生地のケープでは守りきれない白い肌に影を落としている。それが黒色のビキニと混じり合い、彼女の曲線美に幻惑的な光景を生み出していた。
色気がオーバーフローしとる。
しばし言葉を失っていたユウイチの背中を、香奈が叩いてくる。
「……おいユウイチ」
「か、隠してたわけやないぞ。行けたら行くって話やったから、あえてお前には言わんかったんや」
「飯田ママの身体、あれヤバすぎるやろ。あのナイスバディで四十路はエグいわ。マジですごい、エグい、よだれ出そう」
「いやどこ見とんねん」
「お前も今ガン見してたやん!」
「し、してへんわ!」
「
初めは耳打ちだったのにどんどん声が大きくなっていく香奈。
ユウイチとしてはグイグイ近づかれるたびにドギマギしてしまう。お前はお前でオレにとってはアレやねんぞ。
そんな彼らの様子を、飯田ママが物欲しげに眺めていた。
「相変わらず浅井さんとこは
「逆に飯田ママを放っておける
「せやろか~。うちも香奈ちゃんとユウイチ君みたく毎日ラブラブやったらええのに~」
「ラブラブ……」
何かを察したらしい香奈がすすす、とユウイチから距離を取る。
ユウイチとしては残念というより「助かった」という感覚だった。あれ以上べたべた近づかれていたら、海に向かって猛ダッシュして熱を冷まさなければならなかった。
ともあれ、みんな揃ったわ。
彼はテーブル周りの面子を指折り数え、「追加で何か
(
道路沿いの店舗には『かき氷』『焼きそば』『たこ焼き』『ケバブ』などの
せめて、どの店が美味しいのか、わかればええんやけど……ふと、店先のテーブルに座る、ラフな格好の若いカップルに目が留まる。
彼らは一人前(六つ)のたこ焼きを二人で分けていた。
見た目は平凡やけどソースまみれで『アレ』の有無がわからへんな。ユウイチは思いきってカップルに訊ねてみる。
「すんません、そのたこ焼き、京都仕様でキャベツとか混入してます……?」
「ユウイチさぁん!」「やっと見つけてくれよった……」
混入していたのはキャベツではなく山田家の双子だった。
なんでここにおんねん。呆気に取られるユウイチに対し、妹の
弟のほうも心底安心した様子で苦笑いしていた。
いやいやいや。
「全然流れが読めへんねんけど」
「おにぃが気になって、こっそり追いかけてきちゃいましたー! そしたらタクシー代でお財布がすっからかんになっちゃいまして、えへへ」
妹のほうが八重歯を光らせながら答えてくれる。
またそのパターンか。ユウイチは頭を抱える。お前ら、先週のファミレスの件もう忘れたんか?
「……って、二人ともタクで来たん? 大阪から?」
「そうなんです! ものすごいお金になっちゃって! 五万円! そのせいで帰れなくて……元はといえば、ハヤトがお金持ってへんのが悪いねんで!」
「はあ?」
穂乃花の台詞に隼人が立ち上がる。
「アホノカが『おにぃの近くに住みたい~』とかいうて、俺ら蒲生のマンションに引っ越したせいで貯金ほぼ無くなったんが、そもそもの原因やろが」
「誰がアホノカなんなー! 家族やねんから、一緒に住みたいのは当たり前やん!」
「やってることストーカーのそれやぞ」
「ウチ、ストーカーちゃうもん!」
「道路向かいの部屋借りてる奴がよう言うわ」
隼人が冷めたたこ焼きを口にする。キャベツ入ってないです、と極めてやる気のないジェスチャーで教えてくれた。
ユウイチにとってはそんなことはもはやどうでもよかった。双子を大阪に帰してやるためにどうすれば良いのか、何よりアイツに見つかる前に身を隠してもらわないと──。
「ユウイチ、おれもテーブルまで運ぶん手伝うで……えっ」
「おにぃの水着めっちゃ可愛い!」
大学生の妹に古そうなデジカメを向けられた香奈は、突然のことに理解が追いつかないのか、ユウイチに「助けてぇ」と弱音を吐くことしかできないようだった。
ユウイチはそんな彼女のためにデジカメの射線を遮りつつ、眉間にシワを寄せる。この状況、どうやって乗り切ったらええんや。
「ああっ、どこ行くん! おにぃー!」
彼が答えを出すより前に、香奈のほうは『にげる』コマンドを連打していた。
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