町内会

 足を踏み入れた瞬間、もう戻っては来られないと思った。

 人一人が通れる小さな鉄の扉の入り口に飲み込まれちまったような気がする。


 外から見れば高層ビルの塊が密集して出来てるスラム街。あそこまで大きいと、ゴジラよりもでかい怪獣だ。今通ったのはそのケツの穴より小さい毛穴。



 昼だと言うのに、ここには一切の光が差し込まない。何処を見ても、コンクリートの壁と、壁と天井を剥き出しに伸びる電線の束。中国語で書かれた看板とか、道の途中に住居と見られる扉とか薄汚れたガラス戸。


 例えるなら下町の路地裏にある町と言ったところか。地元にある闇市に雰囲気が似ている。というより、育った町そっくりだ。向かう先に何があるのか分からないってのを除けば。


 本当に狭いな。使われているのか知らんが自転車が置いてあるし、硝子戸の向こうから人が話してる声も聞こえる。



「最初は迷うかもしんないが、慣れれば平気だ。お前の家は、玄関市場の先にある」


玄関市場?


「そうだよ。ちょっと人の声がうるさくなってきただろ?もうすぐ見えると思うぜ、ほら」



 ユーハンの言う通り人がうるさくなってきたと思ったら、通路から開けた場所に出た。


 ネオンの壊れた看板やらポスター、不法建築で幾度にも重なって、人の家のベランダが丸見えな状態。その住居を繋ぐかのように錆び付いた鉄筋の格子がついた渡り通路。

その下に人が賑わっている市場らしい人溜まりが見下ろせる。



 今まで通ってきた通路には全く人気がなかったが、それが嘘のように賑わっていて、広東語が飛び交う。俺達は立ち止まって一緒に、道行く市場の人間の頭を見下ろした。



「すげぇだろ??他にも映画館や劇場、ボウリングもあるぜ。玄関市場は何でもあるし、一般の市民が集まってるから比較的夜も安全だよ」


 映画館にボウリング?そんなのまで…。もう本当に町だな。でも、こんなに近くだと煩くないか?



「コンクリートで重なってるから大丈夫。家はこの住宅のちょっと奥」


 ユーハンが、渡り通路から見えるすぐそこの住宅…と呼んでいる重なりあったコンクリートの建物を指差す。ベランダから部屋が丸見えのかなり隣接している場所だ。もっとも、俺の部屋は丸見えではない奥にあるらしいが。



「何か足りないものがあったらここでほとんど手には入る。写真館に行けば、フィルムとかも結構あったはずだよ」


へぇ、それは助かる。



「仕事じゃ何かと入り用だろうからね。それじゃ、いこうか」


ダミアンが再び歩き始めたのを期に、俺達もその後に続いて市場の上から後にした。



____




タイの屋台通りのような賑わいに似た下の市場の喧騒から離れると、再び錆び付いた鉄の扉と剥き出しに生えたパイプ管の暗い道を通る。


ちらほらと、人の姿が見えるようになった。

売店のような雑貨屋やら、扉のついていない理髪店。当たり前でも、不規則な所が目立つ。


 住人達の生活している姿を歩きながら眺めて歩いていると、通りを抜けた所に集合住宅のような広間へ出た。


 広間には普通に子供が遊んでいる姿が見え、横から180度全体に住居の扉が見え、多分五階建てくらいはあるだろう。

 洗濯物も干してあったり、階段や渡り廊下で井戸端会議をしているおばちゃんがいたり、ごく普通だ。


 ただ、余所者の俺がイギリスの外人とアロハシャツの不動産屋と一緒に住居に足を踏み入れた時点で、視線が集まってきている。


「ヤスの部屋は、三階の南側だよ」


「ちょっと端の方な。ほら行こうぜ」


二人はこの視線に気にする素振りもなく鉄骨の不安定そうな階段を登り始める。


 荷物を持ち直して階段を登り、自分の部屋の扉の前にまで行き、「ちょっと待ってろよ」と、ユーハンはズボンのポケットから物凄い量の鍵の束をジャラッと取り出した。


おい、それ結構時間かかるか?


「大丈夫大丈夫。ちゃーんとほら、タグはつけてあんのよ」


 タグのついた鍵を得意気に見せてからノブに鍵を指し、立て付けの悪そうな音をさせながら扉が開く。

心配だな、果たして鍵の意味はあるのかどうか…。



 入ったすぐそこに5畳程の部屋と、簡素なキッチン、もう1つの部屋は仕事と寝る部屋として使う予定だ。

 家具はブラウン管テレビと机に椅子。もう1つの部屋にも机と椅子と後はベットだけ。南側の意味を成さずして、窓はない。

 だが家賃二万って考えたら、いい部屋ではあると思う。


「おや、私の時より良い部屋じゃないか。私なんて、来た瞬間から天井裏の下水管が故障して、下水の室内プールになってたんだよ」


 笑い話のように語るダミアンだが、何も笑えない。おい、ここの天井は大丈夫だろうな?



「勘弁してくださいよあの時の事は。上でバカがトイレに変なもん流したもんだから…。ここは大丈夫だって」


「ならもっと良かったじゃないか」


笑いながらダミアンは、俺達が部屋に荷物を下ろしたのを見届けると、再び扉の方へ戻り始める。


「じゃあ私は隣の子と話をしてくるとしよう。早速、会長さんの所に挨拶に行っておいで」



あぁ、そうだった。…けどこれ、荷物はここに置いていくのかなり不安があるんだが。



「あぁ…それもそうだね。最近空き巣も増えてるみたいだし、鍵は…」


「あーすまん、まだ取り替えてないんだ」


 取り替えてないのかよ、普通入居する前に取り替えるだろ。ガッタガタだったぞさっきの。



「仕方ねぇだろ。空き家だと取り替えても誰かが壊して中に入ったりするから無駄な出費になんだよ」


入居しても無駄な出費になりそうだな。安心出来ないじゃねぇか。


「オートロックで監視カメラもつけろってのかよ。日本人はこれだから……」


うるせぇ、お前らが適当過ぎんだよ!


「わかった、分かったよ。なら、戻ってくるまでこの部屋で待っている。隣の子もここに連れてくるけどいいかい?」


…仕方ない。誰もいない中でほっぽっておくよりはるかに安全だ。


それで、どこに行くんだ?


「ここは龍城路。んで、九竜には南北と東西に分かれてて、それを繋ぐ通路と東西の主な渡り道になってる。ちなみに、今は西城路にいる。」


しばらくは絶対迷いそうだ。


「こっちは、一般の住宅地が多くて比較的安全だけど、今から行くのは、ここよりもっと下。光明町ってとこだ」


地下なのに、"光明"?


「そこに町内会の会長の家があるが、あんまり周りをジロジロ見たりするな。あそこにはアヘン窟があるし、治安が悪いからよ」




____


 


 言われた通り、今さっきまでいた西城路という地区よりも何処か殺伐としていた。

 微かに建造物の隙間から漏れていた光もない暗闇の中を電飾で補う。


 娼婦の電話番号や写真などが乗せられたポスターや新聞の切り抜き等が住居などの壁に隙間なく貼られていた。


 道にはちらほらと客を探している女達や、フラフラと目の焦点が定まっていない老人がただ立っているのもまた異様さを増す。


 向こうじゃまだ外と変わらないところはあったのに、同じ建物の中とは思えない空間だ。前を歩くユーハンも、何処かピリピリとした感じで足早になる。


 この地区に入って少し言った先にあった広めの大通りの先で止まる。

 上を向けば静まり返ったように明かりが落ちて建物と建物が密集した灰色の空間が広がり、周りのバーや飲み屋らしき店の看板の電気も落ちていることから今は営業時間外であることがわかる。


 漢字ばかり書かれた看板が、灰色に落ちた空間の中でただひっそりと頭上に並んでいる。まばらに人は見掛けるものの、午前四時頃の朝方の町を見ているような静けさ。


 そんな中、ユーハンはミュージックホールのような大きな劇場の建物の前で立ち止まり、ここには似合わない正面玄関口の気品のあるガラスの戸をコンコンッと軽く叩いた。

 しばらくすると、ガラスの向こうから燕尾服を来た顔に傷のある大男が現れ、扉の鍵を開ける。


「中へ」


 こちらが名乗る間もなくユーハンの顔を確認してからすぐ中に引き入れられる。

燕尾服など似合う顔でもなければ声も野太い。色んな所を旅行して色んな奴に出会ってきたが、チンピラがお高い服を着ているようなもので滑稽に思えた。



「例の日本人か?」


「あぁ。会長さんに挨拶をしに来た」


「一応、ボディーチェックだけさせてもらう。刃物や銃を持っているならここに置いて行ってくれ」


「わかったよ、ほらちゃんと調べてくれ」


 ユーハンは両手を挙げてあっさりと応じ、お前もだぞと視線を向けてかた奴にならって俺も両手を挙げた。

 大男がユーハンの体を腕から足に至るまで触ってチェックをし、何もないことを確かめた後俺の体もバンバンと力強く、ユーハンよりも念入りにまさぐられた。

 余所者というだけあって、念入り。日本人であっても例外はないらしい。俺の体をチェックしながら、背後で見ているユーハンに話し掛けた。


「日本人の名前は?」


「高崎康光だ。愛称はヤス」


おい、誰も愛称にした覚えないぞ。


「呼びやすいからいいだろ」



 大男はパンパンと俺の肩を叩いて「いいぞ」と一言でボディーチェックを済ました。


「部屋にいらっしゃる。早く行け、ミスターは待たされるのは好きじゃない」


 視線の先の曲がり角を指差した大男に、「どうも」とユーハンが先を歩き出したのに俺もついていく。

大男はついては来ないようでただじっと俺達の後ろ姿を見送っていた。



____



「来るのが少しばかし遅かったんじゃないのか?張」


「すみませぇんMr.ラオ。高速の道が混んでたってもんで」


 言われた通りに進んだ先の部屋の一室。

外の外観のシンプルながら高級感のある内装から、行き過ぎてかなり趣味が悪くなったと思わせられる部屋の内装にまずぎょっとした。


 イギリスとかその辺の影響か、壁や絨毯はシックで落ちついたものだが、問題は部屋に置かれている調度品。


 鎧やら虎の剥製やらは分かるが、鉄製の鳥籠に入ったバラバラの目が片方ないアンティークの人形の飾りが天井にびっしりと揺られ、飾ってある絵画はどれも殺しの場面の悪趣味なもの。

棚に飾られてあるビンには、生きた蛙やヘビ、ヒヨコが入ってバタバタと動いている。


気色が悪い。外のあの下水の臭いを嗅いでいた方がどれ程マシか。


そしてこの部屋の主人は、ユーハンがまさに執務机の先に向かってペコペコしている奴だ。


 小太りの眼帯を着けた五十代か六十代の爺だが、顔は大火傷でもしたのかケロイドのように半分爛れていた。服は町内会の会長って思えない程高そうな紳士服で太い指先にはゴールドの指輪をつけている。


 表情が動く度にニチャニチャと肉が動いているような気もする。これも合わさってかなり気色が悪い。

説明されなくともこりゃかなり悪趣味だとわかるな。


「ヤス!!挨拶しろお前も!」


 ずっと黙ってばかりの俺に慌てたユーハンが促し、あのケロイドの下の目が俺を向く。

すぐに自分の名前を名乗ると、この爺はじっと俺を見た後、机の上にあった葉巻に火をつけながら口を開いた。



「この辺の町内会の会長をやっているラオだ。遠い日本からよく来た、康光」


どうも。


 軽く会釈をするが、ラオはずっと俺の事を黙ってみている。その目の奥には闇ばかりが広がっている他、何かが違う、何処か別次元を見ているような視線で身が凍る。

 無意識にも、ブルッと体が拒否するように身震いが起こった。


 今まで旅行先でも、ギャングやらチンピラの関係者と何故か接点を持つことが多かったし、奴等が他の一般市民とは違う何かを持っていることはもう十分知っているはずだったが、このラオという爺に関してはそこからどっかまた外れている。


 この部屋といい、これは絶対に関わってはいけないという危険信号が鳴った。

 あぁいう界隈の中にも道理や義理というのはあったが、この爺にはそれが存在しない。




「お前さん、ここに写真を撮りに来たんだってか?」


まぁ、はい。仕事としても修行の一貫としても出来る範囲でやらせてもらおうと。



「修行?カメラのスイッチを押すことにどんな修行があるというんだ?」




 そう思うのが普通だ。俺も趣味程度だったから、改めて仕事にすると言ったときに初めて色々聞いたものだ。


 ただ対象に向けてスイッチを押せばいいってものじゃなく、光の加減や角度、対象との距離感だったり、どんなものを撮りたいかによってまた変わって言ったり。案外奥深いが故に面倒臭い。

 そんなことは一切考えずパシャパシャ撮ってただけだから余計に。そんなようなことを多少省略し言葉を変えて話すと、ラオは興味深そうに俺の話に黙って耳を傾けていた。



「成程な。面白い。こういう奴は久しぶりだなぁ、なぁ?」


「そ、そうですか…」


「どんな゛ヤポンチキ ゛が来るかと思ってたが、物怖じしないし、無駄なことも言わんから気に入った」


 ケラケラと笑いながら机に置かれたウイスキーをグラスに入れて口をつけた。お前もどうかと誘われたが、これから荷ほどきしなきゃならないと断ると、ますます何処にハマったのかケラケラと機嫌よく笑っていた。




「そうかそうか。まぁ着いたばっかし荷物置いて俺のとこに来たんだろ?なら"やがねぇさ"…それで?写真は一体何に使う?何処まで踏み込めばお前さんらの気が済む?」


写真は日本に帰った後、貴重なクーロンの内部資料として編集し、ひとつの雑誌にまとめるつもりだ。

いつなくなるのかも分からないクーロンの内部の写真ともなれば、後世にとっても重要なものとなるだろう。



そんなことをまとめて伝えると、ウイスキーを飲み干したラオがグラスを置いた。



「今でも、あっちこっちからお前さんのような連中が取材をしたいとかで話を通しに来るが、中には道理も知らん間抜けもいる。

勝手に入り込んだ挙げ句、人が飯を食っている所をパシャパシャやりやがるのさ。自分がこの建物の『一部』に使われることを知らずに、な」



立て付けの悪そうな皮の椅子を動かし、俺の方に体を向け、爛れた顔を見せつける。

ニチャァと口元がにやついた仕草も相まって、自分がここにいることがようやく恐ろしくなった。



「お前さんは構わんよ。ちゃんとここに挨拶に来た、それが重要なことだ」


…取材はいいと言うことか?



「条件はある。それさえ守ってくれれば、俺達はお前さんを目の敵にはしないさ。…おい。何処だシェン!!」


ラオが入り口の扉の方に叫んだ後、ごく数秒すぐに人が入ってきた。


無精髭で黒髪を後ろで縛った何処にでもいそうな四十代くらいの中国人の男。

さっきの大男と一緒で燕尾服を着ているがタイの辺りを着崩している。

普通ながらも、目は何処かガラの悪そうな目付きをしていた。


「はい、会長」


「シェン。こいつが今日来た日本人の康光だ。康光、こいつは関沈カン シェン


ラオに紹介されると、愛想のないピリピリとした目付きが俺に向いた。軽く会釈をして名乗ると、ラオはシェンを指して話を始めた。



「この砦は、南北と東西に分かれている。名前ばかりで角度は関係ねぇが要するに、正門がある方が南北。東西が裏門」


とすると、ここは正門とは離れた裏の方って事か。


「俺の町内会は東西の面倒を見ていてな、ここの何処かだったら構わんよ。ただし、撮った物は夕方ここに来てシェンに差し出せ。こっちのものを選別して残りを朝お前さんに返す。それが条件だ」



…なるほど。写真は撮らせても、それを全部もって帰るのは許さないってわけか。まぁでも、見るからに何か普通じゃ無さそうな奴等だ。素直に従うしかないだろう。



「後はそうだな、南北の写真は撮らん方がいい。向こうにもお前さんが来ることは伝えてあるが、どうにも不審な様子だ。外から政府のアホどもも来てることだ、しばらく撮るな」


外の風景も見られないここにいちゃ、どっちが北か東なのかも分からないな。まぁしばらく誰かと一緒にいれば、思わず迷い混む事はないと思うが。




「後は夜の事だが」



再びラオの目の奥が、正体が分からない深い闇に染まるのに気付いた。

膝に乗せた少年の枷の鎖がジャラッと動き、爛れた顔から見える目が俺だけを写す。



_____夜は絶対に




゛「写真を撮るな」 ゛



 二言にわざと区切り、ゆっくりと言葉を並べられた。風のない室内に、ザワザワとムカデが通りすぎたようなざわめきに包まれる。


 今までの忠告とは違い無性に圧をかけて来ている事が分かり、今にも机にひっそりと乗ったペーパーナイフが飛んでくるのではないかと想像してしまった。分かり易すぎる剥き出しの圧力だ。


その辺のチンピラや威張りくさっているギャングのボスとは違う、戦場を潜り抜けてきた戦士の猛者でもない。


___獣だ。


座っているのは人間じゃない、人間の皮を被った獣なんだと。目の奥から俺をつけ狙い、いつ食い散らかしてやろうかと見定めている獣が見える。

隠さない狂気と欲望の圧があからさまにのし掛かり、毛穴から自然と汗が吹き出す。



「分かったか?康光」


「はい」以外の他の返事は出来ずすぐに首を縦に振って合意すると、その反応を見るや否や、獣は身を静かに返して身を刺す異様な瞳から消えていった。



ふぅっと息を吐いて圧にかかった体がようやく楽になる。


「聞き分けがいいのも気に入ったぞ、康光」



ケラケラと爛れた顔を動かして笑う不気味さに、ますますこの爺への嫌悪感は増していった。



「会長。外に甄冥儷シンメイレイが来てますが」


 そして、さっきから俺を値踏みするように睨んでいるシェンっていう中国人がラオの爛れて頭と一体化してる耳に呟くと、ラオは思い出したように声をあげてニカニカ笑い始めた。



「おぉっ、そうだったそうだった!今日はあの子が顔を出すんだったな!ほら!!すぐ連れてこい!!」


「張。その日本人を連れてさっさと帰れ」


「は、はい~!じゃっ、俺達はこれで!!」


 急に俺達に興味を無くしたように待ち詫びるラオ。シェンに睨まれてすぐユーハンに引っ張られて部屋から出た。


「ふぃ~……緊張した。良かったなヤス、さっさと帰ろうぜ」


言われなくとも帰るだろ。なんだか気味が悪いぜ。


 長い廊下をユーハンと一緒に戻り始める。あっさりとは終わったが、後味の悪さを植え付けられて気分が悪い中、多分、次の訪問者らしき団体とすれ違う。


 黙って俺達の前を歩いてくる、黒い中国の漢服を着た男女と、後ろに派手な色合いと模様の仮面を着けたチャイナ服の女と……多分、男。

多分というのもなんだが、その格好のせいだ。


 長い手足、何処か穏やかそうな端正な顔立ち、手入れが行き届いた白い肌。

  黒く体のラインが出るようなドレスと羽織っていた黒の高級感のあるマントを纏い、まるでどっかのお貴族様のように優雅に歩いている。


 男の体型はドレスのせいもあってか華奢に見えたが、見ようによっては中性的と思えた。


 だからなのか、見るからには男なのに、全然違和感がないというか、おかしいのに滑稽さがない。…要するに、女装がかなり似合っていたという事だ。



「……………」



 すれ違う瞬間、その男が俺の方に目線だけ送ってきた。隣の仮面の女が何か喋っていたが、男の深い茶色の目は、確かに俺の方に向いていた。そのまま、何も喋ることもなく過ぎ去ってったが。



「さーて!!今日はヤスの引っ越し祝いだ!!良い飯屋教えてやるから、飲みに行こう!!なっ!?」


ユーハンは、あの女装野郎の集団に気にするそぶりもなく、俺に振り返って呑気に言った。



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