百六話:雨の音楽隊


 雨雲にぽっかりと空いた穴から、空の青が見える。

 まるで台風の目みたいだけれど、雲が風に巻かれているわけじゃないみたい。


 雨が降る森の中に出来た、雨が降らない場所。

 太陽を遮る雲も草木も生えていなくて、太陽に照らされた地面も乾いていた。

 そんなところで、たくさんの大きな蟻さん達が、あちらこちらでなにかをしている。


 雨が降るところと降らないところは、どう違うんだろう?


 首を傾げながら、ぐるりと見渡す。

 うしろに見える木とその上に浮かんだ雨雲。


 雨雲があるところに、あの木が生えているのかな? 逆?


 考えるのは一旦このくらいにして、蟻さん達があつまっているところに近づいてみる。

 ザックザックとひとりの蟻さんがアゴで地面を掘って、僕と一緒に来た蟻さんのひとりがその穴を埋めるみたいに土団子を入れた。

 土団子を入れた蟻さんが、そこからすこし離れた地面に穴を掘り、土団子を咥えた蟻さんが穴を埋める。


 あの土団子になにか入っているのかな。


 蟻さん達が交代交代に穴を掘って、土団子で埋めてを繰り返している姿がなんだかおもしろくて、しばらく眺めていた。

 ふと、穴を掘り終えた蟻さんが目に入る。

 来た方へもどる蟻さんもいる中で、その蟻さんは、べつの場所のあつまりに向かっているみたいだった。


 あっちも穴を掘っているのかな?


 考えるより先に足が動く。

 先に向かっていた蟻さんを追い越し、あつまっている蟻さん達の間から、覗き込む。

 蟻さん達が見ていたのは、まだ伸び始めで背の低い木。

 まだ枝もすくないけれど、この森に生えている木みたい。


 この子が、あのキノコかブロッコリーみたいな木になるんだね。

 でも、お水とかどうしているん――


 ばしゃっと、目の前の木に落ちた水の塊が弾け、地面にじわりと染みを作った。

 見れば、ひとりの蟻さんが、口から出したお水をすこしだけ開いたアゴの間を通して、木にあげていた。

 じゃばーっとあげすぎに見えるくらいの水溜まりを作ったあと、あつまっていた蟻さん達が一斉に動き出す。


 ついて行こうかとすこし思ったけれど、虫さん達の森の方に向かっていたみたいだったから、そのまま蟻さん達を見送る。

 ほかの蟻さん達が向かって来ているのが見えるから、またお水をあげるのかもしれない。


 でも、もう水溜まりみたいになっているくらいにお水をあげたのに、もっとあげちゃうのかな。

 根腐れとか、しないのかな。

 そもそもあんなに雨が降っているところに生えているし、大丈夫ってこと?


 なんて考えていたら、さっきまであつまっていた蟻さん達で見えていなかったのか、水やりがされた木から十歩から二十歩くらい開けたところに、背の低い木を見つけた。

 その先にも、ぽつぽつと同じような木が生えていた。

 乾いた地面に生えたその一つに、やってきた蟻さん達があつまっていく。


 蟻さん達は、あの木を育てているんだね!

 あの土団子には、木の種が入っているのかも!


 そう思って見てみれば、遠くに見える木々の手前の方に、僕から見たら十分高く育ってはいるけれど、それでもほかの木よりも背が低いものがある。


 もしかしたら、あの木も蟻さん達に育てられた木なのかな。

 なんだかすごいね! もともとここは木が生えていたのかな……あ!

 ガルドに行かないと、なんだった!


 もうすこし見ていたい気持ちをふり切って、ガルドを目指すために、蟻さん達に別れを言ってから北へと歩き出した。


 しばらく歩いて、ちょうど雨がまたぽつぽつ降ってきた辺りに、たくさんの穴が掘られた跡があった。

 蟻さん達が掘る穴よりも大きいし、深い。

 それに根っこなのか、木の破片が土にまぎれて見えた。


 蟻さんたちは違うだろうし、猪さんだったら、根っこを食べても木は残っていると思う。

 大きなキクイムシさんやカミキリムシさんがいても、細かくなった木がもうすこし残っている気がする。

 じゃあ、ヒト? 切り株が残っていないのはなんでだろう?

 うーん、違うかも。


 すっごく気になるけれど、穴のふちをくずしてすこし埋めるように、通り過ぎる。


 これで水が溜まって見えなくなっても、だれかが踏んじゃってずっぽり顔まで、ってならないといいなぁ。


 一度乾いた体を雨が濡らす。

 木に絡んだ蔦から伸びる葉っぱ、水溜まり、ニトがよろこんでいた黒い植物。

 雨粒がいろんなものに落ちて、弾けて、いろんな音が響いては消える。

 木の下に入ると、耳元に雨が当たらなくなった分、たくさんの音が聞こえるような気がした。


 ざーざーぴちゃん。

 ぱさぱさぽしゃん。

 雨が奏でるたのしい音楽。

 ぼてぼてじゃぼん。

 ばらばらちゃぽん。

 僕も足でじゃぶじゃぶじゃぶ。


 ばしゃばしゃとにぎやかな茂みに顔を向けると、泥んこ顔の猪さんが、たのしそうな鳴き声と一緒に顔を出した。


 いいなぁ。僕も遊びたい。

 でも、遊んだらきっと疲れて眠くなっちゃう。

 今日はすこしでもガルドに近づきたいから、がまんがまん……うー、遊びたい!


 視線を前にもどすと、ぴょんっと足元でなにかが跳ねて、ちゃぽんと音がする。

 まるまるとした蛙さんが、すこし前の水溜まりの中をすいーっと泳いでいた。

 いつの間にか、蛙さんがたくさんいるところに入り込んだのか、あちこちで蛙さん達のいろんな鳴き声がする。


『わぁ、こんにちは。どこへ行くの?』


 話しかけても、蛙さんは僕に背中を向けたまま。

 水溜まりの向かい側に着いて、じっとしている。


 この水溜まりも底が深そう。


 すこし遠回りをして、水溜まりを避ける。

 そうしている間も、蛙さんはピクリともせずに、まっすぐ前を向いている。


 どこを見ているんだろう?


 僕が蛙さんが向いている方へと視線を向けたその次には、蛙さんがピョンと跳び、宙でくるりんとでんぐり返しをするみたいにまた大きく跳んで、パシャリと着地する。

 蛙さんは、僕がびっくりしている間に、またピョンくるりんと大きく跳んで、茂みの中に消えていった。


 僕も魔法でばびゅーんと出来るけれど、あんなに綺麗に着地出来ないや。

 すごいなー。僕ももっと練習しないと!


 蛙さん達と雨粒の大合唱の中、魔力の球をぐにょぐにょと形を変える練習をしながら進んでいく。

 すこしして、パッと目の前が明るくなった。

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