九十三話:小鬼の森と雪降りの森


 タイショウのお家から締め出されちゃったから、ワトソンってヒト? を探して銀杏の森の中をまっすぐ東に進む。

 森の中にはもう火はないし、焦げっぽい香りもしないけれど、それでも昨日の火事で燃えちゃった跡がたくさん目に入った。


 緑のヒト達に死んじゃったヒトはいなかったのは、よかった。

 でも、燃えちゃったものは、元にもどらない。

 だから、燃えちゃったものが土を元気にして、新しい命が生まれればいいなぁ……。


 イルフロルが大暴れして地面が溶けちゃった辺りに来ると、冷えて固まった大きな岩を細かく砕いていたイルフロルや緑のヒト達を見つけた。

 そういえばと赤べえ達でも食べられそうで、育てられそうな野菜をリウゴ達に聞いてみたけれど、ちょっとわからないみたいで、首をかしげていた。


 ちょっとざんねん。


 それならと、“ゴブリン”さんって呼んでいいかを聞いてみたら、リウゴは『好キニ呼ンデイイ。誰ガドンナ名デ呼ンダトシテモ、オレ達ガ鉄ト火薬ノ王ノ子デアル事ハ、変ラナイカラナ』って言って、また岩を砕きに行っちゃった。


 リウゴらしいけれど、本当にいいのかな?


 ってことで、近くにいたドーブにも聞いてみたら、『鬼人オーガに比べて私達が小さいから、小鬼と書いてゴブリンと読むらしいですね。由来は別世界に生息している外見が似た妖精らしいですよ。父上が言っていました。で、ゴブリンって呼んでいいかですが……いいですよ。父上も問題ないと言うでしょう。今さら別の名を広めるには無理がありますし、蔑称じゃなければいいです。なにより、呼び名は呼んだものの姿を他者に想起させてこそですからね』ってことで、いいみたい。


 やったね!


 相談にのってくれたみんなにお礼を言って、また東へ歩き出そうとしたら、イルフロルがノッシノッシ近づいてきて、その右前足の爪の甲で頭を撫でてくれた。

 爪の先はとっても鋭いけれど、甲はツルツルしていて、なんだかおもしろかった。

 なにも言わずにまた作業にもどっていっちゃったけれど、きっとがんばれーってことだよね!


 がんばるぞーおー!


 落ち葉が山盛りになっているところに跳び込んだりしながら、銀杏の木がいっぱいの森の中を東にずんずん向かったら、地面が落ち葉の黄色じゃなくて、白いところが見えてきた。

 生えている木も、幹が銀杏の木よりも暗い茶色だし、付けている葉も暗めの緑色。

 葉っぱの形も細いかも?


 近づいてみると、白い小さなものが空から降ってきて、地面や枝葉に積もっているみたいだった。

 銀杏の森は落ち葉、白いものが降る森はその白いものが、降り積もった地面でまるで境目みたいにくっきり分かれている。


 世界樹の森と荒野、荒野とカンタラの境目でも、こうなっていたのかな?

 こんなにはっきりわかりやすいのは、初めてだからおもしろいね!

 それにね。


 境目を越えると、急に顔に当たる空気がひやりとしだす。

 足元の白いのが僕の足を包むように沈んで、ひんやりとする。


 この白いの、やっぱり! 雪だー!


 うれしくなって、森の境目をあっちへこっちへと走り回る。

 僕が踏んづけて広げちゃったところだけが、雪と落ち葉が境目を越えて混ざる。

 混ざりすぎると汚くなっちゃうから、そうなる前に雪の森に移って、また走り回る。

 尻尾に付いた雪をその場で回りながら落とそうとしていたら、目が回って、転んじゃった。


 吐き出された僕の息が、白い煙みたいになって、消えていく。

 見上げた空は、重たそうな灰色の雲で覆われていて、ふわりふわりと雪が降りてくる。

 すぐ近くの銀杏の森の空へと視線を移すと、あっちはとっても晴れていた。


 カンタラの結界みたいに分けているのかな?

 よくわからないけれど、すごいね!


 雪に沈み込む体。

 見える先にほかの生き物はいない。

 聞こえる音は僕が立てる音だけで、それも雪が冷たいのかすぐに隠れちゃう。

 とっても静か――


 ふと、ヒトの声が聞こえた気がした。

 気のせいと思いつつも魔力感知でサッとみてみると、すこし進んだ先にだれかがいるみたい。


 もしかしたら困っているかもしれないし、見に行こう!


 起き上がり、木々の間を通って、ふかふかの雪の中を走って行くとそのヒトはいた。


 遠目ってこともあって、すこしわかりにくいけれど、白っぽい水色の髪をした女のヒト。

 水色でふわふわの暖かそうな服と手袋をしているのは見えるけれど、下半分が雪で埋まっちゃっているのか、見えない。


 なんで腰から下が地面に埋まっているんだろう?

 今日はリウゴも埋まったし、僕も埋まった。

 もしかしたら、今日はよく埋まる日なのかも。

 不思議ー。


「ちょ、冷たいですって! あなた達なんて、わたしの魔法を使えば、使えば……使えない! こんな人懐っこい子達を吹き飛ばすなんて、わたしには出来ないです! でも冷たいのはいやですから、頬ずりして来ないで! 来ないで! や、やぁ、ああ゛あ゛あ゛……」


 え、なにかに襲われているの!?


 近づいて見てみると、女のヒトの上にのっていた雪や辺りの雪に見えていたものは、雪みたいに白い小さな鳥さんと猫さん達だった。

 ころんと丸っこい鳥さん達は、女のヒトの上でチュイチュイとたのしそうにお話していて、白い猫さん達は、みんなたのしそうに女のヒトのほっぺや頭、腕に、自分の顔や体を押し付けていく。


 襲われてはいなかったみたい。

 よかったー。


 ホッと一息吐いていたら、女のヒトと目が合う。

 猫さん達に頬ずりされてうれしいけれど、冷たくてかなしいみたいな、複雑そうな表情が消えた。


「何見てるんですか!? 見せ物じゃないんですよって違う! 違います! わたしは食べても美味しくないですし、お肉もそんなにありま……す。はぅあ! ある! 冬に蓄えた栄養が! ケーキが! まだ! あぁ、シュガちゃんたすけてぇ! もう唐突に始まる筋トレとかプロなんとか入りの泡ブクスープに文句言わないからぁ!」


 静かに降り積もっていく雪。

 チュイチュイとにゃーにゃーの鳴き声。

 その中で、女のヒトは僕を見て泣き出しちゃった。


 どうしてこうなったんだろう。


 一瞬ぽかーんとしちゃったけれど、気を取り直す。

 とりあえず、食べないってことは伝えないとね!

 よーし!


『こんにちは! 僕は若葉! 食べないから、安心してね!』


 “食べないから”の“た”辺りから、女のヒトの泣き声が大きくなっちゃった。

 どうしよう……ううん。まずは女のヒトを穴からださないと!


「ゔぇああ……」


『大丈夫! 助けに来たからね!』


「そ、ズビ……そうなんですか?」


『そうだよ! ほら!』


 女のヒトの頭に縁を付けて、引っ張る。

 そのついでに、首輪が見えるように胸を張る。

 首輪を見た女のヒトの表情が、どんどん良くなっていく。


「そうなんですね! わたしったらてっきり……べ、べつに怖かった訳じゃないですよ!?」


 元気になったみたいでよかった!

 でも、なにかに引っかかっているのかな?

 なかなか抜けないね。


 女のヒトには縁が見えていないはずだけれど、僕が引っ張っているのがわかるのか、鼻水は垂れているけれど、泣いていたさっきと違ってニコニコ元気。

 猫さんと鳥さん達は、不思議そうに僕を見ている。

 あ、ひとりの鳥さんが僕へと飛んできて、頭の上に留まった。

 御守りや木箱があるけれど、狭くないのかな?


「べ、べつに、埋まっちゃって出られないとかじゃないですよ? 勘違いしないでく……」


 え、そうだったの?

 もしかして、僕、なにかのジャマをしちゃっていたの?


 一度引っ張るのを止めて、女のヒトの言葉の続きを待とうと思ったら、


「あー! あー! 助けて! 嘘です! 出られなくてもうダメかなって思ってたんです! 体が雪に埋もれているって事は、体が雪に埋まっているって事なんです!」


 女のヒトが必死の表情で手をパタパタさせ始めた。


 よかったー。

 ジャマじゃなかったみたい。


 ……


「いやー助かりました! よっ、救世主!」


 穴から抜け出した女のヒトが、ぐぐーっと体を伸ばし、両手を挙げたままそう言った。

 背はメラニーとマルタの間くらいで、二十歳くらいかな?

 ぺかーって笑顔とその上に留まったままの鳥さん達が、とっても素敵。


「あ、ダメです! やめてくださーい!」


 どうしたのかと思ったら、女のヒトがその場でくるんと回る。

 すると、うしろの三つ編みにしていた長い髪も回って、それを追いかけていたらしい猫さん達も回ってくる。

 猫さん達が三つ編みの先に追い付くと、また女のヒトが回る。


 くるくるくるくる……


「世界が〜回ってます〜」


 バサリと雪の上に倒れ込んだ女のヒトの三つ編みに、猫さん達が群がる。

 女のヒトの頭の上にいた鳥さん達は飛び立って、僕の頭や背中に留まる。


 なんだか、賑やかでいいね!


 目を回した女のヒトが起き上がるまで猫さん達と遊んで、起き上がった女のヒトとお話しした。


 女のヒトの名前はニト・ライムアーク。

 “ニト”が名前で、“ライムアーク”が場所の名前なんだよね。知っているよ!

 でも、ライムアークがどこにあるかはわかんないや!


 ニトは仲間と合流するために森に入ったら、迷っちゃって、気付いたら穴に落ちていたんだって。

 僕がカンタラから銀杏の木が生えている森を通ってここに来たことを言ったら、「通り過ぎてましたー!」って頭を抱えちゃった。


 ニトの仲間は、この森でサルトラっていう国に近い骸骨の森ってところで待っているみたいで、ここから東に進めば、その森に行けるみたい。

 僕もワトソンってヒトを探して東に向かっているから、一緒に行こうってなったんだけれど……なんで僕が先頭?


 うしろで腕を組んでいるニトへと視線を向けてみる。

 猫さん達が水色のあったかそうな服をよじ登ったり、三つ編みで遊んだりしていた。


「これはちょっと、自慢じゃないんですが……わたしって方向音痴なんですよ」


 うん。知っているよ……あ。

 僕が先頭じゃないと、また迷っちゃうってことだね!

 わかった! がんばるよ!


 ニトにうなずいて、僕は歩き出す。

 雪はそんなに深く積もっていないしふかふかだけれど、それでも僕の足が隠れるくらいだから、すこしたいへん。

 気合を入れて、ザクザクと進んでいく。

 頭や背中の上の鳥さんがお話をしていて、猫さん達もニトと一緒に付いてくる。


 なんだかたのしい!


「雪降りの森は、骸骨の森と小鬼しょうきの森の間にあったんですね〜。横断するなんて正気の沙汰じゃないので、知りませんでした」


 うしろから、ニトが話しかけてくれる。

 でも、ショウキの森ってなんだろう?


『しょうきの森?』


「サカヨセイチョウが生えていたんですよね? メルンの大森林だと、小鬼ゴブリン族の住む小鬼の森しかイチョウが生えていないんですよ」


 へー!


『そうなんだ!』


「よく無事に通って来れましたねー。人間が用もなく入ると、怖いトコですよ〜」


 え、そうなの?

 うーん、そうかも。

 だって、


『イルフロルとか落ちてくるもんね!』


「イルフロル? ……あ、あー! 落ちてきますよね〜この辺りでも! たまに!」


 この辺りでも落ちてくるの!? そうなんだ!


 なんてお話をしながら歩いていると、ヒトがよにん横に腕を広げて歩いても大丈夫なくらい幅がある道に出た。

 道は西から東へと、すこし南に寄りながら伸びている。


 地面も踏み固められていて、雪もすくないから、歩きやすいね!

 だれが作った道かはわからないけれど、ここを通ろう!


「こっ、こここ、ここはマズイですよ。マズイ!」


 小さな声で、僕の耳に口を近づけて、ニトがそう言った。

 でも、どうマズイの?


 首をかしげた僕に、ニトは教えてくれた。

 雪降りの森にある一つの道。その道を通るヒトを襲うモンスターは、死の松明デストーチって冒険者さん達に呼ばれていて、恐れられているんだって。


 ニトは、この道にデストーチがいるって思ったみたい。

 だから、マズイって言ったんだね。納得!


「命からがら逃げてきた人が言うには、闇の中に紫の炎を見たと思ったら、あっという間だったらしいですよ」


 へー!


 辺りを見渡しながらそう言ったニトにうなずきつつ、すこし気になったことがあって、聞いてみる。


『ねぇねぇニト、それって』


「はいはいなんでしょう?」


 僕の視線に気が付いたのか、ニトが僕と同じ方――ニトのうしろへと振り向く。


『あの炎?』

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