八十五話:炎の向く先


 建ち並ぶかまくらのようなお家の中から漏れるオレンジの光を頼りに、村の中をタイショウと一緒に進むと、目の前にキラキラとした壁が見えてくる。

 壁は、ゆらりと表面が形を変えているのか、奥のすこし弱いつぶつぶした光をそのままに、お家からの光を小さな波の様な動きで跳ね返す。


 まるでお水……って、これお水だぁ!

 じゃあ、奥のつぶつぶは泡なんだね!

 なんだかおもしろい光り方ー!


「出た瞬間は、日の光がちと眩いだろう。目を瞑って行くぞ」


『うん!』


 隣りに立つタイショウの影にうなずいて、お水と泡へと……とと、その前に!


 鼻先に魔力をあつめて、ぐっとしてぽん。

 放った魔力の球の形をくずして、魔力の膜として体を覆う。

 次に膜の下に魔力を流していく。

 バシャっとお水が跳ねた音がした。


 外は燃えちゃっているみたいだから、きっととっても暑いし、熱い。

 でも、魔力の膜で体を覆えば、たぶん大丈夫! だよね!

 あ! そうだ! タイショウも魔力の膜で覆った方がいいよね!


 隣りを見ると、すでにそこにタイショウの姿はなかった。


 もう行っちゃったみたい!

 僕も急がないと!


 タイショウを追って、お水と泡の中に跳び込む。

 パチャリとお水が跳ねた音のあとに、耳元でカナカナとお水の流れる音。

 次に、たくさんの泡がプチプチと弾ける音がする。


 なんだか、とってもたのしい。

 でも、今はドラゴンが心配だから、急がないと!


 泡が重たくて進みづらい。

 鼻先で前の泡をどけて、足にしっかり力を入れて進む。

 目は、出た時にまぶしいみたいだから、閉じている。


 泡の中でも、魔力の膜で体を覆っていても、じわりと感じる怒りの熱。

 この熱は、だれに向けられたものなんだろう。


 ずぼっと泡から抜け出して、体が軽くなったと思えば、まぶた越しに強い光が目を焼いた。

 すこし待って、目をならしてからまぶたを開く。


 すぐ前のタイショウの背中に気付いたのと、南の空に火柱が上がったのは、ほとんど同時だった。


 地面を揺らす大きな叫び声。

 ぶわりと熱い風が火柱の方から流れてくる。

 だんだんと、火柱の色が橙色から白に変わっていく。


 この叫び声は、もしかしなくても竜のものだよね。

 なんだか、怒っているっていうよりも


『認めるものか!』


 !


 しっかりとした女のヒトのような声に込められた、ごちゃごちゃになった気持ちが、雨のように降ってくる。

 その中の小さな怒りのようなものだけ・・が、緑のヒト達に向けられていて、それ以外のどれもが、緑のヒト達じゃないだれかに・・・・・・・・向けられていると、はっきり感じた。


 これが、竜の声なのかな?

 もしそうなら……!


 魔力の膜から一旦出した鼻先に、魔力をあつめて、ぐっとしてぽん。


『その下に魔力を流してね! 僕は先に行くから!』


 タイショウを魔力の膜で覆ってから、走り出す。

 うしろで「おもしろいことをするもんだ」と、タイショウの声が聞こえた。


 森の中は、白い煙と焦げた臭いでいっぱい。

 魔力感知でも周りをみながら、竜がいる南へと走る。


 近付くにつれて、パチパチと燃えている木をたくさん見るようになって、それからさらに進むと、木が燃え尽きて、まっくろになった地面と黒い煙を見るようになる。

 地面が魔力の膜で体を覆っていても、結構熱い。


 ふと、辺りがうす暗く感じる。

 見上げてみれば、山の様な大きな雲が、空を覆い隠していた。

 焦げた臭いが濃くなり、自然と足が早まる。


 熱を持って、赤色に怪しく光る地面。

 生えていた木の姿は、まっくろに燃え残った幹が数本だけ。

 地面がドロドロに溶けている場所もあるから、気を付けて進む。



 僕が初めて竜を見て思ったことは、『炎そのもの』だった。



 小亀竜ミニタラスクよりもずっと大きくて、二階建ての建物くらいなら、簡単に呑み込んじゃいそうなほど、大きな炎。

 そのまぶしいほどの白が、この燃え尽きた木の灰の黒とドロドロになった地面の赤の世界で、静かに燃えていた。


 あの炎が、竜。

 とっても、とっても綺麗……あれ?

 なんで僕は、あの炎が竜ってわかったんだろう?


『たとえ、この焔が天に届かずとも』


 ぞわりと体がふるえた。


 炎にトカゲさんのようだけれど、角なのか、すこし頭のうしろがトゲトゲした首が伸び、太くて立派な尻尾の次に、しっかりとした四つの足が生える。

 大きな翼が広げられると、遠くに燃え残っていたまっくろな木が、触れられることもなく燃え上がったのが見えた。

 竜の足元が、溶岩の様にブクブクと煮え滾る。


『たとえ、ここで灰燼と散ろうとも』


 僕の足元に赤い光の円が現れる。

 カンタラで見た光の円と模様が違うそれは、魔力の膜越しでも、辺りをより暑くしているのがわかって、とても嫌な予感がした。


 咄嗟にうしろに跳んで円の中から出ると、円から勢いよく炎が噴き出して、火柱が立つ。


『この牙、爪、鱗』


 さっきと同じ円が、竜を囲む様に八つ現れて、それぞれ炎を噴き出すと、空からヒトの頭よりすこし大きな火の球が降り注ぎ始める。


 空を見上げ、脚に魔力をあつめて、降ってくる火の球を一つ一つ躱す。


 地面をその熱でさらにドロドロに溶かしていく火の球の中、うしろ足だけで立ち、黒い煙が上る空を見上げる竜。

 その燃え盛る炎のような赤い目には、森も、僕も、映っていないみたいだった。


 お話をするにしても、まずはあの目に映してもらわないと、だね!

 よーし、がんばるよ!


 体中の魔力の流れを速くする。

 魔力感知で辺りをみながら、魔力の球を三つ放つ。

 その内の一つで透明な壁を作って、足場にする。

 魔力の球を放つ時に、魔力の膜から出した鼻先が、とっても熱かった。


 竜は、空を見上げたまま。

 その頭は、長い首で高く上げられている。


 ……届くかな?

 ううん、届かせよう!


 足先に力を入れて、床を蹴る。

 前に魔力の壁を作って、足場にしたあとは魔力にもどして、また足場に。

 それを繰り返しながら、飛び石の上を跳ねる様に、駆けていく。


 大きなミミズさんが透明な壁を魔力の球にもどしていたから、マネしてみたけれど、いい感じ!

 今度、大きなミミズさんにお礼を言わないと、だね!


 僕に気付いたのか、竜がこっちへ鼻先を向けた。

 けれど、その目に映っているのは、やっぱり僕じゃないように感じる。


 寝惚けちゃっているのかな?

 もしそうなら、寝坊助狼さんよりも、寝坊助かもしれないね!


 じりじりと、竜の白い炎の体に焼かれているのか、体が熱くなってくる。

 それでも、足にしっかり力を入れて、竜に近づいていく。


『この身全てを以って貴様等を滅ぼす! 骨の髄まで、血の一滴さえも残さず燃やし尽くしてやる!』


 荒げた声。

 その声が、とてもかなしそうだった。

 さびしそうだった。

 どこかで、似た声を聞いたような気がした。


 だから、僕は駆ける。

 思い出せないけれど、前もそうしていた気がする。


 ぐわっと竜が開いた口の前に赤い光の円が現れると、まるで間欠泉から温泉や湯気が噴き出る様に、白い炎が吐き出された。

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