第4話 腕一本で女の子を支えられる男は多分ムキムキ

 氷川さんとの勉強会のおかげもあり、ここ最近は苦手な数学も少しずつ出来るようになってきた。

 テストまではあと三日。今回のテストはもしかすると過去一番の出来になるかもしれないと、ウキウキしながら現代文の授業を受けている時だった。



『死ぬぞ』



 もう驚かない。

 何なら、そろそろ来るかなーとも思っていたくらいだ。

 まあ、順番に行こう。いつ死ぬんだ?


『三日後の放課後、お前は死ぬ』


 ほお。放課後か。

 前の二つに比べれば随分と時間が限定されている。これはありがたい。

 それで、今回の死因は何だろうか?


『三日後の放課後、お前は屋上で飛び降り自殺しようとしている美少女を見つける。そして、飛び降りた美少女を助けようとして――』


 はいはい。分かってるよ。

 どうせ、足を滑らせて頭を打って死ぬとか、誤って一人で屋上から落ちたりするんでしょ。


『……いや、今回は何と美少女の手を掴むことに成功する』


 え!?

 あ、あの美少女を救おうとして空回りすることに定評のある俺が、遂に美少女を救えてしまうのか!?


『そして、そのまま美少女の体重を支え切れず、二人で落ちて死ぬ』


「筋肉!!」


 自らの肉体の脆弱さを嘆き、思わず声を上げてしまった。

 そして、案の定クラス中の視線を独り占めしてしまう。


「なあ、神崎。何か心配なことがあったら先生に相談していいんだぞ? お前のように十代というのは精神的に不安定な時期だ。先生はいつでもお前の力になるからな」


 荒川先生は慈愛の表情を浮かべて、俺に声をかける。


 いや、そういうんじゃないんです。本当に、すいません。


「す、すいません。気にせず続けてください」


「そうか? まあ、また今度ゆっくり話でもしよう」


 そう言うと、荒川先生は授業の続きを始めた。


 ふう。危なかった。

 それにしても、今回の死因はどうしたもんか。

 勿論、放課後に屋上に行かなければ俺は死なないのだが、流石にそれで自殺者が出てしまうと目覚めが悪くなる。

 折角なら、お節介と分かっていても自殺する美少女の話くらいは聞いてあげたい。

 てか、この学校に自殺しそうな女の子がいるというのがやばい。荒川先生の言う通り、やはり十代というのは精神的に不安定な時期なんだろう。



***



「神崎君。何か悩みがあるなら私で良かったら聞くわよ?」


 図書室で氷川さんと勉強を始めようとした時、いきなり氷川さんは俺にそう言ってきた。


「き、急にどうしたんだ?」


「その言葉は寧ろあなたに送りたいわ。現代文の授業中にたまに大声を上げるじゃない」


 確かにその通りだ。

 普通の人から見たら、明らかに俺がおかしい。


「確かに、そうだが……。いや、でも今後はもう無いと思う。今日のは不意を突かれたみたいなもんだから。もう大丈夫だ」


「……? 何を言っているのかよく分からないのだけれど、大丈夫なのね?」


「ああ」


「そう。それならいいわ」


 頭に疑問符を浮かべながらも、氷川さんは納得してくれたようだった。


 流石に、脳内に変な声が聞こえるなんて言ったら、それこそ余計に心配されてしまうに違いない。

 実際、今回のは俺の油断もあった。次からは何を言われても狼狽えないように心の準備をしなければ。



 そうして、氷川さんとの勉強会をしながら日々を過ごしている内に、気付けばテスト当日。


「神崎君。頑張ってね」


 氷川さんが俺に話しかけたことでクラスがざわつくというミニイベントが起きつつも、何とか無事にテストを乗り越えた。

 出来としては中々に良かったんじゃなかったんだろうかと思う。


「神崎君。テストの方はどうだった――」


「ごめん。氷川さん。俺、行くところがあるから!」


 氷川さんに話しかけられたが、一言謝罪を入れて急いで屋上に向かう。

 屋上の扉を開くと、そこには丁寧に脱いだ上履きを並べている少女がいた。


「だ、誰ですか!?」


 突如開いた扉に少女が動揺を露わにする。

 もしかすると美少女じゃないかもしれない。ちゃんと顔を見なくては。


「……っ。来ないでください! それ以上来たら飛び降りますから!」


「うるさい! 顔をよく見せろ!」


「え、えぇ……?」


 ある程度近くまでより、ありとあらゆる角度から少女を見る。

 肩口まで切りそろえられた黒髪。きめ細やかな綺麗な肌。くりくりとした大きな瞳。

 うーむ。これは……。


「紛れもない美少女だ」


「え、えええ!? な、何言ってるんですか! ふざけないでください!」


 黒髪の美少女が顔を真っ赤にして俺を睨みつける。

 可愛い。やはり美少女だな。


『死ぬぞ』


 そう思っていると、案の定あの声が聞こえた。

 やはり、この美少女が俺の死因に繋がることは間違いないようだ。

 身長は150前半くらいか? 身体もどちらかと言うと痩せている方だと思う。

 これくらいの少女なら、俺でも支えられそうだが……。


「……体重は?」


「は、はあ!? 何を言ってるんですか!」


「命に関わる大事なことなんだぞ!」


 少女に詰め寄る。

 この少女は分かっているんだろうか? 自分が今から死ぬかもしれないんだぞ?

 あ、いや……この子、そういえば自殺しようとしてたんだった。


「ぜ、絶対に言いませんから! それと、何のつもりか知りませんが出て行って下さい。私は、今から自殺するんです」


 美少女はそう言うと屋上の柵に手をかける。

 やばい。この子、本気だ。


「ちなみに、俺が死ぬなと言ったら?」


「まあ、そう言いますよね。……そうですね。あなたが私を幸せにしてくれるなら考えてあげてもいいですよ」


 幸せに……か。

 難しい要求だな。


「まず、お前の境遇を教えてくれ。じゃなきゃ、幸せに何てできない」


「……昨日、私の母親が自殺しました。理由は、母の保険金があれば私が生きていけると思ったからみたいです。……母は病気でした。自分の医療費がかかる中、私が生活費のためにバイトばかりしている生活に耐えられなかったみたいです。祖母も祖父もいません。父親は私が幼い頃に蒸発しています。今の私は天涯孤独。貯金は母が死んだことで保険金が入ったものの、私は大好きな母がいたから辛くても生きて来れました。もう、生きる気力はありません」


 それなら、俺がその子の立場でも自殺していたかもしれない。

 だが、ここでこの子に自殺されると俺の気分が悪い。

 唯一の生きる希望だった母親を失ったこの子に俺が出来ること……。


「……俺と付き合ってくれ!」


「え? 嫌です」


 即答だった。

 おかしい。ライトノベルでは、お試しで付き合ってくれたりするのに……。


「私、あなたのこと知りませんし。正直、顔もそこまで好みじゃありません。それに、きっとあなたと付き合っても、母の死の悲しみは紛れませんから」


 正論だった。

 間違いない。俺がこの子と付き合っても、母親を失った悲しみは癒えないだろう。

 仕方ない。切り札をきるか。


「俺さ……童貞なんだ」


 俺の言葉を聞いた瞬間に、美少女はあからさまに嫌悪を顔に出す。


「……それがどうかしたんですか?」


「最後に抱かせてくれない――「嫌です」……だよね」


 絶対零度の視線が俺の身体にブスブスと突き刺さる。


「万策……尽きたか……」


「自殺する私が言うのも何ですけど、もっとましな方法あったんじゃないですか?」


 四つん這いになって落ち込んでいると、少女がそう呟いてから柵をまたぐ。

 後は、飛び降りれば、本当に彼女は死んでしまう。


「……っ。少し、怖いですね」


 少女の肩は震えているように見えた。


「一応、言っておくとさ。君が飛び降りたら俺は君の手を掴むと思う。そして、俺は筋肉が無いから君と一緒にこの屋上から落ちるんだ。俺のために飛び降りるのやめてくれない?」


「それで脅しのつもりですか? こんな見ず知らずの少女のために命を賭けるバカがいるわけないじゃないですか」


 その美少女はバカにするような目で俺を見てから、空を見上げる。

 少女が視線を俺から外すと同時に走り出す。


「あー……。疲れたなぁ」


 そう呟くと、少女は柵の手すりから手を放して身体を宙に投げ出した。


「……っ。なに……してるんですか?」


 震える声で少女が俺を見上げる。

 少女の視線の先には少女の腕を掴み、必死に少女を引っ張り上げようとする俺の姿があった。


「何って……人助け?」


「は、放してください! あなたも死にますよ!」


「そんなこと言うくらいなら死ぬな!」


「は、はあ? 何言ってるんですか!?」


「自殺するってことは、たくさんの人に迷惑がかかるってことだ! 俺一人の命を心配する優しい奴が、自殺なんかするんじゃねえよ!! 自殺するなら、周りの人間の人生めちゃくちゃにするつもりでしろ!」


 腕が痛い。引きちぎれそうだ。握力だって、もう持たないかもしれない。

 それでも、この手を放す気はない。


「……っ!」


『死ぬぞ』


 頭にあの声が響く。

 それと同時に、俺が足を滑らせて身体が柵を超える。


 ああ……死ぬんだ。

 そう思うと同時に、胸の奥から強い思いが沸き上がる。


 嫌だ! まだ生きたい!!


「ぐぬぬ! 死んで……っ! たまるかぁあああ!!」


 腕を伸ばし、片腕で柵を掴む。

 

 これまでだって、二回俺は死ぬという運命を乗り越えてきたんだ。なら、ここでだって生きてみせる!


 しかし、俺の身体は正直である。


「あ……」


 手汗によって、手を滑らし、俺と美少女は二人で地面に向かって落ちていく。


「キャアアアアア!」


「くっそ!」


 こういう時、アニメでよく少女の身体を抱きしめたりするがそんなことする余裕ない。

 てか怖い怖い怖い。彼女欲しかった。幸せな家庭築きたかった。エッチしたかった!!


 走馬灯が頭の中に流れ込みながらも、少女の手をギュッと強く握りしめる。


 ちくしょう! 死ぬときは一緒だからな!!


 そして、俺の身体に強い衝撃が走り、俺は気を失った。

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