第3話 ほんの少し変わる関係
先週は酷い目にあった。
だが、明星さんからの証言のおかげもあり俺は無実となった。寧ろ、明星さんを助けたことで明星さんの事務所の人からは非常に感謝された。
ちなみに、驚くべきことに放課後に明星さんが校門前で待っていて、俺にお礼を言うというビッグイベントがあったりした。
『やっぱり、図書委員で同じだった神崎君だよね! この間はごめんね。それと、ありがとう! ライブも来てくれてたの?』
『え……あ、はい!』
『うわー! 嬉しいな! また来てね!』
『は、はい!!』
大好きなアイドルを前にして、殆ど「はい」しか喋れない自分が情けなかった。
ちなみに、この後明星さんと仲良くなって、頻繁に連絡を取り合ったり、デートに行ったりする――ということは無かった。
当たり前だ。彼女はこれからが重要な目下売り出し中のアイドル。俺みたいな一般人とつるんで変な噂がたってはいけない。
さて、そんな感じで美少女を二人救うという偉業を成し遂げたにも関わらず、俺の人生に大した変化は訪れず、学校はテスト期間に突入した。
テスト期間は勉強をするために部活が休みになる。
ちなみに、俺は文芸部に所属している。週に一度集まって本を読んで帰るだけの部活だ。
月に一度だけオススメの本を紹介し合い、どちらの本が読んでみたくなるかを競うビブリオバトルが開催されること以外は簡単な部活だ。
ちなみに、俺の今シーズンのビブリオバトルの成績は二勝一敗。現在、文芸部ランキング二位につけている。
話がそれた。
とにかく、部活が無く、テスト勉強をせねばならないため、俺は今図書室に来ている。
図書室には普段よりも随分と多く人がいた。
やはりテスト勉強のために図書室を利用する人が多いのだろう。
周りの様子をチラリと確かめてから、丁度良く空いている席に座り、勉強道具を開く。
とりあえずは現代文からするか。
授業中に何度か変なことをしているため、テストでは良い点をとって名誉挽回といきたいところだ。
「神崎君。ここ空いてるかしら?」
勉強を始めてから数分後、不意に凛とした声が耳に響いた。
声がした方に顔を向けると、そこには学年トップクラスの美少女であり、俺がバナナの皮で転ばせた氷川さんの姿があった。
「あ、はい。空いてます」
俺の返事を聞いた氷川さんは、俺の横にあった椅子に腰かけた。
そして、平然とした顔で勉強道具を取り出して勉強を始めた。
「……どうかしたのかしら?」
暫くぼーっと氷川さんの方を見ていたら、そう問いかけられた。
「あ、いや……何でもないです」
「そう」
そこから互いに無言でそれぞれの勉強を始めた。
だが、俺の胸の中は穏やかではない。
……え? 何でわざわざ俺の隣に来たの? 他にも席空いてたよな?
それを聞こうかとも思ったが、残念ながら俺にそんな度胸は無かった。とにかく黙って勉強を続けるのであった。
「……はあ」
暫く黙々と勉強をしていたのだが、数学の課題を始めたところで苦手な内容に入ってしまい、分からないところが増えてきた。
そのことに憂鬱な気分となってしまい思わずため息が漏れ出る。
「……どうかしたのかしら?」
すると、そのため息が聞こえたのか氷川さんに声をかけられた。
「いや、少し数学で躓いちゃったんですよ」
「ふーん……。良かったら、私が少し手伝うわよ」
氷川さんは、少し恥ずかしそうにしながらそう言った。
な、何だと……!?
学年上位の成績の氷川さんが直々に勉強を教えてくれるというのか?
これは……まさかモテ期!?
「あなたに助けてもらったお礼もまだちゃんとしてなかったから、そのついでよ」
あ、そう言うことか。
モテ期とか思ってしまった俺が恥ずかしい。
「そういうころなら、お言葉に甘えてもいいですか?」
「ええ。それと、同級生なんだから敬語じゃなくていいわよ」
「あ、分かった。じゃあ、よろしく頼む」
それから氷川さんに数学を教えてもらいながら一時間くらい勉強した。
「もうこんな時間ね。それじゃ、続きは明日ね」
夕日が図書室に差し込む中、氷川さんは荷物をまとめながらそう言った。
「え? 明日も教えてくれるのか?」
「当たり前でしょう? 命を助けてもらったんだから、せめて今回のテストが終わるまでは勉強を教えるわ」
氷川さんは微笑みながらそう言った。
可愛い。
いや、だが勘違いしてはいけない。これは、お礼。きっとテスト期間が終われば俺と氷川さんの関係は再びただのクラスメイトに戻ってしまうのだ。
「ありがとう」
そのことに少し寂しさを感じつつも、感謝の言葉を伝えた。
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