第2話 アイドルを助けよう

 俺が死ぬかもしれない日から一週間が経過した。

 平凡な男子高校生を自称する俺は、あの一件をきっかけに学年トップクラスの美少女、氷川さんと仲良くなる――なんてことは無かった。


『神崎君。あなたがどういう意図でバナナの皮を投げたかは分からないけど、人の足元にあんなもの投げるのは良くないわ』


『は、はい。すいませんでした』


 寧ろ、バナナの皮を投げたことをきっちりと翌日の学校で注意されてしまった。

 まあ、後から考えれば声を掛けるとか色々あったから怒られても仕方ない。


『……でも、助かったわ。ありがとう』


 それでも、氷川さんの可愛らしい笑顔が見えたのだ。

 寧ろ役得と思うべきなんだと思う。



 さて、そんな不思議なこともあったがあれ以来、もう俺に可笑しな声は聞こえてこない。

 これでまた俺は平凡な学生に戻ったわけである。だが、正直言ってそれでよかったと思う。自分が死ぬかもしれない目に遭うのはあれでこりごりだ。

 今週末には、俺が応援している『DーLOVE』という三人組のアイドルグループのライブがある。

 平凡な学生として平和な日常を楽しみたい――。


『死ぬぞ』


 ――最悪だ。

 さっきまで、週末のライブを想像して、ウキウキしながら現代文の授業を受けてたのに、一気にテンションが下がった。


「神崎? 大丈夫か? 顔色が急に悪くなったが……」


「ああ……大丈夫です。気にしないでください」


 手を軽く上げて、先生に大丈夫だと示す。

 それにしても、またもや死亡宣告か。今度はどうやって死ぬというのだろう?


『今週末の日曜日、お前はストーカーに刺されそうになっている美少女を助けようとして死ぬ』


 またかよ。

 平凡な高校生に過ぎない俺がどうしてこうも、物語の主人公のようなイベントに巻き込まれるのだろうか。


『今週末の日曜日、お前はストーカーに刺されそうになっている美少女を助けようとしたが間に合わず、美少女が殺害された後にストーカーに見つかり、そのままストーカーに殺される』


「一度でいいから助けさせてくれよ!」


 突如、大声を上げた俺に、クラス内の全ての人の視線が集まる。


 あ、やべ……また、やっちまった……。


「か、神崎? 本当に大丈夫か? この間も同じようなことがあったし、もしかして先生の授業嫌いか?」


「とんでもないです! 嫌いじゃありません! 寧ろ楽しみで仕方ありませんよ。俺のことなんて気にせずに続けてください」


「そ、そうか? ならいいんだが……」


 そう言うと、現代文を担当する荒川先生は授業の続きを始めた。


 ふー。危なかった。

 荒川先生は、普段は強気だけど今年が一年目の新任の先生だ。そんな先生の授業を嫌いだと言っていたら先生の精神が崩壊していたかもしない。


 それにしても、どうして俺の死因は微妙な死に方なんだろうか。

 そこまでいくなら美少女を助けて死にたい。

 ……やっぱ、死にたくないわ。



 それから、週末のライブの日まで声が聞こえることは無かった。


 そして、週末のライブの日。ストーカーに刺殺されないための準備を整えてから俺はライブに出かけた。

 そもそも家の外に出なければ、美少女の殺害現場に出くわすこともないのかもしれない。

 しかし、今回のライブは俺一人ではなく、友人と行くのだ。俺の我儘一つでそいつの楽しみを潰すのは非常に申し訳ない。


「神崎殿ー!! この度はチケットを譲っていただき、感謝感激でござるよ!」


 ライブ会場に着くや否や、友人の武田が走り寄って来る。


「久しぶり。まあ、折角二つ席が取れたからな。それに、数少ないD-LOVEを応援している同じ学校の仲間だからな」


「……うぅ。神崎殿と拙者はずっ友でござるよー!!」


 目に涙を浮かべながら武田が俺の手を握ってブンブンと振る。

 暫くして、武田が落ち着いたところで武田に声を掛ける。


「それじゃ、軽くグッズとか見て回るか」


「了解でござる! 今回も会場限定グッズがたくさんでござるからな! アルバイト代を今日は全て貢ぐでござるよ!」


 そんなこんなでグッズを見て回り、お金を消費してからライブ会場の席に移動した。


 さて、突然だがD-LOVEというアイドルグループについて簡単に説明しようと思う。

 彼女たちは五人組のアイドルグループである。

 先日、初めて地上波のテレビ番組に出演するなど次に来るアイドルグループの一つとして注目されている。

 そんなアイドルグループを俺が何故応援しているかと言うと、簡単に言えば中学時代の同級生がアイドルグループのセンターをしているからである。


 勘違いしてもらいたくないのだが、同級生と言っても特別仲が良かったわけではない。

 ただ、中学三年生の頃にたまたま図書委員で話す機会が多かっただけだ。

 そこで、彼女がアイドルグループに所属していることを偶然知った。

 当時から、その女の子――明星さんはとんでもなく可愛くて明るい女の子だった。図書委員で何度か話すうちに俺は明星さんに惚れて、告白。そして、フラれた。

 フラれてしまったものの、一度は彼女に惚れた俺だ。

 明星さんが所属しているアイドルグループを、明星さん目当てで追いかけている内に、普通にファンになってしまったというわけである。

 推しは明星さんではあるが、今では恋心も無く、純粋にアイドルの明星さんが好きなファンとして応援している。



 そんなことを考えている内に、ライブの始まりを示すBGMが会場に流れる。

 それと共に、俺はペンライトを持ち臨戦態勢を整えるのであった。


「アカリーン!! こっち向いてー!!」


 ライブ中、彼女たちが曲の間奏の間にステージ上を動く。

 その間、俺は必死に声を張り上げて明星さん――アカリンの名前が書かれたタオルを掲げていた。


 そして、自らの名前が書かれたタオルに気付いたのか、アカリンがこっちに指差し笑顔で手を振る。


 あ、すき……。


 そこから先のことはよく覚えていない。

 ただ、とてつもなく楽しいライブであったということは間違いないだろう。



***


「いやー楽しかったでござるな!」


 ライブが終わった後、興奮冷めやまぬまま俺と武田は二人で近くのファミレスに来ていた。


「特に、レンレンと目が合った時は心臓が止まるかと思ったでござるよ!」


「甘いね。俺なんか、アカリンに手を振ってもらったぜ」


「な、なんですと!? 羨ましすぎィ!!」


 それから俺と武田は、供にライブでの感動を共有し語り合った。


「そろそろ、帰るでござるか。もう、八時でござるし」


 そして、話し込んでいるうちに気付けば夜の八時になっていた。ライブが終わって、俺たちがファミレスに入ったのが夕方の五時頃だったからおよそ三時間話し込んでいたことになる。

 だが、三時間でも語りつくせぬほど今日のライブは充実したものだった。


「そうだな。またライブDVD出たら鑑賞会やろうぜ」


「賛成! 是非やろうでござる! では、また~!」


「じゃあな」


 武田とは家が逆方向のため、そのままファミレスの前で別れた。



 今日のライブ楽しかったな~。


 と思いながら夜道を歩く。そういや、この辺って明星さんの家があるって聞いたことあったなぁ。

 なんてことを考えていると、俺が歩く少し先で車が止まった。


「本当にここまででいいの?」


「はい。少し歩きたい気分ですし、十分です」


 その車の中から出てきた人物は、何と明星さんだった。


 へ!?

 い、いやいや落ち着け。これは夢かもしれない。一度頬をつねってから……。


「そうか。なら、気を付けて帰ってね」


「分かりました! マネージャーさんもお気を付けて!」


 やっぱり明星さんだった。


 ひょええええ!!

 生! 生アイドル! 中三の頃に見ているとはいえ、やはり可愛い。

 サイドテールの明るめの茶髪に、見る人に元気を与える可愛らしい笑顔。


 やっべ! 近づきすぎたらストーカー扱いされるかも……。

 ん? ストーカー……? 何か大事なことを忘れているような……。


『死ぬぞ』


 その時、俺の脳内にあの声が響き、俺は全てを思いだした。

 そ、そうだった! 今日、俺はストーカーにナイフで刺される美少女を助けようとするも、間に合わず、殺害現場を目撃してしまい、そのまま、そのストーカーに刺殺されてしまうんだった!


 ……ということは、だ。

 ストーカーに殺される美少女とは、つまり明星さんのこと!

 じゃあ、近くにストーカーがいるはず……。


 そう思い、辺りをキョロキョロと見回すが、怪しい人物は見当たらない。


『あと、五分後にお前は死ぬ』


 五分後に俺が死ぬなら、明星さんは確実にその前に死ぬ。誰が明星さんを殺すか分からない以上、俺はとにかく明星さんを守るしかない!

 と、とにかく時間がない!


 そう思った俺は、素早く行動を開始する。

 明星さんの背後に急いで忍び寄りぴったりとマーク。

 そして、常に辺りをキョロキョロと見回し不審な人物がいないか警戒する。


 明星さんが止まれば、俺も止まり。

 明星さんが歩き出せば俺も歩き出す。


 明星さんがたまにこちらをチラリと見れば、ニコリと笑顔を返す。


「……すいません。警察ですか? 今、怪しい人物に追いかけられていて……」


 明星さんは突然、スマートフォンを取り出すとそう呟いた。


 な、何!?

 怪しい人物だと!? きっと、ストーカーに違いない!

 明星さんが気付いているということは、確実に近くにいるということだ!


 より一層警戒心を強めて、辺りを見回す。

 そんな俺を明星さんは気味悪がるように見つめていた。


 ……あれ? これ、もしかして俺が疑われてる?


「ち、違いますよ! 俺はストーカーじゃありません!」


「ひっ……」


 誤解を解こうと明星さんに近づくと、明星さんは俺に背を向けて走り出した。


 やばい……。ここで明星さんを一人にするわけにはいかない。


「待ってえええ!!」


「い、いやあああ!!」


 悲鳴を上げる明星さんを必死に追いかける俺。

 うん。どう見ても俺がストーカーだね。


 それでも追いかけるのをやめるわけにはいかない。

 そう思って追いかけていると、突然明星さんの前に怪しげな男が現れた。そして、その男の手にはナイフがあった。


「ひ、ひひ……。ア、アカリン……可愛いね……ボクと、ボクと一緒になろおおおお!!」


 奇声を上げながら明星さんに襲い掛かる男。

 ナイフを見た恐怖のせいか、明星さんは腰を抜かしていた。


「させるかあああ!!」


 そんな明星さんを守るために、俺は男が突き出したナイフを腹で受けた。


「ひ……!?」


「いやああああ!!」


 明星さんが悲鳴を上げる。

 それと同時に、パトカーのサイレンが響き始める。どうやら明星さんが通報していた警察が駆けつけたらしい。


「……っ! くそっ!」


 ナイフを持った男は悔しそうな表情を浮かべて、その場を後にした。


「ふぅ。危なかったぜ」


 そして、俺は安堵のため息をついた。


「あ……え? な、なんで? お腹刺されたんじゃ……?」


「ああ。これのおかげで助かったんだよね」


 そう言って、俺は服の下から一枚まな板を出した。


「ま、まな板!?」


「そ、まな板。いやー、にしても本当に防げるか不安だったから二枚重ねてたけど、一枚でも大丈夫だったぽいね。良かった良かった」


 未だに地面に座り込んだままポカンとした表情を浮かべる明星さん。


 このまな板こそが俺の秘策だ。ライブ会場には、スタンガンなどの武器は当然持ち込めない。

 そう考えた俺はまな板をお腹に仕込むことにした。まな板ならば、金属探知機も反応しないし、見つかっても言い訳が出来ると考えたからだ。

 結果は大成功と言えるだろう。


 さて、とりあえず明星さんをまず立たせてあげないとな。

 そう思い、明星さんに手を伸ばした時……。


「動くな!」


「……え?」


 俺は警察に取り囲まれた。

 

「女性から怪しい人物にストーカーされているという通報、並びに近隣住民からも女性の悲鳴が聞こえたという通報を受けた。話を聞かせてもらうぞ」


「え? え?」


 その後、明星さんの証言などもあり捕まることは無かったが、ナイフを持った男の目撃情報や、何故明星さんを追いかけていたかを警察署でじっくりと話すことになってしまった。


 ……とほほ。



***


「今日助けてくれたのって……。やっぱり、神崎君だよね……。失礼なことしちゃったし、今度お礼言わなきゃな」


 どこかの家で、中学時代の卒業アルバムを眺めながらそう呟く少女がいたとか……。

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