第38話 酒場と騎士と 

 九月も終わりを迎えた頃。

 村長リヨンはが家の扉を叩く音で目が覚めた。

「何!」


 素早くベットから飛び起きて剣を手に取る。

 彼が片手にさやをにぎって扉を開けると、   そこには見知った顔が一人いた。

「ターナーじゃないか!」

「村長。時間をください」


 さっそく、リヨンはターナー副村長から報告を受けた。

「村長。先ほど、ベルン村からオルラン公の軍が来ると急報がありました。伝書鳩が知らせてくれたのです」

「外で待ってて。村人を集めて歓迎してやるから」


 ターナー副村長が去ると、リヨンは自宅の扉をバタンと閉めた。

 青いチュニックを脱ぎ捨て、戦闘用の服に着替えるためだ。

 青いギャンベソンの上にミスル銀のチェーンメイルを着て、腰にロングソードとナイフを装備する。

 足に革靴をいて家を出る。

「セレナ! 自分は出かけてくる」


 リヨンは見張り台の警鐘を激しく鳴らした。 

 村中にカーンカーンと鐘の音が鳴り響く。

 ぞろぞろと家から出でくる村人たち。

 

 ターナー夫妻とカインとアベル、羊飼いのジョン、大工のカーペンターと息子ドミニコ。

 ご老人フィリポ、冒険者ブレイ、酒屋のエリック、タフトとシャーレーとフェロー、二人の農民が集まった。 

「27人の村人にぐ。残虐非道ざんぎゃくひどうなオルラン公の軍隊が村に向かっている。子どもと女は外に出さないように」

「わかった」

「誰でもいい。パン屋のミラーと鍛冶屋のシュミットにも知らせてくれ」


 一人の農民が川に向かって走っていった。

 川沿いには鍛冶屋と公設浴場がある。

 彼が異変を知らせてくれるだろう。


 リヨンは悩みに悩んだ。

 騎士を村に入れない選択肢もある。

 彼らを受け入れれば、争いが巻き起こるかもしれない。


 赤いグリフォンの旗が風になびいていた。

 騎士が二十人ばかり、村に向かって歩いている。

「確かにオルラン公の軍隊だ。ブレイ、口笛を鳴らして」


 銀色のチェーンメイルを着た集団が村の門に来た。

 門を叩き、村に入りたいと願っている。

「我々はシャルル王国オルラン公配下の騎士である。門を開けよ!」


 ブレイが口笛を鳴らすと、村中が騒がしくなった。

 村人は家の戸を閉め、入口にかんぬきをかけ、外開きのよろい戸を閉める。

「ターナーはパン屋からパンを買ってきてくれ」 

「村長! 任されました」




 リヨンは門を静かに開け、オルラン公の騎士と対峙した。

 馬上にいる騎士の口が開くより前に、リヨンは口をすべらせた。

 話の主導権を握りたかったからだ。

「騎士さまが田舎の村に何の用事で?」

「私の名はアルトリウス。20人の仲間と旧魔王領に向かう途中だ。村に泊まる場所はあるか?」

「はい。6人部屋の宿が1つありますが」


 アルトリウスと名乗る黒髪の騎士は集団のリーダーのようだ。

「村で水と食料の補給がしたいが。できるか?」

「水はともかく、食料はパン屋で買えますよ」


 リヨンは二十人の騎士を村に迎え入れた。 

 チェーンメイル姿の騎士は真っ先に井戸に向かった。

 革袋の水筒を満たすために井戸に群がる男たち。

「リーダー。追っ手の動きが鈍りました」

「よし。今日は村で休もう」


 リヨンは騎士の応対をブレイに任せ、家に戻って服を着替えることにした。

 チェーンメイルを脱ぎ、キャンベゾンを畳み、チュニックに着替える。

「任せたかな。ブレイ」

「待ってない、村長。言われた通り騎士は宿に案内したが」

「ご苦労さま」




 リヨンが宿の大広間に入ると、騎士がチェーンメイルや装備を脱いでいた。

「皆さま。村長の私が今から酒場にご案内します」


 平屋の酒場にいつもは村人がつどっている。

 今日は酒場に人の姿はなく、リヨンはそこに騎士を招き入れた。

 二十人ばかりの騎士が椅子に座る。

「手伝うよ。エリック」

「すみません」


 エリックは数カ月前に王都から村に移住してきた一人だ。

 金髪で碧眼の、いわゆる白人にありがちな見た目をしている。

 農業には向いてないから酒場の店主になった。

「エリックくん。すまんがエールをくれ」

「はーい」


 エリックは細長い机に木製ジョッキを置いた。

 細長いベンチに四人が腰掛け、エールを待ち望んでいる。

「エール1杯は小銀貨です」

「騎士は金に糸目はつけん。料理をもってこい、料理を」

「はい。今すぐ」


 エリックは大皿に盛り合わせた料理を机に置いた。

 レンズ豆とソーセージの煮込みだ。

「角ウサギの串焼きもありますよ」

「持ってこいよ。あんちゃん」と兵士がかす。


 リヨンも修道院から仕入れたエールを配り歩く。 

 木製ジョッキになみなみ注いでいる。

「エールはうれしいね。ありがとよ。村長さん」  

「どういたしまして。アルトリウスさん」


 エリックが一人一人に串焼きを配っている頃、 リヨンは裏口でターナーから黒パンを受け取っていた。

「買い占めてきましたよ。朝焼いたと聞いています」

「助かったよ。ターナー」

 

 リヨンはさっそく木皿にライ麦パンを盛り付けて配った。

「兄ちゃん。白パンはないのかい?」

「今日は焼いてないんで」


 ギャンベゾン姿の騎士にそっけなく答えるリヨン。

 金髪の騎士はエールをぐいっと一気飲みした。

「街の酒場より品数がすくねぇな」

「騎士様が突然来られたもので準備も間に合わず」


 不揃いのウサギ肉をかじりなから騎士が愚痴をこぼす。

 リヨンは空いたジョッキを片付けながら、茶色い革製のジョッキを差し出した。

「まぁ、エールでも1杯」


 騎士はエールを飲み、肉を食らい、大いに楽しんだ。

 時間が経ち、机に伏せるものもいる。

 酔いつぶれたものは多い。


 アルトリウスはリヨンに銀貨を50枚渡した。

 彼は五人の配下を連れて村で一つしかない宿に戻った。

 残る十五人は居酒屋で朝を待つ算段だ。


 明け方、オルラン公配下の兵士はひっそりと荷物をまとめていた。

 アルトリウスは部下に命令し、村を出発する決断をした。

 宿の番をしていたリヨンを訪ね、別れのあいさつをする。

「村長。世話になった。お元気で」



 その後の彼らの行方は誰も知らない。


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