第35話 朝風呂 そして小麦を収穫する

 星暦1346年7月

 今日は日替わりで男が蒸し風呂に入る日だ。  

 老人 フィリポの朝は早い。早朝から公設浴場に並んで一番乗り。

 老人は大工のカーペンターを手で制止して最前列をゆずらない。

「俺は2番手か」

「わしが先だぞ。カーペンター」


 三番手のリヨンは後ろから二人の様子を眺めていた。

 どちらが先でもいいのにと彼は思った。 

 つまらない争いに介入したくはない。 

「フィリポさん落ち着いて」

「若造は黙っちょれ!」


 二人がいがみ合うのを見かねた風呂屋の主人。

 扉を開けてフィリポとカーペンターを招き入れた。

 二人は大人しくなり、粛粛しゅくしゅくと風呂場に入った。


 公設浴場は7月初旬に完成したばかりだ。 

 近くには水車小屋や鍛冶屋がある。

 火事のリスクを避けるため、川のそばにある。

 建設費用は岩塩を売った費用でまかない、村の外から大工を呼び寄せた。


 公設浴場は木造の平屋建て。脱衣場から蒸し風呂まで黒い石畳で作られている。

 蒸し風呂には木のベンチがあり、そこに腰掛ける。



 リヨンは入り口をくぐり、扉をパタンと閉めた。

 脱衣場にいる風呂屋の主人に軽くあいさつし、入浴料としてリュート銀貨2枚を払う。

「風呂に来たよ」

「リヨンさま、いつもありがたい」

繁盛はんじょうしてよかったよ」


 彼は腰に巻いた茶色いベルトを外してから、膝まで丈がある青いチュニックを脱いだ。

 脱いだ服や革靴を乱雑に棚に置く。 

 

 リヨンは脱衣場から蒸し風呂に足を踏み入れる。 

 石畳の上にある小さい風呂桶を手に取り、体を洗い流して、彼はさっぱりした気分になった。


 風呂屋の主人が中央にある石造りの炉のふたを開けた。

 焼いた石に水をかけ、温度を調節する。

 リヨンの体に伝わる熱気がさらに熱くなる。

 

 しばらくして、ターナーがカインとアベルを連れて風呂に入ってきた。 

「これは村長さん」

「ターナーさん元気そうでなにより」


 二人は一言言葉をかわした。

 彼らと入れ替わりで蒸し風呂を出るリヨン。

 タオルで体をふいて、チュニックを頭からすっぽりとかぶり、靴下と靴をく。

 

 リヨンは帰るとき、ちらりと視線を蒸し風呂に向けた。

 フィリポはまだ風呂に入っている。

 ご老人は長風呂だなと、リヨンはあきれながら風呂をあとにした。


 リヨンが家に帰るとセレナは朝食を食べていた。 

 ミルクとライ麦パンだけの質素なものだ。

「リヨン。風呂はどうだった?」

繁盛はんじょうしてるよ」


 四角い机には丸い黒パンと陶器のコップが置いてあった。

 リヨンも固い黒パンをふかして食べる。

 ほんの数分で朝食を食べ終え、作業に入る。



          ☆



 二十七人の村人は今日も思い思いの仕事をやっていた。

 リヨンは何をしているかというと、小麦の収穫を端から行っている。


 リヨンの視界に銀髪のダークエルフが見えた。

 タフトとシャーレは小麦の収穫を手伝っている。 

 長髪で細身のタフトと少し背が低いシャーレが鎌を持って、小麦を切り取っていた。

「タフト。フェローはどこにいるの?」

「家で子供の世話をしているよ」


 タフトが笑顔をにじませながらリヨンに言った。 

 三人はあの細長い長屋で共同生活している。

 三人の赤ちゃんも変わりはないそうだ。


 タフトはシャーレを気づかって「タフト。少し休も」と肩を叩いた。


 リヨンは円月型の刃で小麦を刈り取る。

 鎌を器用に動かして刈り取り、畑に積み上げる。

 鎌の切れ味が鈍ってきたので砥石で研ぐ。


 円錐状に積み上げた小麦は二週間ほど乾燥させる。

 それから唐棹で脱穀だっこくし、選別する予定だ。

 円錐状に積み上げた小麦は三つの固まりになった。

 半日かけて、小麦畑の収穫を終わった。


 リヨンは二人のダークエルフにデニエ銀貨二枚を握らせた。

 小麦の収穫作業を手伝ってくれたお礼だ。

「8月になったら干し草を作ろう。銀貨をはずむから」

「やったー」と二人は喜んだ。



 三人は石畳を敷いた村の大通りを通る。

 五軒続く家の反対側に建設中の宿屋がある。

 シャーレはわら葺きで白壁の家が気になったそう。

「一番右がターナー副村長の家だよ」

「へぇ~」



 ダークエルフの家がある丘の下についた。

 細長い家が見える。

 家から子供をきかかえたフェローが出てきた。

「村長さん。タフトがセレナさん呼びに行ってるから」


 リヨンはフェローのまねきで長屋に入る。 

 土間に囲炉裏いろりがあり、左に机がある。

 隣にも部屋があるようだ。

「椅子に座って。疲れたでしょう。ミードを持ってくるから」


 シャレーはそう言って、陶器の瓶と木のコップを置いた。

 甘いミードが疲れた体に染みる。

「うまい」

「でしょう」


 リヨンはイスに腰掛けて料理を待っていた。

 彼は今か今かと待ち切れない様子で、フェローが串焼きを持ってきたのを見た。

「森で狩ったボア肉だよ」

「いただきます」 


 ドアが勢いよく開いて、セレナが入ってきた。

 手には丸いチーズを持っている。

 セレナは「これお土産」と言ってチーズを手渡した。

「肉が焼けるいいニオイ」

「座って。セレナのために白パンを用意したの」 



 セレナはリヨンの隣に座って、串焼きに手を伸ばす。

 丸い小麦パンが一つ机に並んだ。

「久しぶりの白パン。そなたよ、食べていいの?」

「もちろん」


 フェローがそう言うと、セレナは小麦パンにかじりついた。

 セレナを横目にリヨンはニ本目の串焼きに手を出す。 

「それはわたしのじゃ!」

「わかったよ」


 リヨンは片手を上げて、フェローを呼び出す。

「串焼き2人前欲しいなぁ」

「持ってきます」


 フェローはすぐに串焼きを焼いて仕上げてきた。

 合計四本のボア肉の串焼きが皿に載っている。

「お待たせ」

「ありがとう」


 セレナとリヨンは楽しいひとときを過ごし、ダークエルフの家を後にした。



 

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