第33話 村で平和に暮らして行きたい

 四月になった。ターナー家の玉ねぎが収穫期を迎えている。ターナーに聞いたところ、晩秋に植えた新玉ねぎらしい。

「新玉ねぎは保存が効かない。早く食べないといけませんね」と彼は言う。


 リヨンが土を掘ると玉ねぎが出てきた。サイズは小さいが、ターナーはもう食べられる頃だと言っている。

「昨日 ごちそうになったスープに玉ねぎが入っていました」

「リヨン殿、あれはうちで採れた玉ねぎですよ」

「おいしい玉ねぎでした」


 そう言うと、リヨンは手際よく玉ねぎを収穫していった。玉ねぎは小さいから取りやすい。玉ねぎを積み上げる姿を見て、ターナーの子どもたちも手伝うと言い出した。

「おらにも何か手伝わせてくれ!」

「じゃあ、そっちを取ってくれるか?」

「おう! 任せろ!」


 カインとアベルは元気な声で「はいっ」と返事をして、玉ねぎが生えた畑にった。そしてカイルは葉の付け根を持ちながら、勢いよく玉ねぎを引っ張った。

「よいしょっと……おっ!? 」


 突然、カイルが後ろに倒れこむ。どうやら、足元にあった石に引っかかったようだ。リヨンは急いでカイルの体を起こしたが外傷はない。

「おらは痛くない」


 ターナーは二人の息子に「家に帰れ」と言った。カインとアベルはしぶしぶ帰ってゆく。

 その場の雰囲気が気まずくなる。リヨンは昼食の準備を理由に帰ることにした。

「そろそろ帰ります」

「今日は助かりましたよ リヨン。玉ねぎ持って帰って」



 リヨンは家の入り口をくぐった。「帰ったぞ」と言っても返事はない。セレナは息子のパウロをあやしていた。セレナ顔をあげて「お帰り」とだけ言った。

「昼飯はある? 」

「机に置いておる」


 リヨンは無造作に置かれた黒パンに手を伸ばした。固いパンを歯で噛みちぎりながら冷めたミルクをのどに流す。


 食事を終えると副村長のターナーから「避難民が村に来た」と報告があった。

「すぐに行くよ。待ってたんだ」


     ☆


 畑のあぜ道でくわを構えたご老人が手を上げた。   リヨンは会釈して通りすぎる。

「村に避難した人が来てるのぉ? 」

「ええ。ターナーから聞きました。今から酒屋に向かいますよ」


 リヨンはご老人にそう言って足早に去った。

 酒屋はガヤガヤとにぎやかだ。ターナーは営業前の酒屋に八人を集めたようだ。


 リヨンは副村長のターナーと司祭のレジアスに目を配った。

 リヨンは避難民の前に立って、話を始めた。

「私が村長のリヨンです。私に来たからにはもう大丈夫。今日は酒屋で話をしましょう」

「村長、土地がもらえると聞いて来たんだが」

「開墾した土地は自分の畑になるよ。木を切って町で売ってもいい」


 人々のすすけた服がみすぼらしい。きっと王都の戦争に巻き込まれたたみにちがいない。

 辺境伯が割り当てた避難民はわずか七人。

「詳しい話はターナーに聞いてくれ。さっそくだがこの中に職人はいるか? 職人は手を上げてくれ」

「私は鍛冶職人のスミス・シュミット」


 ひげ面の男が手をあげた。彼は妻子と一人の弟子がいると説明した。

「私の名はスミス・シュミット。妻のスミス・デンバー、弟子のホルヒだ」


 短い金髪で碧眼あおいめの女性が顔をあげた。

「女性の鍛冶職人は珍しい」とリヨンはつぶやく。

「よく言われますな」と渋い声でシュミットが言った。


 細身の男が「パン屋のミラーです」とぼそぼそとした声で話す。

「一人だけでこられましたか。家族はいらっしゃいますか? 」と司祭がたずねた。

「はい。一人で」とだけパン屋は答えた。


 職人は四人だけ、後は市民が占めている。リヨンは四人の市民に畑仕事をやってもらおうと考えた。

 まず、領主の畑を耕して、次に種まきと収穫をやらせてみせる。それで農作業の実力をみたい。

「あんたは俺たちを自由民から小作人にする気かな? 」


 市民の一人が文句を言った。

「その気はない。しばらくの間、君たちには木こりになってもらう」

「はぁ? 」

「森を切って畑にするためにね。小麦を植えたいんだよ」


 リヨンは話を終えた。人々は酒屋から出ていく。パン屋の案内はターナーに任せてしまおう。リヨンは鍛冶屋のシュミットを呼び止めて、領主が直々に案内すると説明した。


 リヨンは石造りの鍛冶屋敷に一家を連れてきた。石造りの壁は堅牢そのもの、板張りの屋根は修理すれば使える状態だ。

「村長、ここは周りに民家がないな。ここなら音を気にしなくていい」

「対岸の橋も昔に崩れ落ちてますし。誰も入ってこれない場所で鍛冶作業ができますよ」

「今日は屋根を直すよ。明日から作業再開だ」


 スミス・デンバーが「火を入れる前にほこりを落とす」と言う。弟子のホルヒは「任せて」とにっこり笑った。まるで天使のような笑顔で。

「簡単な魔法を使えない人間は珍しいよ」

「そうなのか…… 」とリヨンはがっくりと肩を落とした。


 夜、酒屋で行われた宴会は大成功に終わった。

 十九人の村人全員が集まるのは珍しい。

 それに今日は村人が八人も増えた。


 ターナー夫妻とカインとアベル、羊飼いのジョン、大工のカーペンターとドミニコ、ご老人 フィリポ、冒険者ブレイ、リヨン夫妻とパウロ、タフトとシャーレーとフェローの子どもが三人。合計で十九人いる。


 宴会には各自で食材を持ち込んだ。ターナーは玉ねぎスープとアヒル肉のシチュー。リヨンはチーズをひとつ。ジョンは羊肉、羊飼いにふさわしい食材だ。



 ダークエルフ娘が近況を話し出した。三人娘は最近弓を作ったそうだ。昼間は領主の畑を耕し、夜は機織りで生活をまかなっている。


 噂によれば、村に住んでいたダークエルフたちは傭兵団を組織して鉱山や娼館を襲撃しているらしい。今ごろ、オルラン公の領地はてんやわんやだろう。


 村人 みんなが話をする。ぶどう酒の樽が次々に開けられ、紫色の液体が杯に注ぎ込まれた。話の面白さと酒の量は比例すると思う。


 冒険者ブレイが過去の武勇伝を話す。老人 フィリポが笑う。カーペンターが建物の自慢をする。酔ったターナーがリヨンをおちょくる。話はめちゃくちゃになった。

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