第2話 勇者はふるさとに帰る


 王都から村まで馬車を走らせて、二日かかりました。

 二日目の夕方、リヨンはようやくフォレ・ノワール村に到着します。幼い頃を過ごした故郷は廃墟と化していましたが。


 記憶の中のフォレ・ノワール村は、道沿いに家々が建ち並び、色鮮やかな小麦畑に囲まれていました。

 それが今では家もなくなり、草が生い茂る荒れ地になっています。


 村に着いたとき、リヨンはほっとしました。なぜなら、貴族や王族が彼を追って来ていなかったからです。

 リヨンは毒殺や暗殺を恐れていましたが、それは杞憂に終わりました。シャルル王国は勇者を脅威とは見ていなかったのです。



 

 今日はこのテントを拠点としましょう。

リオンは三角形のテントを張りました。風で飛ばされないように釘で固定します。毛布はコーディングされ、雨に耐えられるように防水加工が施されています。

「食事の用意ができたよ」

「今行くよ、セレナ」


 二人はテントの中で食事をしました。オイルランプがテントの中を明るく照らします。セレナは丸い黒パンにチーズを乗せました。革の水差しに入ったワインも格別においしく感じますね。


 王国を救った勇者の食事としては決して豪華なものではありません。二人は平和な生活に満足していました。

 なぜなら、二人とも平和な日々を望んでいたからです。


 リオンはセレナの顔をマジマジと見つめました。

「セレナ。二人で村を復活させよう。そのために大工と農民をまねかないとな」

「村人には鍛冶屋かじやと教会も必要ね」

「旅人が泊まれるように酒屋を作りたいな。2階に宿があればいい」

「お酒が飲みたいだけでしょう」

「セレナは何でもお見通しだ。笑っちゃうよ」


 空が暗くなってきたので、二人は農家の前に繋いでおいたアウィスにエサをやりました。


 アウィスは黄色い羽をバタバタと動かしながら、好物の豆に飛びついています。可愛らしい姿に二人はニッコリしました。

「先にテントに入るから」

「おやすみなさい」



 村に帰ってきた季節は暑い八月でした。

今日のリヨンの服装は、半ズボンに白いリネンのシャツ。頭には麦わら帽子をかぶり、足には茶色の革のブーツを履いています。

「森に行ってくる」

「行ってらっしゃい」


 村の再建は今日から始まります。ただし、村人は二人しかいませんが。

 散歩から帰ると朝食の準備が整っていました。

今日からは組み立て式のテーブルが食卓となりますから。リヨンは硬い木のベンチに座って、白パンとぶどう酒というシンプルな食事を眺めました。

「白いパンはおいしいよ。これが最後だね」

「そうだね。よく焼けてる」


 二人は蜂蜜入りのワインで乾杯し、本音を言い合いました。ここなら、誰にも聞かれません。

「王様が毒を盛らなくてよかった。晩餐会は肝を冷やした」

「そなたが魔王領の統治を命じられくてよかった。平和な日々は送れなかっただろうから」

「セレナ やっぱり私たちは魔王を倒した獣なんだ。私たちは平和な時代には必要とされない」

「人は獣を警戒する。用心しなければならないな」

「わかっている、わかっているよ。セレナ」


 二人は市場で買ったものを床に並べまさひ。陶器のマグカップ、木製のピッチフォーク、六枚の毛布、レンズ豆、ひよこ豆、塩、ニンニク、その他の調味料がありますね。

「二人で畑を耕していこう」

「二人で畑を耕そう。今は荒れ地でしかないけれど、僕らがそれを変えていく」



 五年間、一度も草が刈られていなかった畑は荒れ放題です。さっそく、リヨンは死神が持っているような大きな鎌で草を刈りました。曲がった鉄の刃でやわらかい草をなぎ払い、小さな鎌で草の根元を切っていきます。


 一方、セレナは古代魔法を使いました。効率的ですね。赤い炎と黒い煙を上げながら草が燃えています。大胆な野焼きが出来ますよ。これは。

「大胆すぎるよ。それは」

「そう。高火力で効率がいいと思うけど」


 疲れてきたので、二人は早めの昼食を取りました。

イスに腰掛けたリヨンはタオルで汗をぬぐいます。セレナは魔法で冷たくしたエールを手渡します。

「ああ、気持ちいい喉越しだ」



 セレナが魔法で木炭に火をつけました。

彼女は水に浸したレンズ豆を鍋に入れ、塩とニンニクを加えます。脚付きの鍋の中では豆がグツグツと煮えていますね。時間が立てば茶色いドロッとしたスープが出来上がるでしょう。


 リヨンはライ麦パンをナイフで切り、その上にヤギの固いチーズをのせます。

 セレナは固くて苦い黒パンが嫌いでした。値段が張る小麦パンばかりを食べたがります。困ったことにエルフは味にうるさいので。食事代が高くなって仕方がありません。

「黒パンの苦味がいい」

「白パンは味がいい。柔らかくて食べやすいから」

「ぜいたく言うな。セレナ」

「リヨンのケチ。ちょっとぜいたくしたってバチは当たりゃせん」


 リヨンは質素しっそな昼食を終えて畑に向かいました。

 焼け残った草や灰を土と混ぜ合わせて肥料にします。いわゆる草木灰と呼ばれるものです。

クワを使って畑の外側を掘り下げ、内側に土を運ぶ。この作業を何回も繰り返して、ようやくうねが完成しました。畑に冬用のライ麦やカブの種をまいて仕事を終わらせます。


 日が沈んで夜になりました。二人は白パンとぶどう酒だけの簡素な食事を済ませます。疲れきった体を休めようと左の寝室にワラのベッドを作ります。


 床にワラを積み、白い布をかければ簡易的かんいてきなベットの完成です。

「リヨンは早起きだから。起こしてくれ」

「わかったよ。明日は町に行こう」

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