勇者が村長になりました ~リヨンの辺境開拓記~

阿野ミナト

第1話  魔王が死んだ

 星暦1345年

 勇者一行が王都に戻ったとき、ちょうど季節は夏を過ぎていた。

 戦士リヨンは、シャルル王国の宮殿に荷馬車を進めていた。国王に魔王を倒した報告をするためだ。

「王都に戻ってきたね。セレナ」

「金貨がたんまりもらえそうね」

「魔王を倒した報酬しか頭にないのかよ」



 荷馬車には銀髪の戦士リヨン、金髪の魔法使いセレナ、黒髪の僧侶レジアス、ドワーフの戦士アトレーが座っていた。


 リヨンは三人の仲間に「これからどうするの?」と尋ねた。

 魔王を倒してもまだまだ人生は続く。

 彼は四人全員がそろうのはこれが最後になるだろうと考えていた。


 セレナが重い口を開くと、仲間も続いた。

「私はリヨンについていく」 

「ワシはドワーフが住む故郷に戻る。王都からはちっと遠いが」

「私は司祭として再び神に仕えます」


 セレナ以外は自分の道を行くことになった。

 アトレーは妻子が待つ故郷に帰る。

 僧侶のレジアスは本職の司祭に戻る。

「今日で勇者パーティーは終わりだな。俺も故郷に帰るよ」


 門番の兵士が槍を構え、行く手を防ぐ。

 全身を金属甲冑で固めた兵士が槍で地面を鳴らした。

「きさまら! 名を名乗れ」

「おれたちは魔王を倒したパーティーだ。名はリヨン・セレナ・アトレー・レジアス。」

「事実か?」

「証拠ならある。この魔剣をみろ!」


 リヨンはそう言って黒い魔剣を見せた。

 両刃で細長いロングソードだ。

「魔王が倒された話は他の冒険者から聞いている。証拠があるなら通れ」


 ギシギシと音を立てながら門の両扉が開く。

 彼らはそこから歩いて宮殿に行く。

「報酬は金がいいなぁ。耳長よ」

「金は大事にしないとね。アトレー」



 謁見の間で四人は国王と対面した。

 あごひげを生やした国王は一段高い玉座に座って、よく通る声で話を始めた。

「よくぞ魔王を倒した。褒美ほうびをやろう。勇者パーティーに金貨二百枚を」


 国王からはパーティーに金貨二百枚が渡された。

 一人当たり五十枚になる。

 信じられないほどの大金だ。

 王国の兵士に魔剣を渡して、リヨンたちは城を去った。


 その日の夜、リヨンは王都の広場に仲間を集めた。

 リヨンは金貨が詰まった革袋を掲げた。

「今夜は居酒屋を貸し切って飲もう」とリヨン。

「私は賛成っ。みんなは?」

「私もセレナに賛成ですよ。酒は好きですから」

「金貨はたんまりあるからな。レジアス」


 僧侶のレジアスも一番に賛成した。

「僧侶にしては飲み過ぎだよ。第一さぁ、僧侶が酒に飲まれてどうする?」

「おっしゃる通りです。リヨン」



 リヨンは近くにあった居酒屋を金貨二枚で貸し切りにした。

 三階建ての一階にあるこじんまりした酒屋だ。

「さっそくだけどシャルル金貨で店を借りたい」

「はい。今から貸し切りですよ」


 さっそく、店員に酒を持ってくるよう要求する。

「この店で一番高いぶどう酒をくれ」

「すぐに持ってくるわ」


 リヨンはぶどう酒を飲みながら、自身の半生を思い出していた。

 十二歳まで過ごしていたフォレ・ノワール村を。

 村がゴブリンの集団に襲われ、両親とも離れ離れになったあの悲劇を。


 十二歳から父の魔剣を片手に冒険者になった。

 酒屋ではハーフエルフに出会い、冒険者としての基礎を叩き込まれた。 

 三年をシュタルクで過ごし、王都攻防戦に参加した。

 仲間と出会ったのは王都攻防戦で即席のパーティを組んだときだ。


 早くも酔っ払ったセレナはリヨンの顔をのぞいた。

「どうしちゃったの? ぼーとして」

「なんでもないよ」


 セレナがリヨンの肘を引っぱり、かまってほしそうにしてる。

「リヨン。いつ村に帰るの?」

「あさってだよ。明日は買い物に行こう」

「ぶどう酒を一つ買いたいね。大きな白パンも欲しい」


 冒険中、リヨンはいつも頭を悩まされていた。お金のやりくりに。

 セレナはお金の価値を考えたことがあるのだろうかと、頭の中でぐるぐると考えが及ぶ。

「小麦のパンは高いよ」

「それぐらいは知っている。そなたがわからないのは金貨の使い方だ」

「それは非常に厳しい指摘だよ。セレナ」



 翌日の夕方、リヨンとセレナは仲間に別れを告げた。

 荷馬車には餞別せんべつとして贈られたワインの樽や、買い集めた大量の道具や家財道具が積まれている。


 レジアスはリヨンと別れの挨拶をした。僧侶は名残惜しそうな顔を隠しない。

「リヨン。たまには王都に遊びに来てください。時間を見つけて会いに行きます」

「レジアスがいなくなってさびしくなるよ。お元気で」

「レジアスとアトレー、買い物を手伝ってくれてありがとう」とセレナ。



 ムチを入れるとダチョウのような黄色い鳥が走り出す。二人は門番に別れを告げ、王都を後にした。

 仲間と過ごした五年間が、走馬灯のように二人の脳裏をかすめる。

「名残惜しいね」

「夏は出会いと別れの季節さ」


 誰にだって、仲間と離れたくない気持ちはある。でも、旅に別れは付きものだから。

「戻ってこられるのは何ヶ月後だろう」

「王都に戻ってきたら、レジアスに会いたいね」

「必ず会いに行く。必ず」

「もし、子どもが無事に生まれたらレジアスに名前をつけてもらよう」

「いい考えだよ。 賛成」

 


 

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