第3話 両替に行こう

 村作り二日目。

 荒れ果てた廃村に建築資材がある訳がない。

 二人は村作りのために町まで買いに行くことにした。

「屋根のわらも足りない。セレナどうしよう?」

「足りないものは買えばいいよ」


 二人の出で立ちは少し怪しい。

 リヨンは盗賊と戦えるように短剣をぶら下げ、エルフであるセレナは特徴的な耳を白いずきんで隠しているからだ。

「ハイヨー シルバー! 」とリヨン。


 荷馬車がゆっくりと石畳の道を走り出した。

 石畳の道が土へと変わる頃には、視界から森は消え、一面に畑がある風景が広がっていた。

「買い物が楽しみ。おいしいものはあるかな? 」

「銀貨は好きなだけ使っていいよ。節約しろってセコいことは言わないよ」


 周囲を壁に囲まれた港湾都市シュタルク。

 その実態は魔王の侵攻に備える最前線都市に過ぎない。

 街には大勢の兵士が歩いていた。

 噂では辺境伯には四百人ほどの私兵がいると言われている。


 二人の門番が開けた扉の向こうには栄えた町並みが広がっていた。

「わぁ。人が多い」

「始めて来た町だから。見るものすべてが新しい」




 リヨンから見れば、シュタルクは都会から離れた地方の町といった印象だ。

 市場では様々な野菜や果実が売られている。

 村で作った農作物を売れればお金になるだろうとリヨンは考えていた。

「両替に行こう」


 橋の上に必ず両替商がいる。これはセレナとリヨンが旅で学んだことだった。

 リヨンは橋に座った老人の両替商に声をかけ、ユリの花が刻まれたシャルル金貨を手渡す。

「シャルル金貨1枚をデニエ銀貨に両替したい」

「わかった」


 金貨一枚でグロス銀貨十八枚と交換できる。

 デニエ銀貨なら九十枚。日本円では十八万円程度になる。

「デニエ銀貨90枚でいかがでしょうか? 」

「それでいいよ」



 二人は橋を離れて、露店が立ち並ぶ広場に行った。どこからか良い匂いがして、セレナの腹がひとりでに鳴った。

「パンが食べたい。美味しそうな匂いがする」


 セレナはパン屋の露店に興味があった。蜂蜜がたっぷりかかったパンがお目当てだが。昼を過ぎた今からでもパンはあるのだろうか。

「そなたは銀貨を渡してくれぬようだが」

「パンはリュート銀貨2枚で充分だろ」


 市場の決まりでパンの価格は安く抑えられている。

 パンの価格は今の国王が定めたという。

 丸いライ麦パンは小銀貨一枚、小麦パンは小銀貨三枚といったように。


 

 二人は蜂蜜はにみつをたっぷり塗った細長いパンを食べながら歩いた。セレナは口の周りに蜂蜜をつけている。リヨンはそんなセレナをかわいいと思った。

「口についてるぞ」

「取ってくれ」

 

 ある店に立ち寄ったリヨンは毛布を見つけた。

 彼は中央に十字架が刻まれた銀貨を握りしめた。

「テントを作りたいんだけど。毛布5枚あるかな」

「デニエ銀貨で払ってくれ。純度の高いグロス銀貨なら1枚だな。リュート銀貨での支払いはお断りだ」

「デニエ銀貨12枚で払います」


 リヨンは隣にあるパン屋の扉を叩きました。

 店主は苦々しい表情で夫婦を見、一見してよそ者と判断した。よそ者はパンの相場を知らないと高をくくる。

「大きい小麦パン 8個ください」

「男の人、リュート銀貨24枚を頂くよ」

「小麦パン8個でリュート銀貨16枚のはず」


 パン一個がリュート銀貨二枚のところ、今年はリュート銀貨が三枚必要になっていた。

 リュート銀貨は銀の含有量が1gのうち0.3gしかなかった。

「今年は魔物が散々暴れたから 小麦が値上がりしてね。リュート24枚で頼むよ」


 

 彼らはパン屋で買い物を終え、石屋に向かった。木造建築の一階部分に店があり、年配の厳しそうな職人が入口まで歩いて来た。

「小さい石臼はありますか? 」とリヨンが聞く。

「うちで一番上等の石灰岩はデニエ銀貨6枚。安いものは銀貨5枚でいい」

「安い方で」

「ところで2人はご夫婦さん? 」

「ええ。まぁそんなところです」


 二人は最後にわらを買いに行った。

高圧的な商人を前にして値段交渉をする余裕はなく、高値でわらを購入する破目はめとなった。

「なんてひどい人」とセレナがつぶやく。

「必要なものだから仕方なかったんだ。酒でも飲んで気分を変えよう」


 馬車に荷物を積み込んだ二人は酒屋に入った。『犬も歩けば亭』の番人にリュート銀貨を二枚渡すと、番人はアウィスをわらき屋根の馬小屋に連れていってくれた。

 


『犬も歩けば魔法使いの杖に当たる亭』は町でも人気の酒屋のようだった。その証拠に大勢の人でにぎわっている。

二人はエールが入った木製のジョッキをぶつけて乾杯。

「乾杯!」

「家作りの成功を祈って。乾杯」


 グビグビとエールを飲む二人。エールを豪快に飲み干したセレナに周囲が驚く。

「ワン・モア《おかわり》」


 リヨンは酒屋での会話に注意深く耳をかたむけた。もうすぐ魔王領への大遠征が開始されるとか、武器と防具の値段が上がるなといった噂が飛び交っている。

「村は魔王領に近いから心配」

「ノワール村とベルン村が最前線だからね」


 リヨンは手づかみでソーセージを口に入れた。 固いライ麦パンに飽き飽きしてきたので、口は肉が恋しくてたまらない。


 一方、セレナは燻製くんせいベーコンを挟んだ惣菜パンを食べていた。

「食べ終わったら出よう。暗くなったら危険だ」

「盗賊に襲われても助けてくれるな」

「セレナ。何でも倒してやるから」


 シュタルクを出たリヨンは橋を渡る。アウィスが走らせる荷馬車は順調に来た道を戻っていった。

「セレナ。村作りが一段落すれば仲間に会いに行こう」

「ドワーフの都市は遠いから。無事にたどり着けるか心配」





【設定】

 ◯リュート銀貨

 重さ1gのビロン貨、銀の含有量は10%しかなく青銅貨に近い。リュート銀貨2枚でライ麦パンが1個購入できる。


 ◯デニエ銀貨

 重さ3g、銀の含有量は30%。


 ◯グロス大銀貨

 重さ12g、銀の含有量は60%。

 大型の銀貨だが発行枚数は少ない。

デニエ銀貨12枚と交換できる。


 

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