第63話 少女〈しょうじょ〉

 政幸まさゆき蛍子けいこが金銭支援の相談をした後の事だった。


 この家にはもう一人住人が居る。

 真司しんじ蛍子けいこの養女の茉莉まつりである。


 蛍子けいことの口論に近い交渉事のせいか茉莉まつりは姿を見せていない。

 最後に姿を見たのは五歳の頃、政幸まさゆきが上京する直前である。

 あれから七年時が経っていた。


 真司しんじがこんな事になり不謹慎だが今回の帰省は成長した茉莉まつりの姿を拝む楽しみもあった。


 最愛の花桜梨かおりの忘れ形見である茉莉まつり

 花桜梨かおりが存命なら自分の娘となっていただろう茉莉まつり

 政幸まさゆきが上京する際、駅のコンコースで泣き続けていた茉莉まつり

 何年も会っていなかった為、説得力はないであろうが自分にとっても娘の様な存在の茉莉まつり


 その茉莉まつりに久しぶりに会えるというのだ、不謹慎だという方がどうかしている。



 蛍子けいこ茉莉まつりとの再会を促してきた。

 当然、二つ返事で了承する。


 伯父である真司しんじが亡くなったばかりだ。

 なるべく真司しんじの話題には触れない様にしようと思っていた。


 蛍子けいこ茉莉まつりを連れて部屋に入ってきた。


 成長した茉莉まつりの姿を見て動揺はしなかったがそれに近い感情が政幸まさゆきを支配していた。


 茉莉まつりの姿は初めて目にした時の花桜梨かおりの姿に限りなく近かったのだ。

 政幸まさゆきには、中学校一年時の花桜梨かおりを一目見て即告発に至ったがある。

 その時の花桜梨かおりの姿をほんの少しだけ幼くした様な茉莉まつりの姿に言葉を失っていた。



 茉莉まつりの姿を見て沈黙している政幸まさゆきを見て蛍子けいこは呆れる様な顔付をしていた。

 想像通りの反応だったのだろう。


茉莉まつり覚えてる?」

「あんたが小さかった頃、東京へ行った政幸まさゆきおじさんだよ。」


 蛍子けいこ茉莉まつりに対して挨拶をするように促しているのだろう。


「お久しぶりです。おじさん・・・。」


 茉莉まつりは少し照れているのか短い挨拶に留まっていた。

 政幸まさゆきは落ち着きを取り戻せないまま、茉莉まつりの挨拶に反射的に言葉を返していた。


「本当、久しぶりだね・・・、すごくきれ・・・いや大きくなったね・・・。」


 言葉は整理して発言するべきである。

 小学生の子供に何を口走ろうとしたのか・・・。


「元気だったかい? 今何年生になったのかな?」


 こんな時に元気な筈はない・・・。

 全く子供相手に何て無粋な言葉なのだろう・・・。


「元気でした・・・今は五年生です・・・。」


 茉莉まつりの発言に悪意はないのだろうが、言葉が必要最低限である。

 あれだけ懐いていてくれた茉莉まつりは今は昔のようである。

 少し寂しい気分になっていた。


「センパイ、すみませんね・・・この子、照れてる様ですね。」


 政幸まさゆきの心中を察した、蛍子けいこの言葉に茉莉まつりは即反応した。


「伯母さん!」


 先程の茉莉まつりの発言していた時の雰囲気からは想像も出来ない程の声量だった。


「だって本当だろ? 伯父さん亡くなってずっとメソメソ泣いていたあんたが、政幸まさゆきおじさんが返ってくるって教えたら子供の癖に急に色気出しちゃって髪型がどーの、洋服がどーのって聞いてきてたくせに。」


 政幸まさゆきがあまり触れ無いようとしていた真司しんじの話題がサラッと出ていた。

 どうやら真司しんじの事はこの二人の中ではある程度整理がついているらしい。

 むしろ政幸まさゆきの方が気持ちの整理がついていない様である。


「おばさんのバカ! わたしは子供じゃないもん!」

「後、四年経てば結婚だって出来るもん!」


 茉莉は猫をかぶっていた様である。

 どうやら茉莉まつりの本性はこちらの方みたいである。


「十六で結婚!?」

「現実的じゃないね! だからあんたは子供なんだよ!」


「あーっ! また子供って言った!」

「おじさんの前でそんな事言わないでよ!」


 売り言葉に買い言葉である。

 何故、政幸まさゆきが帰省したのか理由を忘れているのだろうか?


「あの・・・こんな時、親子喧嘩は良くないよ・・・。」

真司しんじだって心配すると思うよ・・・。」


 二人の口論がとまっていた。

 蛍子けいこはため息をついて語りだした。


「すみませんセンパイ、センパイには話してませんでしたね?」

「あたしらはをしたんですよ。」

「泣くのは昨日までってね。」

「あたしらがいつまでもメソメソしていたら、あの人真司も安心できないだろうって・・・。」

「だから普段通りに振舞おうって・・・。」

「あたしらの口論なんていつもの事だったし、別にそれが原因で不仲になってるわけではないし、あの人真司もあたしらの言い争いなんて気にもとめてなかったしね。」


 成程、そういう発想もあるのかと変に納得させられていた。

 確かに、普段通りの生活をしていく事が、真司しんじを安心させられるというのは納得がいく。


「でもね、我慢できない時は我慢しなくてもいいって事も決めているんです。」

「我慢できなくてもペナルティー無しって事で。」


 ルールは決めたけど強制はしない。

 真司しんじを安心させる為、普段通りに生活をし、自分達の為に抑えられない感情は無理に押さえない。

 夫と伯父の死という現実に無理に耐えなくてもいい、実にアバウトで救いようのあるだ。


「確かにな・・・周りが落ち込んでいても真司しんじは喜ばないな・・・。」

「君達の言う通りだ・・・。」

「俺も君たちを見習うとするよ・・・。」

真司しんじの為にね!」


 しばらくすると茉莉まつりとはいつの間にか打ち解けていた。

 成長はしているが、茉莉まつりの本質は幼い頃から変わっていない様である。

 政幸まさゆきにいつの間にか懐き、昔の様に接していた。

 ただ、花桜梨かおりによく似た姿で幼い頃と同様に懐かれても違和感しかなかった。

 大人しかった花桜梨かおりとはやはり別人だと思わされる。

 しかし茉莉まつりは美しく成長している。

 花桜梨かおりに似ているという事を抜きとして、顔だって小さいし、足も長い。

 短足な自分の足を見て苦笑いせざる得なかった。




 真司しんじの葬式が始まっていた。

 通夜と葬式を続けて行うようである。

 政幸まさゆきは香典を10万円ほど包んでいた。

 真司しんじ花桜梨かおりの母が亡くなった時、政幸まさゆきの母親が包んでくれた香典の額と同様である。

 無論、香典返しは受け取らないつもりだった。


 真司しんじの葬式の最中、蛍子けいこ茉莉まつりき気丈に振舞っていた。

 だが二人共、次第に涙を拭う動作が頻繁に見られた。

 二人で定めた、の我慢しなくて良いという決まりを実施しているのだろう。



 政幸まさゆきには時間があまり残されていなかった。

 休暇が一日しか許可されていなかった為である。


(真司・・・すまないな・・・今度ゆっくり時間が取れる時きっと会いに来るよ・・・。)

(その時は、あの二人の言った様に普段通りに態度で会いに行くから・・・。)


 親友の死を十分に弔ってやれない悔しさはあったが、生きているものには生活がある。

 明日を生きて行く為に現実に戻らなくてはならない。

 真司しんじなら理解してくれるだろう。

 そして、この事をネタにして笑い飛ばしてくれる奴だ。





 政幸まさゆきが慌ただしく帰郷を終えた後、蛍子けいこより金銭支援の返事をもらった。

 条件はこうだ。


 ・茉莉まつりの今後の学費のみの支援に限る事。

 ・生活費などの支援はしない事。

 ・支援を受けた事を理由に蛍子けいこに不幸が起きるまで茉莉まつりの養育権は譲らない事。

 ・茉莉まつりの一番の親は蛍子けいこだと認める事。


 どうやら最後の条件が蛍子けいこにとって一番重要らしい。



 時は平成の真っただ中。

 北の赤い国から弾道ミサイルが次々に日本海に着弾、結果として日本国民の国防意識が高まる。

 国内では皇室に皇位継承の重要な役割を担う、親王殿下が誕生され不安視されていた未来の皇統への継続に希望をもたらされた。

 銀幕では大東亜戦争の硫黄島の戦いを描いた作品が外国人の手によって製作、公開された。

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