第53話 死化粧〈しにげしょう〉

 花桜梨かおりの葬儀は粛々と行われた。


 花桜梨かおりは高校を卒業後、就職を行いOLとなっていた。

 そしてそこで知り合った、元旦那と結婚し旦那の希望で会社を辞め家庭に入っていた。

 元旦那と離婚後は兄である真司しんじの家に娘の茉莉まつりと共に住んでいた。

 真司しんじの家に居た頃はパートをして僅かながらの収入を得ていた。

 真司しんじの家に住まわなければ、母子家庭の助成金がもっと多かったかもしれないが、兄である真司しんじ真司しんじの妻で花桜梨かおりの親友である蛍子けいこ達の希望もあり、また花桜梨かおり自身も心許せる二人と住む事で安心感があったのか遠慮がちながらも共同生活を行っていた。


 今思えば花桜梨かおりにとってもこの頃が人生において一番幸福だった時期だったのかもしれない。

 病に体が臥せるまでのほんの僅かな時間であった。


 花桜梨かおりの性格は積極的だとは言い難く、また明るくないと言えば噓になるが同世代の友人達の様に騒ぐことが無かった。

 性格は極めて真面目で少々面白さに欠ける点もあった。

 良く言えば、真面目で奥手の奥ゆかしさを持つ女性だが悪く言えば、堅物で付き合って面白いタイプの女性ではなかった。


 だが、花桜梨かおりの葬儀には意外な程の列席者が居た。

 良く最後の別れである葬儀の人数で、生前の故人の人格が解るなどと言うが、花桜梨かおりの葬儀も老若男女問わず欠席者が訪れていた。

 花桜梨かおりは財産持ちでもない、会社経験も数年で終わっている。

 おとなしく、積極的でない彼女の列席者が多いのは、やはり彼女の内面によるものが大きかったのかもしれない。

 意識をしてしてから死別わかれるまで約十年想い続け、彼女の命が時間が徐々に少なくなるにも拘らず、愛情が反比例した政幸まさゆきには列席者の感情が何となく理解できた。



 花桜梨かおりの一人娘の茉莉まつり花桜梨かおりが亡くなった時も、この葬儀の時もずっとおとなしいままだった。

 元々茉莉まつりはあまり手のかかる子供ではなかったのだが、母親の死を理解できていないのか泣き叫ぶような事はなかった。

 無理もない、まだ三歳になったばかりだ・・・。


 列席者の多くは茉莉まつりの今後を心配や同情するものが多く居た。

 茉莉まつりが彼女にとっては初めての彼女にとっては異様に思える葬儀で泣くことも無く大人しくしている様子を見て、かえって列席者の同情を買っていた。




 茉莉まつり真司しんじ夫妻に引き取られる事となっていた。

 子供の居ない真司しんじ蛍子けいこは積極的に茉莉まつりを引き取る事にした。

 政幸まさゆきは当初、花桜梨かおりに宣言した様に茉莉まつりを自分の事して育てる気であった。

 だが生前の花桜梨かおり真司しんじ蛍子けいこの3名で花桜梨かおりの死後は真司しんじ夫妻が親権を得る事で同意をされていた。

 花桜梨かおり政幸まさゆきに負担をかける事を最後まで良しとしていなかった。

 愛ゆえに政幸まさゆきへの負担をかけたくなかったようだ。


 子供には母親が必要である。

 特に女児には成長につれ男親では補えない体の変化もある。

 そういった事も踏まえ、政幸まさゆき茉莉まつりの親権を諦めざる得なかった。


 政幸まさゆきとしては、愛する花桜梨かおりの忘れ形見である茉莉まつりの成長を生きる糧としたかったのだが・・・。





 葬儀も終了し政幸まさゆき達は火葬場へと来ていた。

 市が経営する火葬場である。

 真司しんじ花桜梨かおり兄妹には付き合いのある親戚は居ない。

 政幸まさゆき真司しんじ蛍子けいこ、そして茉莉まつり、後は蛍子けいこの両親がこの場に居た。

 皆は炉前に集まっていた。


 花桜梨かおりの遺体が到着してきた。

 ホールに運ばれてくる棺がとても小さく見えた。

 棺ですら、この大きさである、中に居る花桜梨かおりはもっと小さな事になる。

 花桜梨かおりはこんなにも小さな存在だったのか・・・。


 棺の窓が開かれた。

 最後の別れの時間である。

 花桜梨かおりの顔が確認できた。

 棺の中に大量の花々があり花桜梨かおりの輪郭を埋め尽くされていた。

 闘病生活で無くしてしまった頭髪をウィッグで補われていた。

 瘦せこけてはいたが皮肉な事に死化粧にて整えられた顔色は闘病生活をしていたあの日々より生気に満ち溢れていた。

 死後硬直が進み表情にも変化があるだろうと思っていたのだが、花桜梨かおりは微笑んでいる表情をしていた事が更にそれを印象付けた。


 本当にもう話しかけてはくれないのだろうか?

 本当にもう起き上がる事は無いのか?


 花桜梨かおりの死をまるで否定するかの様な表情を花桜梨かおりはしていた。


 花桜梨かおりの棺の中に一人一人が献花をささげる。

 白百合の花だった。

 娘である茉莉まつり蛍子けいこに抱きかかえられながら献花を行った。

 茉莉まつり花桜梨かおりの顔をずっと見つめていた。

 献花が終わっても花桜梨かおりから目を離そうとしなかった。

 最後の別れを何となく感じているのだろうか?


 花桜梨かおりの棺の窓が閉じられた。

 いよいよ火葬の時である。

 別れを惜しむ気持ちはあるがもう後には引けない。

 花桜梨かおりの体は灰となり残された骨だけの存在となる。

 大人しかった茉莉まつりが堰を切る様に泣き叫んだ。

 手の掛からない茉莉まつりが泣く事に全力になっている悲嘆な表情をして泣き叫んでいた。

 花桜梨かおりの棺が炉に完全に収まった時、手が付けられない程泣き叫んでいた。

 宥めても宥めても泣き止むことはない。

 茉莉まつりは実の母にもう二度と会えない事を本能的に感じたのだろうか?

 政幸まさゆき茉莉まつりの泣き叫ぶ姿をみて胸が痛くなっていた。

 幼子が実の母を亡くし、これから先母の愛情が無いまま成長していかなければならない。

 もう母に甘える事も母に触れられることも無い。

 何と不憫な事だろう・・・。


 炉に点火され火葬が始まった。

 茉莉まつりは一向に泣き止まない。

 手の掛からない茉莉まつりがここまで煩わせる事は今まで無かった。

 かえってそれが皆の同情を誘っていた。





 約一時間の時が経ち、お骨上げの為に皆は移動した。

 部屋の中には灰に囲まれた花桜梨かおりの遺骨が横たわっていた。

 小柄な花桜梨かおりが更に小さく萎んでいるかのように感じてしまった。

 茉莉まつりは今だグズ付いていたが目の前の花桜梨かおりの遺骨を見ても特に表情を変化させることはなかった。

 目の前の母の遺骨が何なのか理解できていないのだろう。

 一人一人が花桜梨かおりの遺骨を丁寧に箸で骨壺に入れていく。

 政幸まさゆきの住む地域では部分収骨が主流の為とても小さな骨壺だった。

 政幸まさゆきも箸で花桜梨かおりの遺骨をすくい上げた。

 とても軽い。


 係員の指示で最後に喉仏の遺骨を喪主である真司しんじに納めるように言われていた。


「最後は妹の婚約者である彼にお願いしたいのですが・・・。」


 真司しんじ政幸まさゆきを婚約者だと認め最後のお骨上げを政幸に求めた。


 政幸まさゆきは慎重に花桜梨かおりの喉仏をゆっくりと収めた。


 そして花桜梨かおりに渡すことが出来なかった指輪を花桜梨かおりの遺骨の上にゆっくりと重ねる様に置いた。

 手がかなり熱かったが直接花桜梨かおりに渡したかったのだ。


花桜梨かおり・・・やっと指輪を渡せた・・・遅くなってごめんな・・・。」


 政幸まさゆきは微笑みを浮かべながら花桜梨かおりとの生前果たせなかった約束に少しでも近づける様な行動だった。





 時は平成一桁最後の年。

 イギリス元王太子妃がパパラッチの撮影から逃走する際交通事故死、息子である王子との親子愛に同情を集めた。

 またノーベル平和賞などの数々の賞を受賞した、後に聖人認定される修道女がこの年に亡くなり宗教の隔たり無く彼女の死は惜しまれていた。

 世界規模での天災災害も多く発生しており異常気象が騒がれ始めた頃の話。


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