第50話 恋敵〈ライバル〉

 政幸まさゆきはスナックに来ていた。


 顔合せの後の交流会が終わり二次会に向かう面々も多かった。

 政幸まさゆき美春みはると飲みたかったのだが、美春みはると飲みたがる社員は多かったようで美春みはるの周辺には美春みはるを囲む様に社員達が輪をなしていた。

 どうせ業務が始まったら美春みはるとは一緒に仕事をするし今後美春みはると飲む機会はいくらでもあるだろう。

 今日は他の社員に譲ってやることにした。


 政幸まさゆきは帰宅しようと考えていたのだが、小山田おやまだ政幸まさゆきを引き留めた。


矢野やのさん、良かったら僕と二次会に行きませんか?」


 美春みはる政幸まさゆき以外に認めていると話してくれた小山田おやまだ、これから何かと縁があるだろう。

 今の内に交流するのは確かに必要だろう。


「ああ、別に構わないけど俺は安酒しか飲まないからあまり飲み屋とか知らないんだよね。」


 小山田おやまだは愛想よく政幸まさゆきに提案してきた。


「僕もあまり店は知らないんですが、この近くに一度行った事のあるスナックがあるんです。」

「そこのママが作る煮物が絶品で・・・良かったらそこに行きませんか?」


 政幸まさゆき小山田おやまだの提案を了承した。

 一次会のあった居酒屋を二人で離れようとすると、小山田おやまだ目当てなのか、女性社員が二次会に小山田おやまだを誘っていた。

 小山田おやまだはそれをきっぱり断っていた。


「今日は矢野やのサブリーダーと一緒するんで、ごめんね。」


 別に断らなくてもいいだろ・・・。

 女性と飲みに行けばいいのにと政幸まさゆきは思っていた。


小山田おやまだ君、別に俺の事は良いから一緒に行ってあげれば?」

「彼女達、残念そうな顔してるけど?」


「いやーっ、僕今好きな人いるんで彼女以外の女性と交流はしないって決めているんですよ。」


 随分モテそうな感じなのに貞操観念が強いんだな・・・。





 政幸まさゆき小山田おやまだに案内された店に来ていた。


 カウンターに二人並んで座っていると店のママから注文を聞かれた。

 カウンターの向こうの棚には日本酒が見えたので久しぶりに飲んでみたくなりそれを注文した。

 酒と小鉢が運ばれてきた。


 小鉢には煮物が入っている。

 政幸まさゆきは煮物に箸をつけそれを食した。

 なるほど、確かに美味い。


小山田おやまだ君、確かにこれはうまいね。」


「でしょ? 僕もこれ食べた時は本当にビックリしましたから。」


 美味いつまみがあれば自然と酒が進む。


 小山田おやまだは若いとはいえ人格的にも誠実であり好感も持てる。

 話しも弾み、二人は打ち解けていった。


(なるほど・・・美春みはる先輩が見込んだだけの男ではあるな・・・。)


 話しも盛り上がっていた。

 そして楽しくもあった。

 だが愛想の良かった小山田おやまだの顔から笑顔が消えていた。

 何か話したいことがあるのだろうか?


小山田おやまだ君、俺に何か話したいことがあるみたいだね・・・。」


 政幸まさゆきは場の空気を乱さない様に落ち着いた口調で話しかけていた。


「よく見ていますね・・・さすがです。」


 最近このパターンが多いが、かいかぶりすぎである・・・。

 どうも良い意味で誤解されている様だ・・・。


「さっき女性社員の誘いを僕は断りましたよね?」

「その時好きな人が居ると言いました。」

「その話で相談があります・・・。」


 よりによって男女間の話の様だ・・・。

 政幸まさゆきには縁のない話だ・・・。

 しかし、よりによって人払いまでして、見るからにモテそうもない政幸まさゆきに相談するのか?

 政幸まさゆきは困惑しているがおおよその見当はついていた。


「僕の好きな人は下野しもの茉莉まつりさん、受付業務を行っている、貴方と仲の良い女性です・・・。」


 政幸まさゆきの見当は的中だった・・・。


「何度も彼女を誘いました・・・だけど彼女は全く僕に興味を持ってくれません・・・。」


 この男も茉莉まつりによって撃墜された口なのであろう・・・。


「あーっ、茉莉まつりちゃんは確かに・・・興味ない事には全く興味示さないからね・・・。」


 茉莉まつりはこんなにいい男までフッていたのか・・・。


「でも諦めきれず、それからも何度も何度も彼女を誘いました・・・。」


 解るぞ・・・その気持ち・・・俺も花桜梨かおりに対して10年もの間気持ちが変わらなかった・・・。


「どうしてダメなのか理由を聞いたのですが何も答えてくれません。」

「それでも納得できずに何度も何度も理由を聞きました。」


 政幸まさゆきは花桜梨が病気に犯されていた時の事を思い出していた。


『貴方の気持ちに応える事は出来ません・・・。』


 ものすごい辛い気持になった事を思い出した。

 あの後一時的に感情的になったのも思い出していた。


「それでも諦めきれずしつこく誘いをかけていたのです。」

「そして彼女を遂に怒らせてしまった・・・。」


 若者よ・・・ものには限度というものがある・・・。

 一時撤退も戦略である・・・。


「『わたしはおじさんが好きなの! おじさん以外の人に興味はないの! だからもう二度と顔を見せないで!』って言われました・・・。」


 政幸まさゆきは固まっていた・・・。


「正直、ビックリしましたね・・・矢野やのさんと彼女が仲の良いのは知ってました。」

「でも彼女が貴方を男として見ていたなんて・・・。」

矢野やのさんの本質を知っている僕からすれば失礼な話ですが、当時の矢野やのさんは悪い噂で社内を賑わせていました。」

「だからなにかも間違いだと思っていたのです・・・。」

「しかし彼女は矢野やのさんの本質を最初から解っていたんでしょうね・・・。」


 この男何を言っている・・・。

 勝手に人を持ち上げて一人で納得している・・・。


「だから彼女と一緒になってあげてください!」


「何を言ってやがる!」


 思わず政幸まさゆきは反応してしまった。


「じゃないと僕はは彼女を諦めきれません・・・。」


 こいつ・・・人の話を聞いちゃいない・・・。


「あーっ・・・小山田おやまだ君・・・。」

「俺と茉莉まつりちゃんはその・・・なんだ・・・男と女の関係ではないよ?」


「つまり清い関係って事ですか?」


 少しは理解してくれた様だ・・・。


「一緒になるまで手を出さない・・・何て高潔な人なんだ・・・貴方は・・・。」


 ダメだこの男・・・仕事は出来るみたいだが、頭が良すぎるせいか先を読みすぎだ・・・。


「違うって・・・今のところ俺と茉莉まつりちゃんは結婚とかそんな事は考えていないって事・・・。」


 小山田おやまだは表情が一変して明るくなっていた。


「つまり、まだ僕にもチャンスはあるって事ですか!?」


 突然元気になりやがった・・・。


「ああっ、今のところはね・・・。」


 政幸まさゆきは何故『今のところ』と二度も言ったのだろうと考えていた・・・。

 茉莉まつり花桜梨かおりと同様に考え始めているのではないか?


 小山田おやまだ茉莉まつりが一緒になる事を想像してみた。

 なんだか、無性に腹が立つ・・・。

 これは父親としての感情なんだ・・・。

 そうに違いない・・・。



「じゃあ、僕達はライバルって事ですね!」

「負けませんよ!」


「うるさい!おまえはもう喋んな!」


 考えもまとめることが出来ない・・・。

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