第49話 闘病〈とうびょう〉

 花桜梨かおりは闘病生活に入っていた。

 検査、入院を何度か繰り返していた。

 そして手術も一度行っていた。

 政幸まさゆきは時間を作ることが出来たら必ず花桜梨かおりの見舞いに行っていた。

 例え五分でも彼女に会えるなら優先して花桜梨かおり会う。

 正直政幸まさゆきには彼女と会う事くらいしか出来ない。

 一番重要で望むべき病気を治療するのは医者の領分だ政幸まさゆきには干渉できない。

 政幸まさゆきがやれる事は入院にかかる費用を支援する事と花桜梨かおりに会う事、そして花桜梨かおりの無事を祈る事位しかなかった。


 頻繁に病院に通っているおかげか、政幸まさゆき花桜梨かおりの関係は少し前進している様だった。

 いつも政幸まさゆきに対して敬語を使っていた花桜梨かおりが最近では敬語をあまり使わなくなった。

 政幸まさゆき花桜梨かおりに敬称を付けなくなっていた。

 そして花桜梨かおり政幸まさゆきの事を名前で呼んでくれるようになっていた。

 政幸まさゆき花桜梨かおりは逆境の中近しい存在になれていたのである。




 政幸まさゆきは手土産にショートケーキを1つ買ってきていた。

 毎回何らかの土産を持って行った。

 病院でも食事は出る事は解っている。

 だが味気ない病院の食事だデザートくらい食べさせてやらないと花桜梨かおりが不憫だ・・・。


 いつもの様に花桜梨かおりの病室に入る。

 花桜梨かおりはベットに腰かけていた。


 頭にニット帽をかぶっている。

 抗がん剤の影響で頭髪が抜け始めていたのだ。


 花桜梨かおり政幸まさゆきの姿を確認すると顔を赤らめながら笑顔になってくれた。


花桜梨かおり体調はどうだい?」


 毎回最初の言葉はこれで始まる。


「今日はとても気分が良いです。」


 花桜梨かおりはいつもこう返す。


「本当手術が成功して良かったよ・・・先生には感謝だな・・・。」


 政幸まさゆきは手術の成功を喜んでいた。

 だがこの先何度も手術は行われることも知っていた。


「傷跡は完全に消えないみたい・・・ごめんなさい・・・。」


 花桜梨かおりは自分の体に手術跡が残るのを気にしていた。

 女の魅力として美しさというものはとても大事な物である。

 花桜梨かおり自身もショックであろうが花桜梨かおり政幸まさゆきを気遣っている様だ。


「なに気にする事はないさ・・・最初は一目惚れだったけど、今は花桜梨かおりの存在自体を俺は愛してる、だから君がどんな姿になろうと俺は気にしないよ。」


 政幸まさゆき花桜梨かおりは今だ深い関係になっていない。

 病気を克服し今後関係が深まったとする。

 そして花桜梨かおりの体には無数の傷跡が残っている。

 花桜梨かおり政幸まさゆきに対して綺麗な自分を見せられない事を悔いているのだ。


「体に傷が残って君はショックだろうな・・・だけどその傷は君が助かる為に出来たものだからね、俺は君を失うことに比べれば傷なんて気にしない・・・花桜梨かおりは傷が出来ショックだろうけど、傷が出来た事言い訳にして俺から離れようなんて思わないでおくれよ?」


「そんな事今更考えてないわ・・・。」


 女にとって体に傷が出来る事は死にたい位悲しい事だろう。

 女は美しさを求める生き物である。

 容姿の美醜に関わらず女は自分を小奇麗にしなければならない。

 男の考えではあるが・・・。

 人間もまた生物である。

 生物であるがゆえ優秀な子孫を残そうとする本能がある。

 女は優秀な男を求めて子を産む。

 だから自分を美しく見せなければ男から相手はされない。

 だから女が美しさを求めるのは本能によって動かされているものなのだ。

 中には自己愛が強い者もいるであろう。

 結局そういった者も最終的な目的は違えど結局は美しさを求める本能により動かされている。


「髪もすっかり抜け落ちてしまって・・・私すごく醜くなっているね・・・。」


 無理もない、女によって髪は命だと言われていた時代もある。

 一髪、二姿、三器量か・・・。


「醜いなんて・・・全く何てことを言うんだよ・・・。」

「君は十分今でも綺麗だよ・・・。」

「髪が無くてもそう思えるんだから、完治して髪が生えてきたらもっと綺麗になるよ。」


 花桜梨かおりは掛け布団を顔に当て鼻から下を完全に隠してしまった。

 目は笑っているが照れているのか表情を悟られたくないのであろう・・・。


「うん・・・ありがとう・・・絶対完治させなきゃね・・・。」


「その意気だよ、俺も早く君と一緒になりたい。」

「だから完治させて一緒に幸せになろう。」


 花桜梨かおりは少し不安そうな顔をした。


政幸まさゆきさん、体中傷だらけになった私でいいの?」


 良いとは言い続けているがやはり気になる様である・・・無理もない・・・。

 本音を言うと美しいままの花桜梨かおりが良い。

 だが花桜梨かおり以外には興味はない。


「俺はたとえ君の顔に大きな傷があったとしても、全身が爛れていたとしても気にしないさ!」


 花桜梨かおりは完全に掛け布団で顔を隠してしまった。


 暫くして布団から顔をのぞかせ政幸まさゆきの顔を見つめていた。


「それは私が嫌・・・。」






 花桜梨かおりは政幸が買ってきたショートケーキを食べていた。


「うんおいしいよ、とってもね!」


 花桜梨かおりは満面の笑顔を見せてくれた。

 だが政幸まさゆき花桜梨かおりの笑顔に違和感を感じていた。

 何だか無理をしているように感じられる・・・。


 後に知ったのだが抗がん剤の影響で花桜梨の味覚は変化していたみたいだ。

 何を食べても、何を飲んでも苦痛にしか感じていなかった。

 それでも見せてくれた笑顔・・・。

 やはり花桜梨かおり花桜梨かおり昔から気遣いの出来る素敵な女性だ・・・。

 その事を思い出すたび悲しくなっていた。

 花桜梨かおりのやさしさを・・・。

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