第48話 交流会〈こうりゅうかい〉

 政幸まさゆき達は居酒屋に居た。

 顔合わせをした当日、プロジェクトに係る全員と飲みに行くことになっていた。

 無論強制ではなかったが全員が参加していた。

 総勢23名分の勘定は全て美春みはるが賄うことになっていた。

 福利厚生費が役員でどの位割り当てることが出来るのかは知らない。

 確か外部との交流が多々ある営業の課長クラスで接待交際費が上限が二万円といったのは聞いたことがある。

 今回心得とはいえ課長に昇進した政幸まさゆきは一万円までの接待費が許されていた。

 非常に微妙な額である。

 23名分だ相当な額となる事だろう。

 役員とはいえかなりの額を自費出費するのではないか?

 美春みはるの事だその辺りは抜け目は無い事だろう。

 だがやはり負担が大きいはずである。

 政幸まさゆきは事前に美春みはるにこの旨について質問をしていた。


 美春みはるの回答としては福利厚生費には上限が無い事らしい。

 だが今回は自費で全て美春みはるが支払いを行うとの事だった。

 接待交際費、福利厚生費なども今回のプロジェクトにおけるターゲットになっていた。

 美春の考えとしては自社の社員に対する恩恵となる福利厚生費は特にメスを入れる対象ではないらしい。

 問題は接待交際費の方らしい。

 接待交際費と称して自分の利益にする輩が非常に多いのが現状みたいだ。

 美春みはるはこの質問をした政幸まさゆきに対して褒め称えてくれた。

 買いかぶりすぎである。

 だが、先輩である美春みはるに褒められるのは悪い気がしない。




 宴も始まってからしばらくの時間が経過していた。

 時間が経つにつれ皆も打ち解けて来た。

 政幸まさゆきも打ち解けたメンバーの一人となっていた。


矢野やのさん、正直私は貴方を誤解していたようです・・・。」


 プロジェクト参加の社員の一人の会話である。


「私は噂のみで矢野やのさんの事を噂のままの人だと思い込んでいました。」

「だけど今日の顔合せで噂とは違う人物だと確信できました。」


 そんな事はない全部が全部ではないがほぼ俺は噂通りの人物だ。

 顔合せのの件も巧みに美春みはるが誘導した事だ・・・。


「でも矢野やのさんはそんな噂を聞きながらも反論もせずに居た・・・噂をしていた私達を腹の中であざ笑っていたのでしょうね・・・。」


 事実に反論する必要はないし、間違っていたとしても反論することすら面倒だっただけだ・・・。


「だけど私は今回の事で確信しました。 矢野やのさんは噂とは正反対の人だと・・・矢野やのさんと仕事を御一緒できる事を楽しみにしています。」


 こいつ酔っているのか?

 昨日までの政幸まさゆきの評価と正反対の事を言ってやがる・・・。


矢野やのさんの境遇はそんな噂話によって足を引っ張られていたようですね・・・そういった点の改善も今回の我々の改善点の一つのではないかと私は思っています。」


 プロジェクトの趣旨である改善を常に考えている姿勢は立派である。

 しかし政幸まさゆきの件に関しては全く理解できない。

 実際に政幸まさゆきはそれほどの者でもない。

 美春みはるによって全員が騙されているだけだ・・・。


 騙す?


 政幸まさゆきは以前清掃員の茂田しげたから言われた言葉を思い出していた。


『人を見る目のないやからは印象だけで判断するものです。』

『そういったやからを騙すことは事なのです。』


 騙す・・・良くない言葉だ・・・。

 茂田しげたの様な人格者が使うような言葉ではない。

 恐らく演じるという事だろう・・・。


 確かに政幸まさゆきはある意味正直すぎた。

 気持ちが乗らない時はその様な態度を取るし、不満がある時には顔に出る。

 演じる事などしたことはなかった。

 駆け引きとかも嫌いだった。

 だが時にはそういったものは必ず必要になる。

 思っていたことを否定され腹の中で舌を出している程度の事はやっていた。

 政幸まさゆきですらそうである・・・。

 そして政幸まさゆきはそういった演じるといった事を必要な場面でやってこなかった。


 今回急に皆の態度が変わったのは美春みはるによって巧みに操作されていたからである。

 演じる上での監督みたいなものだろうか?


 全く美春には恐れ入る・・・。


 正直、政幸まさゆきは他人との交流を避けていた。

 他人とは関わりたくないし関係が深まりそれを失う事になるとショックが大きい。

 昔からの馴染みは別として新たな交流を取る事をしてこなかった。

 結局これが自身に壁を作り、他人の低評価につながっていた。


 本当に美春この人は・・・。

 最初の美春みはるの生徒である政幸まさゆき、30年近く経っても美春みはるには教えられることが多い。


(先輩は最初から俺にとっては理想の教師だったようですね・・・。)



 宴は大いに盛り上がり、政幸まさゆきも大いに楽しんだ。

 以前ならこういった集まりでも政幸まさゆきは浮いていた。

 政幸まさゆき自身も楽しむことにより場の空気に溶け込んでいたのである。


 楽しい宴にも終わりの時が来ていた。

 最後に美春みはるが締めの言葉で終了する事になった。


「皆も楽しんでくれたみたいで何よりです。」

「肩苦しい挨拶はもう必要ないですね・・・必要最低限の事だけを述べます。」

「来週よりプロジェクトは本格始動します。」

「皆はもう何をやるべきか輪郭だけでも見えて来たと私は思っています。」

「従業員の為に皆で頑張っていきましょう!」


 美春みはるの短い言葉に全員が盛り上がっていた。

 美春みはるは『従業員の為』と言っていた。

 会社の為とは言っていない。

 美春みはるの本質はやはり教育者なのだろう。

 生徒一人一人に寄り添う理想の教師・・・。

 まったく美春みはるに教わる生徒達が羨ましい・・・。


 政幸まさゆきは苦笑していた。


 美春みはるから最初の生徒だと認められた政幸まさゆき自身が美春みはるに教わる生徒達に一番羨ましがれる対象ではないかと。

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