第25話 変化〈へんか〉

 政幸まさゆきは通勤電車内に居た。

 政幸まさゆきの身なりはいつもと違う。

 そう茉莉まつりに選んでもらった眼鏡、スーツ、鞄、小物に至るまですべて新品の着衣をしていた。

 髪型もいつもと違う。

 いつもはカット専門店で手早く済ませていたのだが、生まれて初めて美容院を利用した。

 だが体型はは変わっていない。

 当り前であるが。


 政幸まさゆきはこの姿で出社した時、他の社員にどんな風に見られるか不安であった。

 今更カッコつけやがってと陰口を叩かれるであろう。

 女性社員からはキモチ悪い男がいくら良い着衣をしても無駄だと罵られるであろう。

 着衣を変えた事も気付かれないかもしれない。

 まあ、いつもの事だ。

 別に慣れている。

 大事なのは本人の変わろうとする気持ちだ。





 業務時間中政幸まさゆきは他の社員から噂されている様であった。

 政幸まさゆきもそれには気付いていたが無視していた。

 どうせロクな事は言われていない。

 出勤時間での通勤電車内で想像してた陰口を叩かれている事であろう。

 別に今更気にしてはいない。



 休憩時間を少し回った頃、政幸まさゆき茉莉まつりを待っていた。

 連休中に約束をさせられていた為である。


 今着ている着衣を揃えた日の翌日、茉莉まつりから電話がかかってきた。

 また遊びに行こうとしつこく誘ってくる。

 まだ休暇中であったが、交際もしていない男女が頻繁に会う必要も無い。

 政幸まさゆき茉莉まつりをなだめを断った。


 だが茉莉まつりの育ての親は蛍子けいこである。

 蛍子けいこの両親に強引に真司しんじとの結婚を認めさせた蛍子けいこ


 茉莉まつりには交換条件を出されていた。


 休暇が明け会社が始まったら弁当を作っていくから一緒に食べてほしいと。

 どうせ茉莉まつりとは昼休憩が一緒になる時はいつも食事を一緒に取って居る。

 それは他人も知っている。

 外食するか、社内で食べるかの差である。

 社内に居る人間の目は気になるが、政幸まさゆきはそれを了承した。




 政幸まさゆき茉莉まつりを待っていると茉莉まつりの声がした。


「うあーっ!おじさん良く似合ってる、カッコ良くなったよ!」


 下手なお世辞である・・・。


 茉莉まつり政幸まさゆきの顔を覗き込んできた。


 茉莉まつりの耳朶にはピアスが付けられていた。

 ピアスホールを安定させるためのファーストピアスである。


茉莉まつりちゃんピアスホール空けたんだね。」


 茉莉まつりは嬉しそうな笑顔になっている。


「おじさん、今わたしの事名前ファーストネームで呼んでくれたね。」


 政幸まさゆきは少し照れていた。


「いや、今は休憩時間であるし別に当人がそう呼ばれるのを嫌がってないのだから名前ファーストネームで呼ぶくらいは構わないはずだよ。」


 茉莉まつり以外の女子社員に『ちゃん』付けで名前を呼んだら『セクハラ』だと騒がれてしまう事だろう。

 だが茉莉まつりを望んで居る。

 休憩時間や課業外の時間はそう呼んでやろうと思っていた。

 茉莉まつり政幸まさゆきの気持ちを察してか、政幸まさゆきの顔をじっと見つめ笑顔を振りまいていた。

 少し気まずいが嫌な気分ではなかった。


茉莉まつりちゃんごめんね、おじさんが『ピアス』なんて渡しちゃったからピアスホール空けさせることになっちゃって・・・。」


 政幸まさゆきは自分がピアスホールを空ける為、耳朶に針を通す事を想像した。

 全くもって恐ろしい。

 絶対に穴など空けたくはない・・・。


 茉莉まつりは両てのひらを頬に当て下向き加減になっている。


「おじさん、いいんだよわたし嬉しかったし・・・。」

「わたし初めてだったから痛かったけど、幸せの痛みだった・・・。」

「これが女の喜びなんだって・・・痛かったけど後悔してないよ・・・。」


 茉莉まつりのその言葉を聞いた周辺がざわめいていた・・・。

 当然である。

 茉莉まつりの発言は誤解を生む発言である・・・。


 茉莉まつりは舌を出していた・・・。



 政幸まさゆき茉莉まつりの作ってきた弁当を茉莉まつりと二人で食べていた。

 新幹線の中で食べた時より格段に上手くなっている。


茉莉まつりちゃん、前食べた時よりおいしくなってるよ。」

「すごいな茉莉まつりちゃんは・・・。」


 嘘は言っていない、確かに前より美味い。


「あたし連休中毎日料理してたんだ。」

「がんばったんだよ?」

「でももっと上手になってみせるよ!」

「おかあさんみたいに!」


 政幸まさゆき茉莉まつりのその発言を聞いたが不安はなかった。

』と言っていた。

 真夜中に聞いたあの声の事を思い出していた。


茉莉まつりちゃんならきっともっと上手になれるよ。」


 政幸まさゆきのその言葉は本心からの言葉であった。


「だからおじさん、お弁当食べてもらうからね!」


 茉莉まつりのその言葉に政幸まさゆきは固まってしまった・・・。


「毎日?・・・。」


「うん!」


「でも、茉莉まつりちゃんシフトによってはお昼一緒に取れないでしょ?」


「朝、おじさんの机に置いていくよ?」

「帰る時お弁当箱返してくれたらいいから!」


「いや、しかしさすがに毎日は・・・。」


 茉莉は両手の指を組み目を潤ましていた。


「え~っ、ダメなの?」


 政幸まさゆきは少しかわいそうかなと感じてしまった。

 以前なら突き放していただろう。

 一緒に居る時間が長くなっている事もあり、情が深まってしまったのかもしれない。


「わかったよ。」

「だけど一つ条件がある。」

「材料費はおじさん持ち、勿論茉莉まつりちゃんの食べる分もね。」

「これが絶対条件だよ?」


 茉莉まつりの表情は花が咲くように明るい笑顔になった。


「うん、わかったよ!」

「おじさんね、料理のおいしくなる一番のスパイスは何だか知ってる?」


『愛情』って言いたいのであろう・・・。

 当然知っている、だが恥ずかしいので知らないをした。


「『愛情』だよ!」


 それ来たかと思った・・・。


「だからわたしの料理はどんどんおいしくなっていくと思うよ!」

「だっておじさんの事どんどん好きになっていってるんだもの!」


 また茉莉まつりかと思ったが、茉莉まつりは嬉しそうにニコニコしている。

 本心から言ってくれているのだろうか?

 悪い気はしなかった。




 茉莉まつりは気付いていない様だが、政幸まさゆきにはものに気付いていた。

 周辺の嫉妬する男達の視線にである・・・。

 冷や汗をかく心境であったが、今は取り合えずを無視した・・・。

 しかしながら、これからは毎日この視線を浴びる事になるだろう。

 しかし茉莉まつりとは約束をしてしまった。

 これからこの視線を浴び続ける覚悟をしなければならない。

 そう考えると憂鬱になってしまった・・・。

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