第23話 買込〈かいこみ〉

 政幸まさゆき茉莉まつりは駅地下を歩いていた。

 上機嫌な茉莉まつりに対して政幸まさゆきは呆けていた。

 またしても茉莉まつりられたのである。




 政幸まさゆき茉莉まつりは新幹線ホームにいた。


「それでは茉莉まつりちゃん、お疲れ様気をつけて帰ってね。」


 茉莉まつりをこね出した。


「えーっ、おじさんどっかいこうよーっ!」


 時間はまだ午前中である。

 正直家に引きこもりたい。


「でも二人共大きな荷物持っているしね。」


 茉莉まつりは右手の人差し指を立てと頬に当てている。


「じゃあ、おじさん家に荷物置きに行こうよ?」


 また訳の分からない事を言いだした。


茉莉まつりちゃん、おじさんと家は真反対でしょ、一回家に帰ってまた戻ってくるなんて疲れちゃうよ・・・。」


 左程疲れる訳ではないが数時間とはいえ新幹線に乗っていた為、長旅をしてきた後という事で疲労はそれなりにある。

 まあ新幹線の旅は快適ではあるのだが・・・。


「だからわたしの荷物もおじさんの家に置くんだよ?」


 さらに訳の分からない事を言いだした・・・。

 政幸まさゆき茉莉まつりを家にあげると二度と出て行かない様な予感がしていた。


「いや、それはまずいでしょ!?」


 茉莉まつりは不思議そうな顔をしている。


「何がの?」

「おじさんのとして同じ家に住むのがそんなに悪い事なの?」


 妻を娶った覚えはないし、二人で住むほど広い部屋ではない・・・。


「じゃあわたしの家におじさんの荷物持ってくればいいんだよ!」


 まるで生産性が無い事を言っている・・・。


「なら妥協してコインロッカーに荷物預けたら良いんじゃない?」


 というかそれがベストだと思うのだが・・・。




 茉莉まつりが入社してから、ずっとペースを崩されている。

 まあ明日も休みだ。

 気は乗らないが付きやってやるとするか・・・。




茉莉まつりちゃんどこ行きたい?」


 政幸まさゆきは正直若い女性をどこに連れて行けば喜ばれるのか、解らなかった。


「おじさんとなら、どこでもいいよ。」


 また一番困る回答である。


「あーっそうだ! あたし舞浜行きたい!」


「却下!」


 世界的に有名なテーマパークの事だろう、あんな場所連休中に行くなんて正気ではない。


「あそこは『東京』って頭に名前付いてるけど、千葉県にあるからね。」


 遠いから諦めようアピールである。

 だが実際はそれほど時間は架からない。

 ここから乗り継ぎなしに到着できる。

 だがあの路線のホームに行くのがめんどくさい。

 同じ駅内なのに一駅分は歩く必要がある。


「じゃあいつもの様にブラブラするだけであたしは良いよ?」


 本当安上がりな女である・・・。



 政幸まさゆき茉莉まつりと駅地下から地上に出て街の中をブラブラしていた。

 ウィンドーショッピングばかりだが結構楽しい。


 眼鏡ショップに立ち入った時の事である。

 茉莉まつりは様々なサングラスを試着していた。

 茉莉は顔が小さいのでスタイリッシュなサングラスも良く似合っている。

 茉莉まつり政幸まさゆきにも様々なサングラスを進めて来た。

 茉莉まつりの手には政幸まさゆきの黒縁眼鏡が握られていた。

 正直あまり目が見えない。


「おじさん、眼鏡変えたら?」

「もっとカッコ良い眼鏡にしたらおじさんもカッコ良くなれると思うよ?」


 自分のダサさはよく解っている・・・。

 ほっといてほしい・・・。


 だが政幸まさゆきは以前、清掃員であり、政幸まさゆきが唯一社内で心許せる存在である茂田しげたに言われた言葉を思い出していた。


『それは見た目を変えようとしない事だ』


 茂田しげたは普段の行動や仕草で内面を変えれると言った意味で使った言葉なのだろう。

 だが人間は第一印象である見た目のウエイトが大部分なのは否定できない。

 人生の先輩である茂田しげたのアドバイスと思い眼鏡くらい変えてみるかと思った。

 しかし何が良いのかさっぱり解らない・・・。

 政幸まさゆき茉莉まつりの姿を見て茉莉まつりに選んでもらおうと思った。


茉莉まつりちゃん・・・茉莉まつりちゃんの言う通りおじさん眼鏡買い替えようと思うよ。」

「でもなに選んでいいかわからないから茉莉ちゃん選んでくれないかな?」


 茉莉まつりは目を輝かせていた。


「私が選んでいいの?」

「なんか夫婦の買い物みたいだよ~っ!」


 また例のジェスチャーをしている。

 もう慣れた・・・。


 茉莉まつりはとっかえひっかえ政幸まさゆきの顔に眼鏡のフレームをあてている。

 真剣に選んでくれている。




 3つ程候補があった。


「ん~っ、この中でどれが一番いいかな・・・。」


 茉莉まつりは真剣に選んでくれている様だ。


「どれもおじさんに似合っていると思うしな・・・。」


 茉莉まつりは選びきれない様だ。


「もういいよ茉莉まつりちゃん、これ全部買うから。」


「えーっ、もったいないよ。」


 眼鏡なんてケースに入れておけばいくらあっても邪魔になるものではない。

 値段も一昔の事を考えればそれ程高いものではない。


 政幸まつゆきは店員に購入する旨を伝えた。

 レンズ選択の際にも茉莉まつりにレンズの色を決めてもらった。




茉莉まつりちゃん、選んでくれてありがとうね。」


 政幸まさゆきは素直に茉莉まつりに対して感謝していた。

 茉莉まつりが居なければ眼鏡を購入する機会があっても現在使用している物と同じような物を購入しただろう。


「全然いいよ。すごく楽しかったし。」


 ついでといっては何だが、政幸まさゆき茉莉まつりにまだ頼みたいことが出来た。


茉莉まつりちゃん、この後の事なんだけどまだ買い物に付き合ってもらってもいいかな?」


 政幸まさゆきはこの際、スーツ、鞄など仕事に必要な物品を全て茉莉まつりに選んでもらおうと思っていた。


「もちろんいいよっ!」


 茉莉まつりは二つ返事で引き受けてくれた。





 政幸まさゆきは大量の荷物を抱えていた。

 スーツ、シャツ、ネクタイ、ベルト、鞄、靴、ネクタイピンなどの小物。

 両手に大きな紙袋をさげていた。

 正直歩くのも辛い。

 茉莉まつりに荷物半分もってあげると言われたが男女のペアで歩いている女性に荷物を持たせるのはさすがに政幸まさゆきでも甲斐性が無いと思った為それはやんわりと断った。



「おじさん、今日はいっぱい買い物しちゃったね。」

「でもそんなに買っちゃって、お金大丈夫?」


 茉莉まつりはちょっと心配そうな顔をしていた。

 地元への帰省代、茉莉まつりに贈ったプレゼント、そして今手に持っている商品代。

 結構な額を消費していた。


 だが無用の心配である。

 政幸まさゆきは社歴も長いし特に趣味もない。

 住んでいるアパートも都内にしては安アパートであり散財する要素が何一つない。

 まるで金の使い道を知らない様な生活を送っていた。


「おじさん、何年も同じもの使ってたからね。」

「そろそろ買い替えようと思っていたんだ。」


 嘘である。

 こんな機会が無ければ同じものを使い続けていただろう。


茉莉まつりちゃんが居たからね。」


 茉莉まつりはうつむいて鼻元から顎にかけ両手の五指で包み隠して真っ赤になっていた。


「わたしに選んでほしいって・・・。」


 何だか嫌な雰囲気をかもしだしている・・・。


「もう嫌だ、恥ずかしい!」


 そう言いながら政幸まさゆきの背中を何度も叩いていた。

 息苦しい・・・。



 茉莉まつりは落ち着きを取り戻していた。

 政幸まさゆきは両手に荷物を抱えしかも結構な距離を歩いている。

 すごく疲れた。

 茉莉まつりはニコニコと政幸まさゆきの顔を見ながら歩いている。

 まるで仲の良い親子の様に。


 政幸まさゆきは今日茉莉まつりが買い物に付き合ってくれた事を感謝している。

 ならばに対して報いるのが人というものである。


茉莉まつりちゃん、今日は本当にありがとう!」

「何かお礼しないといけないね。」


 本当に素直に出て来た感謝の言葉だった。


「お礼か~っ・・・。」


 茉莉まつりは上向き加減になり人差し指を口元に当てている。


「じゃあ、わたしあの店行きたい!」


 茉莉は右腕を水平に上げて指を指していた。


 政幸まさゆきが目を凝らして店を凝視した。

 店舗の前にはショーケースがありそこに飾られていたものは・・・。


 ウェディングドレスだった・・・。


 ウェディングプランナーの店舗の様である・・・。


「却下!」


 政幸まさゆきを確認すると拒否した。


「え~っ、いいじゃんお店覗くだけだから!」


 そんな訳があるはずはない・・・。

 うやむやにされて式場の予約までさせられるに違いない・・・。


「ダメ!」


「え~っ!」



 生産性の無い会話を繰り返し続けていた・・・。

 茉莉まつりに諦めさせるには骨が折れた・・・。


 大荷物を抱えた政幸まさゆき

 駅のコインロッカーには帰省した時の荷物まである。

 完全に買い物をする機会ではなかった。

 政幸まさゆき事を考えると少し憂鬱な気分になった。

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