第22話 帰京〈ききょう〉

 下野しもの茉莉まつりおそらく23歳。

 顔良し、スタイル良し、愛想良しと異性から意識される要素見受けられない女性。

 恵まれた容姿をもっているがそれを鼻にかけることはなかった為、同性からも悪く思われていない。

 性格も明るく笑顔を絶やさない。

 受付業務をしているのだが、来客の印象も大変良いようである。

 稼業中はそうでもない様だがイエス・ノーをはっきり言う性格である。

 異性から意識される頻度も多いようであるが、その性格が幸いしてか災いしてか、彼女の後ろには男達の墓標が数多く存在して居た。


 そんな彼女茉莉も境遇を見れば決して恵まれていたとは言えない。

 彼女の祖母は親戚関係を絶っていた。

 その為、親戚付き合いがないのである。

 彼女の花桜梨はこの世には存在死別して居ない。

 そして離婚歴がある。

 父は今でも居るのだろうが会った事はないようである。

 母の死後、伯父真司夫妻に引き取られそこで育ったが伯父である真司しんじも今は亡き存在となっている。

 その後は真司しんじの妻であり、花桜梨の親友でもあった伯母蛍子に愛情深く育てられた。

 茉莉まつりと血のつながった真司しんじの妻という事は他人という事である。

 一部例外もあろうが夫婦というのは他人同士の異性がパートナーとなって成立するものである。

 つまり茉莉まつりには血のつながった近しい人間は存在しないに等しい。


 事情を知らない他人がこの境遇を聞くと大抵の者は茉莉まつりを哀れむ事であろう。


 事情を知っている人間からするとは単なる偽善に過ぎないと馬鹿馬鹿しくなる。


 人の境遇が幸福か不幸かなんて当事者の自覚次第である。

 決して他人の秤によって決めつけてはならないものである。



 なら、当の茉莉まつりはどう思っているのだろう?


 をきっと不幸だとは思っていないはずである。


 茉莉まつり大変明るい性格をしている。

 一部例外茉莉に気がある男達を除き人当たりも良い。

 そんな茉莉まつりを見ていると本当に良い娘に育ったと思わせる。

 ただ本心は解らない。

 心の中の闇といった部分は本人以外にはなかなか理解できないものである。





 政幸まさゆき茉莉まつりは新幹線の中にいた。

 その姿は他人から見たら親子の様であった。

 娘に見られているであろう茉莉まつりは楽しそうにしていた。

 だが父と見られているであろう政幸まさゆきは呆けた顔をしていた。

 また、この親子茉莉・蛍子られていたのだ。




 政幸まさゆき茉莉まつり茉莉花まつりかのピアスをプレゼントして実家に帰った時、茉莉から電話があった。

 また強引に何かを約束させられる予感がしていた為出たくはなかったが、後でられると面倒なので一応出てみた。

 電話の相手は蛍子けいこだった。


「センパイいつむこう東京に帰るんです?」


 政幸まさゆきは実家に居る息苦しさから翌日の始発で帰ることを決めていた。

 今年の盆は五連休なのだが、帰省ラッシュの中帰るのも疲れるだけだといった理由もある。


「明日の始発の新幹線で戻るよ。」

「帰省ラッシュあまり好きではないからね。」


「そうだったのですか・・・。」

「実はセンパイに渡すものがあったのですけど・・・。」

「今日はもう遅いですし、申し訳ないのですけど明日の朝帰る前にに寄ってくれませんか?」


 政幸まさゆきは5時には家を出ようと思っていた。


「寄るのは構わないけど、相当朝早く出るつもりだけど大丈夫?」


「始発って言ってましたもんね、4時過ぎくらいに起きればいいですよね?」

「タイミング見計らって寄ってやってください。」


 その時間なら茉莉まつりも夢の中であろう。


「わかったよ、家出てから駅に行く前に寄るね、でも悪いね気を使わせてしまって。」


「いえ構いません、それでは明朝に。」





 政幸まさゆきは翌日約束通り蛍子けいこ茉莉まつりの家に来ていた。

 時間は4時半。

 普通この時間に尋ねたら常識はずれであり激怒されても仕方がない。

 気が引ける思いだったが呼び鈴を押した。


 しばらくすると玄関の明かりがついた。

 ドアが開いてそこにいたのは、茉莉まつりだった。

 手にはキャリーケースを引いて・・・。


「あの茉莉まつりちゃん、伯母さんは?」


 茉莉は不思議そうな顔をしてその問いに答えた。


「まだ時間だよ、まだ寝てるよ?」


 茉莉まつりは夢の中だろうと考えていたのだが、夢の中であったのは伯母である蛍子けいこの方であった。


茉莉まつりちゃん何でそんなに大きな荷物持ってるのかな?」


 茉莉まつりはニッコリ笑っていた。


「やだなおじさん、おじさんと一緒に帰るからに決まってるでしょ?」


 完全にられていた・・・。


 茉莉まつりは家の鍵を閉めていた。

 するとタクシーが家の前へに来て止まった。


「さあ、おじさん荷物いれて乗った、乗った!」


 実に用意周到である・・・。

 政幸まさゆきは呆けた顔で渋々タクシーへ乗り込んだ・・・。





 政幸まさゆきは新幹線車内でもまだ呆けていた。

 茉莉まつりは相変わらず楽しそうである。


「おじさんさ、茉莉まつりちゃんの伯母蛍子さんに渡したいがあるからって言われたから寄ったんだよね・・・。」

「すっかり騙されちゃったよ・・・。」


 茉莉まつりは不思議そうな顔をしている。


「騙してないよ?」

「渡したいって私の事だけど?」


 言葉の方便だと思ってはいたが朝からの出来事でもう気力すらない。


「伯母さんもわたしの事『渡したい』ってわたしは『おじさんの』って事になるよね?」

「それってもう親公認の仲って事じゃない!?」


 茉莉まつりはいつもの様に両てのひらを頬に当て体をくねらせている。


 もういい好きにしてくれ・・・。


 新幹線のぞみが数駅通過した頃、茉莉はモジモジしていた。

 トイレにでも行きたいのだろうか?

 ならば勝手に行けばいいと思っていた。


「おじさん・・・。」

「お腹空いてない?」


 空いてない訳がない。

 茉莉まつりの家からタクシーで駅まで連行されそのままホームで新幹線が来るまで茉莉まつりのおしゃべりに付き合わされていたのである。

 朝食を駅で済ませようと思っていたのだがそのタイミングを失ってしまっていた。

 朝食をとって居るはずはない。


「恥ずかしいのだけど、昨日お弁当作っておいたの・・・。」

「食べてくれるかな?・・・」


 茉莉まつりはハンドボストンから弁当を2つ出してきた。


「あんまり上手ではないのだけど、一生懸命作ったので食べてほしいな・・・。」


 政幸まさゆき茉莉まつりを避けようとはしていたが嫌悪している訳ではない。

 むしろ愛情もある。

 会社では底辺だが、そんな茉莉まつりが自分の為に一生懸命作ってくれた弁当を拒否するほど落ちぶれてはいない。


 弁当の蓋を開けると茉莉まつりの努力の結晶が出て来た。


 正直食欲をそそられるといった要素はあまりない。

 色合いが地味である。


 政幸まさゆきは箸をつけ口に放り込んだ。


 味は普通である。

 特質するものは何もない。

 だが褒めない訳には行かない。


茉莉まつりちゃん普通においしいよ?」


 少し失礼な言い方かと思ったが適切な表現ではあった。


 茉莉まつりは明るい表情をしていた。

 とても嬉しそうだ。


「わたしのおかあさん花桜梨って料理すごく上手だったらしいね・・・。」


 花桜梨かおりが家事が得意なのは知っている、だが政幸まさゆきは残念ながら花桜梨かおりの手料理は食べた事はない。


「わたしもおかあさん花桜梨みたいに料理上手になりたいんだよね・・・。」


 政幸まさゆきは酔いが回り潰れた時の茉莉まつりであろう人物の言葉を思い起こしていた。




『わたしは『おかあさん花桜梨』 になりたかったんだよ。』




 茉莉まつりは母の記憶は僅かしかない。

 そしてその花桜梨はもう存在しない。


 もし時の人物が茉莉まつりであったとしたら、茉莉まつりの目標は明確な基準を示していない事になる。


 漠然とした目標。


 政幸まさゆきにも経験があるが目標に向かうといった行動は立派な行動であるし明確な基準がある。


 茉莉まつりにはそのがなく目標の高さも解らないのである。


「でもきっとおじさんにわたしの弁当また食べたいって言ってもらえるようになるからね・・・。」


ね・・・。」


 茉莉まつりの最後の言葉を聞いた時、何故だか定まっていない目標が無くても大丈夫ではないかと思ってしまった。

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