第21話 贈物〈プレゼント〉

 政幸まさゆきは実家にいた。


 リビングの天井は煙で充満している。

 やる事がないので煙草ばかり吸っている。

 実家に居ると言ってもあまり居心地は良くはない。

 

 今だ家庭を持たず、孫の顔すら見せてくれない親不孝者の息子に対して、親の態度はどうも冷たい。


 やはり茉莉まつりを連れてこなくてよかったと政幸まさゆきは安堵していた。




 政幸まさゆきは親友である真司しんじ達の家から帰る際、茉莉まつりに自分も実家に連れていけとせがまれていたのである。


「わたしもおじさんの実家見てみたい!」

「おじさんのお父さんと、お母さんに挨拶もしたい!」


 冗談ではない・・・。

 それこそ罠にってしまう。

 茉莉まつりを紹介でもしたら見ぬ孫の顔が見たいがゆえのに出るに違いない。


 結局茉莉まつり蛍子けいこに戒められ諦めてくれた様だが、それで引き下がる茉莉まつりではなかった。

 プレゼントを要求されたのだ。

 何でそんな事しなきゃならないんだ・・・。

 正直そんな物渡す義理はない。


「おじさんの実家に行くのは諦めるから、何でもいいから手元に残る物をプレゼントして!」


 なんでもいいというのが一番困る。

 自慢ではないがこの歳になるまで家庭を持ったことなどない男にはプレゼント何て無縁だ。

 会社での女子社員からの評判も底辺だ、そんな男に縁のないプレゼントを選ぶ事なんて出来る訳がない・・・。

 色々考えてはみたが、交換条件の品は皆目見当がつかない。

 だから茉莉まつりにどんなものがいいかと聞いてみた。


「んーっと、たとえばとか、他にはとか、後とか・・・安くてもいいからとか・・・。」


 茉莉まつりには絶対に贈ってはならない物だ、絶対に婚約指輪だと言い切られてしまう・・・。




 政幸まさゆきは実家に居る居心地の悪さから外出することにした。


 故郷には政幸まさゆきの友人は居ることは居る。

 だが皆それぞれ家庭を持っている。

 独身で既婚歴のない政幸まさゆきにとっても居心地は良くはない。

 だから友人を訪ねる気は最初からなかった。

 居心地の良い友人宅は今は亡き親友の真司しんじ宅になっていた。

 亡くなってしまったとはいえ、故人と会話できるのは気持ちが落ち着く。

 まあ今は成長した茉莉まつりがいる限りそれは過去形となりそうであるが・・・。





 政幸まさゆき装身具ジュエリーショップに来ていた。

 地方都市とはいえそこそこの規模の街である。

 装身具ジュエリーショップなんて探せばいくらでもある。


 店内で茉莉まつりに似合うであろう装身具を探している。

 もちろん指輪以外の・・・。


 店内を見て回ってはいるが、指輪以外で何を贈っていいか見当もつかない。

 色々悩んでるとき、ふと目に付いたものがあった。


 ショーケースに飾ってあった、白い茉莉花ジャスミンのピアスだった。


 茉莉まつり茉莉花まつりかのピアスを贈る・・・何とも捻りがない。

 値段もそこそこする。

 だが政幸まさゆきはあまり店内に長居したくなかった。

 見るからにモテなさそうな中年にはこの様な装身具ジュエリーショップは死ぬほど似合わない。


 政幸まさゆきは店員を呼びつけショーケース内の茉莉花ジャスミンのピアスを購入した。




 政幸まさゆきは実家に戻っていた。

 茉莉への贈り物を購入して特に行く所も思いつかなかった為、そのまま帰ってきてしまったのである。

 リボンが付けられた小箱を指でつかみ眺めていた。

 こんなにも軽く小さいなものが、結構な値段がする。

 政幸まさゆきは装身具の価値の基準が良くわからなかった。

 無理もないいった物に全く縁が無かったからだ。

 別に金に困っては無いが、交換条件にしては高くついてしまった・・・。



 政幸まさゆきは実家の居心地の悪さから、この価値の解らない小箱を茉莉まつりに届けることにした。

 携帯電話スマホで連絡してから行く手もあったが、実家に取りに来られてはたまらない。

 茉莉まつりならそうしかねない・・・。

 だから連絡せずに向かうことにした。





 政幸まさゆき真司しんじの家の前に居た。

 呼び鈴を押すとトタトタと足音が聞こえた。

 どうやら留守ではないらしい。

 足音の正体は茉莉まつりだった。


「あっ、おじさん! いらっしゃい!」


 茉莉まつり政幸政幸の姿を確認すると、玄関から家の中へ政幸まさゆきの背中を押しながら招き入れた・・・相変わらず強引である・・・。


 政幸まさゆきは昨日と同じ仏間に通された。


 茉莉まつりはすごく機嫌がいい。


茉莉まつりちゃん、今朝約束したプレゼント持ってきたよ。」


 政幸は装身具ジュエリーショップで購入した小箱を茉莉まつりに見せた。


 茉莉まつりは両手で口を塞ぎ目を輝かせていた。


「おじさん・・・私嬉しい・・・。」


 茉莉まつりはものすごく嬉しそうな表情をしていた。

 茉莉まつりのその表情を見た政幸まさゆきは最初は贈り物をする事を嫌がっていた自分に対して何と狭量の狭い男だったのかと自己嫌悪していた。


「おじさんの気持ちは解りました。」

「わたしおじさんのプロポーズ受けます!」


 何を言ってやがる、この小娘・・・。


 部屋の開いたふすまの廊下には蛍子けいこが居る。

 蛍子けいこは顔を下向き、目で涙を拭っている仕草をしている。


「あたしもとうとう、おばあちゃんになるのか・・・時が経つのは早いねぇ・・・。」


 政幸まさゆきは今のこの状況から逃げ出したい気分だった。


「いやいや、指輪ではないから!」


 その言葉を聞いた蛍子けいこは真面目な顔をしていた。


「何言ってるんです? 冗談に決まってますよ?」


 政幸まさゆきはまたこの二人のペースに飲み込まれていた。

 まるで茉莉まつりが二人いるかの様な気分である・・・。


「おじさん、空けてもいい?」


 茉莉まつり政幸まさゆきに問いかけて来た。

 その問いに答えようとした政幸まさゆき茉莉まつりの耳たぶをみていた。


 ピアスホールがないのである。


 政幸まさゆきはプレゼントする相手のそんな確認も怠っていたのである。

 まあらしいといえばらしいが・・・。


茉莉まつりちゃんごめん・・・。」

「おじさん、茉莉まつりちゃんの耳にピアスホール無い事に気付いてなくて、ピアス買ってきてしまったよ・・・。」


 茉莉まつりはその言葉を無視する様に、政幸まさゆきから渡された小箱を開封していた。


「うあーっ、これ可愛い!」

「これって何の花!?」


茉莉花まつりかだね、アラビアンジャスミンの事だね・・・。」


「わたしの名前と一緒だね!」

「すごく気に入ったよ!」

「大丈夫だよ、ピアスの穴開けようと思っていたんだけどなかなか機会無くて空けてないだけなんだよね。」

「ピアッサーは実は持っているんだよね、ただ使ってないだけ。」

「いい機会だからこの際開けちゃうよ!」


茉莉まつりちゃん無理に開けなくてもいいよ、おじさんが失敗しちゃっただけだから、違うもの買ってあげるから無理しなくていいよ・・・。」


 茉莉まつりは顔の前に人差し指を立て左右に振っていた。


「わたしはこれが気に入ったの、本当だよ?」


 茉莉まつりはニッコリ笑っていた。

 プレゼントとしては失敗だったのかもしれない。

 だが茉莉まつりの笑顔を見ているとプレゼントして本当に良かったと心から思っていた。


「でも、ピアスの穴空けてこのピアス付けられるようになるまで最低一か月は架かるんだよね・・・。」


 茉莉まつりは上向きになり人差し指を口元に置いて考え込んでいた。


「おじさん、さっき違うもの買ってあげるって言ってたよね?」


 茉莉まつりは大変悪い顔をしている・・・。


「じゃあ指輪買って!」


 想像していた言葉がそのまま来てしまった・・・。

 絶対にを認める訳には行かない・・・。

 政幸まさゆき茉莉まつりを戒めるのにだいぶ苦労した・・・。

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