第20話 夢路〈ゆめじ〉

 酔い潰れた政幸まさゆきはそのまま親友である真司しんじの家で眠ってしまっていた。

 酒は好きだが、元々あまり強くはない。

 出された料理の美味さと思い出話がさかなとなりついつい飲みすぎ潰れてしまっていたのだ。


 政幸まさゆきは目を覚ました。

 まだ酔いは醒めていない、頭がくらくらする。

 立ち上がったら倒れこんでしまいそうだ。


 政幸まさゆきは布団の中にいた。

 辺りは真っ暗である、おそらく夜中であろう。


 酔い潰れた後、茉莉まつり蛍子けいこが介抱してくれたのだろう。


 小太り気味の政幸まさゆきは相当重かったのに違いない。

 酔って潰れている体なら尚更である。


 もうろうとする意識だったが政幸まさゆきは二人に悪い事をしたと思っていた。

 だが今は真夜中の様である。

 謝罪をする為部屋を訪れる訳には行かない。


 それと体が思うように動かない。

 もう一度寝てしまおう・・・。


 そんな意識の中部屋の中に人影がある事に政幸まさゆきは気付いた。

 今は盆時期である。

 故人である花桜梨かおり真司しんじが枕元に来てくれたのかなと思ったのだがそんな事はあるはずもない。

 これは政幸まさゆきの希望にしかすぎないのだから。


「おじさん・・・起きてる?」


 茉莉まつりの声だった。


 心配して見に来てくれているのであろうか?


 だが政幸まさゆきはその声の問いに答えてない。

 いや、答えられなかったのだ。


 今だ、もうろうとする意識下政幸まさゆきの背中に何か感触が感じられた。

 間違いない茉莉まつりの感触である。


 既成事実を作る気なのだろうか!?


 だが政幸まさゆきのその思考は杞憂だった。


 茉莉まつり政幸まさゆきの背中越しに囁くように声をかけていた。


「おじさん、わたしは『おかあさん花桜梨』 になりたかったんだよ。」

あなたおじさんに愛され続けられた『おかあさん花桜梨』 に・・・。」

「でも『おかあさん花桜梨』 の事はわたしはあんまり知らないの・・・。」

「だから写真の中の『おかあさん花桜梨』 に近づけるよう頑張ってきたんだ。」

「だけどそれ以外の『おかあさん花桜梨』 の事は解んないの・・・。」

「結局『おかあさん花桜梨』 と私は別人なんだ・・・。」

「わたしは『おかあさん花桜梨』 にはなれない。」

「わたしはずっと『おかあさん花桜梨』 に嫉妬していたんだよ・・・。」

「だけど気付いたんだ、わたしは『おかあさん花桜梨』 と違うから。」

「わたしなりに頑張ってみるって・・・天国の『おかあさん花桜梨』 に誓ったよ・・・。」

「やっぱり私にとっての最大の恋敵ライバルは『おかあさん花桜梨』 だったんだよ・・・。」

「でも天国の『おかあさん花桜梨』 に恋敵ライバル宣言しちゃったから・・・。」

「わたしは『おかあさん花桜梨』 にも負けないよ・・・。」


 政幸まさゆきは薄れゆく意識の中、不思議な感覚でその言葉を聞いていた。

 そんな意識下ではあったが、この言葉はなぜか政幸まさゆきの記憶にはりついていた。





 辺りはすっかり明るくなっていた。

 小鳥達のさえずりが聞こえて来た。

 政幸まさゆきは目を覚ました。

 頭がすごく痛い。

 二日酔いである。

 何度経験しても嫌なものである。

 なのにどうしてまた酒を飲んでしまうのか。


 政幸まさゆきはどうでもよい事を起きがけから考えていた。

 すると政幸まさゆきの耳元から囁くような声がした。

 茉莉まつりの声である。

 一緒の布団に入っている。


「おはよ、おじさん・・・。」

「昨晩は・・・す・ご・かっ・た・・・・・。」


 茉莉まつり政幸まさゆきの枕を奪い取りに顔をうずめていた。

 やられた・・・、既成事実を作られてしまったのか!?。


 そう思ってとしまったが着衣は乱れてはいない。

 あんなに泥酔していたのである、手を出せるはずはない。

 そう思うことにより少し安心していると政幸まさゆき達の居る部屋のふすまが開いた。


 そこには蛍子けいこの姿があった。


 蛍子けいこは斜め下向きに顔を下げ頭を右手でかいていた。


「全く、あんた達は・・・。」

「あたしゃー、年上の息子が出来る前に『孫』の顔見せられる事になるとは想像もできてなかったよ!」


 ひどい誤解である。


 釈明しようと思ったが、茉莉まつりが畳み込む様に言葉を発した。


「おじさん! 子供は男の子がいい? それとも女の子?」

「わたしはおじさんとの子供ならどちらでもいい・・・。」


 茉莉まつりは頬に両手のてのひらを置き体をくねらせて照れている。


 ますます話がややこしくなる・・・。

 あっけにとられている政幸。

 そんな政幸まさゆきに助け舟を出したのは蛍子けいこだった。


「まあ、冗談はそのくらいにして・・・。」


『わかっているのかよっ!』と突っ込みたくなったが頭がすごく痛い。


「朝ご飯できたから、センパイも食べてってください。」




 政幸まさゆきは台所の食卓へ案内されそこで食事をとって居た。


 白ご飯に卵焼き、焼き魚にほうれん草の和え物、そして味噌汁。

 手の込んだ朝食である。

 頭痛はあったが吐き気はない。

 味もすごくいい。

 特に味噌汁が体にしみわたり体の欲する栄養素を一気に染み渡らせる感覚がした。


蛍子けいこさん、昨晩は迷惑かけて申し訳ない。」

「ついつい飲みすぎてしまって・・・。」

「おれ昔と違って太っちゃってるから重たかったでしょ?」

「そんな俺を介抱してくれてありがとう。」


 蛍子けいこは気にもとめてない表情をしていた。


「いや、別に気にしてませんよ。あたしも楽しかったし誰かの為に食事を作るっての今はなかなか無いから、たまにはこういうのも良いものだと思いましたしね。」


 相変わらず蛍子けいこはサバサバした性格である。

 蛍子けいこと話していると当然の様に隣に座っている茉莉まつりが不機嫌そうな顔をして睨んできた。


「もう、おじさんの浮気者。」

「伯母さんとばっかり話して・・・。」

「昨日だってほとんど私がおじさんを介抱してあげたのに・・・。」

「朝だって私が起こしに行ってあげたんだよ!」

「わたしにはお礼の言葉はないの?」


 茉莉は顔を膨らませている。


茉莉まつりちゃんもありがとうね!」


 ついでに礼を言ったような感じに取られそうだが、茉莉まつりの膨れ顔は笑顔になっていた。

 チョロすぎである、今後が心配になる・・・。


 政幸まさゆき茉莉まつりの発言に何か腑に落ちないものを感じていた。

『朝だって私が起こしに行ってあげたんだよ』って所が引っかかっていたのである。

 あの真夜中の茉莉まつりは何だったのか?

 夢だったのか?

 あの時の茉莉まつりのささやきを確かに記憶している。

 どうも気になったのでをかけてみることにした。


「朝起きたら、茉莉まつりちゃんが傍にいたからびっくりしたよ。」


 茉莉まつりは照れ笑いしながら答えてくれた。


「伯母さんと朝食つくってからおじさんを起こしに行ったんだけど、おじさんの寝顔見たらついついお布団に潜り込んじゃったの。」


 今茉莉まつりは『伯母と朝食を作って起こしに行った』と確かに言った。

 伯母である蛍子けいこもあの状況を見て『まあ、冗談はそのくらいにして』と言っていた。

 情事を行うにもあまりにも短い時間から出た言葉だったのであろう。

 つまり茉莉まつり政幸まさゆきの布団に潜り込んだのは朝方という事になる。

 だが『寝顔見たらついついお布団に潜り込んじゃった』ってのだけは納得がいかない。

 茉莉まつりの今後がますます心配になってくる・・・。


 やはり真夜中の茉莉まつりではないのだろう。

 だが政幸まさゆきは昨晩の茉莉まつりだと思っていた人物のささやきがどうしても頭から離れなかった。

 やはり夢だったのだろう。

 納得は出来てはいなかったが、政幸まさゆきはそう思うことにした。

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