第19話 日記〈にっき〉

 茉莉まつりは仏壇の前で手を合わせていた。

 祖母と実母と育ての親である伯父に何を問いかけているのだろう?


 一方政幸まさゆきは不機嫌だった。

 この親子にまんまとられていたからだ。


 別に正直に話してくれたら逃げる様な事はしなかった・・・かもしれない・・・。

 ・・・自信はなかった。

 それを考えるとこの行動は必然なのかもしれない。

 よくよく考えてみると、逃げる必要も無い。

 そもそも何で俺は不機嫌なんだ?

 こう考えると馬鹿馬鹿しくなっていた。


 死者との会話が終わったのか茉莉まつり政幸まさゆきの居る方向へ駆け寄ってきた。


「おまたせ、おじさん!」


 いや、待ってなどいない・・・。


「おじさんと一緒に帰省したかったのだけど、おじさんに断れると思っちゃってどうせここ実家におじさん来ると思ってたから伯母さんにお願いして引き留めてもらってたの。」


 引き留める必要なんてない、政幸まさゆきより先に帰って待ち伏せすればいいだけの話である。


「おじさんここに私が居たら驚くだろうなと思っちゃって、ワクワクしていたよ。」


 驚くはずはない、ここは茉莉まつりの実家だ。

 政幸まさゆき以上に茉莉まつりにはここ実家に居る権利がある。


「そしたら夜寝れなくなっちゃってさ、朝起きたら寝過ごしていたの・・・。」


 遠足前日の子供かと突っ込みたかったが突っ込んだら茉莉まつりのペースに引きずり込まれる気がしたので我慢した・・・。


「でもおじさんと結局会えた!」

「やっぱりわたしとおじさんは縁があるんだね!」


 さっき、『伯母さんにお願いして引き留めてもらってた』という言葉はなんだったのだろう・・・。


 政幸まさゆきが座っている座卓の隣に茉莉まつりが座ってきた。

 政幸まさゆきは逃げるように身を離したが、茉莉まつりは更に寄ってきた。

 何度その動作を繰り返しても茉莉まつりは離れようとしない。

 このまま部屋の隅までも繰り返すつもりなんだろうか・・・。


茉莉まつりちゃん、ちょっと離れてくれないかな・・・。」


「ヤダもん・・・。」


 茉莉は拒否して、政幸の肩に頭を寄り添わせている。


「いや、目の前の君の伯母さんが呆れ顔で見ているんだけど・・・。」


 そこには食事の用意を終えて、配膳をしようとしていた茉莉まつりの伯母である蛍子けいこが呆れ顔で立っていた。


「見られも良いもん・・・。」


 政幸まさゆき蛍子けいこにこの姿を見られて気まずい気分になっていた。


「全く茉莉まつりは、昔からおじさんの事が大好きなんだから。」

「おじさん迷惑がってるから、離れてあげなさい!」


 そう言いながら配膳を行う蛍子けいこ


「さあさあ、離れた離れた!」

茉莉まつりも配膳くらい手伝いなさい!」



「えーっ、もうちょっとこうしていたいよーっ。」


 政幸まさゆきの傍から離れようとしない茉莉まつり

 蛍子けいこはため息をつき茉莉まつりに話かけた。


茉莉まつり、女子力おじさんにアピールするチャンスだよ!?」


 蛍子けいこがそう言うと、茉莉まつりは立ち上がり台所へ向かって行った。

 流石である。

 伊達に茉莉まつりの育ての親はやっていない、茉莉まつりの扱いには慣れたものである。




 政幸まさゆき達は食事を行っていた。

 メインディッシュは政幸まさゆきの故郷の産物である牡蛎かきを材料とした、牡蛎かきフライである。

 故郷の産物といっても今の時代、このくらいのものは全国的に食す事はできる。

 特に首都圏なら何でも食べられる。

 だが蛍子けいこなりの気遣いなのであろう。

 ならば有難く頂くのが礼儀というものである。


 出されたメインディッシュはビールとの相性が抜群であり、ついつい飲みすぎてしまう。

 政幸まさゆきの隣には当然の様に茉莉まつりが居てお酌をしてくれる。

 一体どこのキャバクラかよと突っ込みたくなっていたが、茉莉まつりなりの女子力のアピールなんであろう。


「センパイお口に合いますか?」


 蛍子けいこ政幸まさゆきに問いかけていた。


「うん、おいしいよ。」


 お世辞でも何でもない、実際にものすごく美味い。


「お好み焼きにするか迷ったんですけど、あればっかりはお店で食べる方がおいしいですからね。」


 良い心がけである。

 普通に家庭でを作れるだけでもたいしたものだが、確かに家庭で作るより店の方が断然に味が良い。

 それに政幸まさゆきは既にを食していた。

 駅に着き新幹線から飛び降りると一目散にお好み焼きを食べに行っていたのだ。

 まさに故郷のソウルフードであった。

 その時も軽くビールを飲んでいたのだが、蛍子けいこが作った牡蛎かきフライもそれに負けず劣らずビールが合う。


 昔の思い出話が盛り上がっていた事もあり非常に楽しい時間だ。

 更に酒が進む。


「しっかし、この茉莉は昔から『おじさん、おじさん』だよね~っ。」

「あたしゃー自分より年上の息子なんて欲しくはないよ!?」


 蛍子けいこも酒が進んでいるのか、悪質な冗談が飛び交っている。


「小さな時もおじさんの事好きだったけど、おじさんが居なくなった時に伯母さんがくれた、おかあさんの日記読んでたらね、ますますおじさんの事好きになっちゃったの!」


 茉莉まつりは両手を頬に当て体をくねらし始めた。


 政幸まさゆきはもう相当酔いが回っていた。


花桜梨かおりちゃんの日記か・・・。茉莉まつりちゃんその日記読んで俺の事好きになってくれてたのか・・・。)


 気遣いの出来る花桜梨かおりの事である。

 花桜梨かおりの中に出てくる政幸まさゆきの事を悪くは書いていなかったのであろう。

 彼女らしい・・・。

 彼女は優しくて、気遣いの出来る女性だ・・・。


花桜梨かおりちゃんの日記か・・・ちょっと怖いけど一度読んでみたいな・・・。)


 花桜梨かおりの事を考えていたら気分がすごく良くなってきた。

 非常に心地が良い。


 政幸まさゆきは酔い潰れていた・・・。

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