第7話 あしながおじさん
この会社には女性社員から話題になる中年の社員がいる。
話題と言っても決して良い話題ではなく女性社員からは特に嫌われているといったネガティヴな面での話題の人物である。
頭髪には白いものが混ざり、おでこがやたら広く髪は後退していた。
その丸顔には、視力が悪いのか黒縁の眼鏡をかけていたのだが、決してスタイリッシュではないその眼鏡が
腹部は中年特有のビール腹をしており、背の高さも近年に入社する女子社員より低い事もある為決して高くはない。
近年の禁煙ブームから喫煙者の立場が悪くなり禁煙する社員が増える中、その中年社員はヘビースモーカーである。
当然歯は黄ばんでおり不潔さを演出していた。
そして何より女性社員にウケが悪かったのが、恥ずかしげもなく腕に付けられた黒いアームカバー。
食事に行く際外出する時もそれを外すことはなく食事に出かける。
しかも上着を羽織る事もなく白シャツ姿で外出するのである。
無論その中年社員を食事に誘う社員は存在しなかった。
会社での立場は万年ヒラ社員、会社のお情けなのか『主任』という立場だということがこの中年社員の名刺に見受けられるが、誰一人その中年社員を『主任』扱いする者は居なかった。
この中年社員は結婚歴なし、当然だが離婚歴もない。
今は都内の安アパートに一人暮らしをしている。
長年女性社員の中での、『上司にしたくない男性社員No.1』、『恋人にしたくない男性社員No.1』、『結婚したくない男性社員No.1』の堂々の三冠を獲得し続けており異性のみならず、同性からもあまり良く思われては居なかった。
しかしこの冴えない中年社員は今年の新入社員が研修を終え部署配属された時より、別の意味でさらに注目を浴びることとなる。
昼休憩直前、冴えない中年社員は、両手の人差し指を立て慣れない手つきでパソコンに伝票入力をしていた。
別に体が不自由な訳ではない。単に人差し指でのみしかキー入力出来ないためである。
その姿が虫みたいで気持ち悪いと女性社員の達の話題になった事もあった。
休憩時間に差し掛かった頃一人の女性社員が、この中年社員に近づいて行った。
右手を上にあげ
少々オーバーなジェスチャーだが中年社員に自分の姿を認識させたいのであろう。
「おじさん!お昼時間だよ、一緒にご飯食べよ!?」
用のない限り中年社員に話しかける人物は社内には居ないのだが、この女性社員は人目を
「ああ、
苦手なパソコン作業を続けていた中年社員がその声に反応する。
だが、その女子社員に何ら関心がない表情をしていた。
会社の顔でもある受付業務を担当しており、容姿端麗。つまりかなりの美人でスタイル抜群、おまけに若い。
部署配属された際、男性社員の注目の的となっていた。
多くの若い社員や
多くの男性社員を気にも留めず葬ってきた
誰がどう見ても釣り合いが取れていない。
最初は誰もが冴えない中年社員を珍獣かなにかと同様の興味でからかっているのだと思っていた。
特に彼女に対してアプローチをかけていた男性社員達にはそう信じられていた。
しかしどうもそれは違うようである。
中年社員の事を『おじさん』と呼んでいる事から、親戚か何かという事も考えられていたがそれもどうやら違い血縁関係はなかった。
「もう、相変わらずおじさんの
他の女性社員に虫みたいで気持ち悪いと罵られていた姿を可愛いと表現する
中年社員はその発言を無視するかのように少しため息をつき
「
そう言い聞かせようとする中年社員に対して、周囲に気を配ることなく元気に応える
脚をピンと伸ばし、腰を折り中年社員の顔に自分の顔を近づける。
「いいじゃない、おじさんはわたしにとっての『あしながおじさん』なんだから!」
顔が近すぎると少々慌てたがここで慌てる態度を見せたら
中年社員は椅子の背もたれに深く腰掛け
「私は資産家ではないし、君は孤児ではない・・・。」
「私は足も短足だし、ましてや君から一度だって手紙をもらった事などない・・・。」
そんな中年社員の言葉を無視したかの様に
右
「知ってます? 《あしなが》おじさんの足が長い理由!?」
「あれって廊下で太陽の影響で長くなっていた
「それにね、資産家と孤児は最後には結ばれるのです!」
「という事は・・・わたしとおじさんも結ばれるって事ですね!」
「もうヤダ恥ずかしい!」
一人で語って一人で話を完結してしまう
両手を頬に当て体をくねらせている。
照れた姿がとても
「まあ、いずれ結ばれる二人でしょうが、今はお昼時間さっさと二人でご飯にしちゃいましょう!」
強制的に
その周辺にいた男性社員からは嫉妬の嵐。
――・・・なんであんな中年ハゲのごくつぶし野郎が我が社のアイドルに相手されているんだ!?
――・・・意味が解らねぇ・・・。
などと数々の男の嫉妬を浴びていた。
中年社員はそれに気付いていたが、当の
これが一般的な常識内におさまっている事ならば優越感に浸れるのかもしれない。
だが、誰がどうみても不釣り合いである。
中年社員は男達の嫉妬の視線を浴びながら茉莉と共に昼食へと向かっていた。
当然黒いアームカバーを腕に付けたまま・・・。
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