第5話 往日〈おうじつ〉(5)

 真司しんじとの下校時、真司しんじの母が出かけるにはまだ時間があると、河川敷に寄り道をした。

 この地域での水源となっている一番大きな一級河川である。

 中学生である二人には喫茶店などで時間を潰すなどといった小遣いもなく河原で会話を続けていた。


 真司しんじはその際、あまり話したがらなかった家庭の事を話してくれた。


 両親が離婚していること。

 真司しんじ自身幼すぎて記憶が曖昧なのだが、母が身重だった状態にもかかわらず出て行ってしまった顔も知らない父を恨んでいる事。

 その後、祖母の家に暮らし花桜梨かおりが生まれたこと。

 祖母が亡くなり暮らしていた祖母の家を母の兄弟に取られ住む場所を失った事。

 母が女手一つで真司しんじ花桜梨かおりを育ててくれた事。

 母を少しでも助けたいと高校には行かず働こうと決めていたが、せめて高校くらい卒業しろと母に説得され学費の安い近場の県立の高校を目指していること。

 家計を少しでも助けたいとアルバイトを探したが、中学生を雇ってくれなくて無力な自分を実感したこと。

 でも近所の親父さんが新聞の配達所を経営していた為、新聞配達のアルバイトをさせてくれた為今もそれを続けていること。

 新聞配達のアルバイト代を家に入れようとしたが、母に拒否されそれは全て貯金している事。

 社会に出たらたくさん稼いで母に楽をしてもらいたと考えていること。


 真司しんじの話を聞いている内に正幸まさゆきがいかに恵まれており、自身が甘えているのが感じられた。


 真司しんじ花桜梨かおりの事も話してくれた。


 幼い頃とても泣き虫だった事。

 父が居ないことで差別されていた事。

 母が夜の仕事をしていることでクラスメイトに馬鹿にされていた事。

 そのことが原因であろうか友達があまり居ない事。

 でも母の事が大好きで、幼い頃から家事を手伝っていた事。

 性格はおとなしく、自己主張が苦手な事。

 真司しんじとの関係は極めて良好な事。


 話を聞いている内に政幸まさゆきは自身が情けなく感じていた。


「俺、真司しんじ達と比べたら甘いな・・・。」


「いやなに、普通の家庭で生まれたら、親に甘えるのも当然だよ。俺だって小さい時は母ちゃんに甘えてたしな。」


「でも今のお前は立派だよ。」

「母さんを助けたいって目標があるしさ、俺にはやりたいこともない、勉強も嫌いだからなにもやってねぇ。」

「金さえ払えば私立くらいは入学出来るから、とりあえず高校に行くけどその後の事は何一つ考えてない。」

花桜梨かおりちゃんにしても真司しんじ見ていたら、俺なんてただの自己中な男にしか見えないと思うだろうな・・・。」


「なら花桜梨かおりの事あきらめるか?」


 ニヤけた顔で真司しんじ政幸まさゆきに問いただした。

 まるで政幸まさゆきの回答が解っているかの様な表情だ。


「いや・・・、絶対あきらめたくない・・・。」


「だろ?」

「まあ、俺らまだ中坊だしな、将来設計なんて考えてる奴なんてほとんどいないと思うぜ。」

「まあ何だ、よく解んねぇがおまえなら大丈夫さ。」


 日もすっかり傾き、あたりは夕刻、烏の鳴く声、近くに見える駅には列車が到着し下車する学生たちと、乗車する仕事を終えた大人たちの帰宅の人混み。


「さあ、行こうか政幸まさゆき。」


「ああ・・・。」


 二人の少年は帰宅の途についた。




 真司しんじの家の周辺は一軒家が所狭しと立ち並び特に大きなマンションなど見受けられない道路の狭い区画だった。

 主要道路から少し離れており割と静かな所ではあったが商業施設等も近くになく車がなければとても不便な場所であった。


「もうすぐ俺ん家着くぞ。」


 真司しんじがそう語り目の前にあるアパート。


 壁にヒビが入り、二階への朱色に塗られた階段には錆が浮かんでいた。

 お世辞でも良い環境とは言えない。

 やはり錆の入った集合ポストがやたら目に入り住居数を示していた。各部屋の前には洗濯機が設置されており居住空間の狭さを物語っていた。


「すげぇボロだろ。」

「家族三人ワンルームだぞこれ、政幸まさゆきみたいに自分の部屋あるの羨ましいぞ。」


 少し気恥ずかしそうに語る真司しんじ

 真司しんじの境遇は恵まれているとは言い難い。


 そうこう話していると、人影が階段を下っていた。


「あら、真司しんじ、おかえり。」


 女性にしては背の高いスラっとした中年女性、派手な化粧と派手な衣装から水商売の女と想像できた。


 真司しんじはその女性の姿を確認すると複雑な顔つきをしていた。


「母ちゃんだよ、政幸まさゆき。」


「あら、お友達?」

「珍しいわね、真司しんじがお友達を連れてくるなんて、小学校以来かしら?」


「初めまして、下野しもの君とは一年からの友人で矢野やのといいます。」


真司しんじの母です。」


 挨拶を交わす真司しんじの母と政幸まさゆき


「おばちゃん、これから仕事あるから出かけるけどゆっくりしていってね。」


 愛想の良い真司しんじの母は、真司しんじから語られた苦労は微塵も感じられなかった。


「そうそう、中にこの子真司の妹居るけど大丈夫? 家狭いからね・・・。」


「大丈夫だよ母ちゃん、さあ、仕事行った行った!」


 真司しんじは母を政幸まさゆきにあまり見られたくないのか母に対して仕事へ行けと促していた。


 ちょっとムッとした表情を見せる真司しんじの母。

 しかし表情は一遍として愛想笑いとなり真司しんじを無視して政幸まさゆきに話しかける。


「じゃあね、矢野やの君、真司しんじをよろしくね!」


 仕事に向かう為主要道路の方向に歩いている真司しんじの母の姿を確認して真司しんじは気恥ずかしそうな表情を浮かべながら政幸まさゆきに話しかけた。


「わりぃな政幸まさゆき、うちの母ちゃんあんなんで。」


「別に気にしてないよ、良さそうな母さんじゃないか。」


「まあ、実の母親ながら悪い人間でないのはわかるが、なんせ客商売しているから、愛想は良いんだよな。」


 真司しんじは母親を褒められたのが良かったのか、気恥ずかしい表情は無くなっていた。


「それより政幸まさゆき花桜梨かおりに会う覚悟はできているか?」


 予定になかった真司しんじ達の母親の登場により場はにごされていたが当初の目的は花桜梨かおりに謝罪することである。

 いざその状況を目前にしてみると躊躇していないとは言い難かった。

 だがここまで来てしまった以上、覚悟せねばならないし、するべきであった。


「ああっ、真司しんじ覚悟したよ。」


 政幸まさゆきの言葉を確認した真司しんじはゆっくりとアパートの階段を自室に向かって登っていった。

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