第2話 往日〈おうじつ〉(2)

 人目を憚らず実行したある意味情熱的な告白から翌日、当然ではあるが少年は校内では誰もが知る存在となっていた。


 登校時、少年の存在に気付いた生徒達が噂話をしているのに気付いた。

 学校へと近づけば近づくほどその数も多くなっていた。

 とても不愉快だったが少年はそれをあえて無視していた。

 自分にこれだけの好奇の目を向けられているのだから、当然告白した花桜梨かおりにもそれは向けられていることだろう。

 少年は自身の行った行動によって、一目惚れとはいえ最愛といえる少女を今自身が受けている境遇に陥れてしまっていた事が想像できた。


(カオリちゃん大丈夫だろうか・・・?)


 少年は花桜梨かおりの事は当然何も知らない。

 彼女の姿を想像する。

 いかにも儚げでおとなしそうな彼女の姿。

 今自身に向けられている好奇の目が彼女に向けられたら彼女には耐えきれるだろうか。

 少年は改めて自身の軽はずみな行動に対して後悔していた。


 校門を抜け下駄箱に差し掛かると好奇な目はピークに達していた。

 軽く怒りを覚えたがあえてそれを無視し自身の教室へと足早に向かった。


 3年1組教室、少年のクラス。

 教室に入るとやはり少年は学友達に好奇の目で晒されていた。

 自業自得と自身の机に座った。


 少年に話かけつらかったのか、クラスメイトに誰一人話しかけられなかった少年に対して沈黙を破る様に一人の少年が話しかけてきた。


「おはよ、政幸まさゆき!」


 政幸まさゆき、クラスメイトいや校内の好奇の目を一身に浴びせられている少年の名であった。


「おはよう、真司しんじ・・・。」


 背が高く政幸まさゆきより頭一つ抜けている真司しんじは笑顔で政幸まさゆきに話しかけた。


「なんだ元気ないな!」


「まあな、色々あってさ・・・。」


「まあ、想像つくけどなっ!」


「だろうな・・・。」


 真司しんじは続けた。


「今や校内の誰もが知る有名人 矢野政幸やの まさゆき!」

「一年生にちょっかいかけて泣かれた三枚目!」

「いやぁー、俺ならこっ恥ずかしくて不登校になるわ!」

「なのにおまえときたら、学校休まず感心!関心!」


「おまえなあ・・・。」


 名で呼び合う友人である真司しんじ

 毒気のある内容にも嫌味すら感じられない。

 むしろ真司なりの気遣いが感じられ、登校時に感じていた不愉快さもすこし和らいだ感じがした。


「で、どうよ?」


「何がだよ?」


 政幸まさゆき真司しんじが聞きたい内容は大体想像できたがあえて惚けたふりをした。


「とぼけんな! おまえと噂になっている一年の子の事だよ!」


「ああ、それね・・・。」


「下校時、人目がピークに差し掛かった下駄箱前、情熱的にも人目を憚らず行った愛の告白!」

「そして当の女子に泣かれ、蒼白する政幸まさゆき!」

「更には告白した女子の友達に張り倒される始末!」

「いやぁ、俺なら自宅に引きこもるな!」


 おかまいなしに痛いとこをついてくる真司しんじ


「いやさ、それなんだよ・・・。」

「俺が告った子、俺のせいで俺と同じ目に合ってないか心配でさ。」


「で、大丈夫だったのかよ?」


「いや、思った以上に噂広まってて、俺注目の的でさ確認すらできてない・・・。」


 いつもならふざけた口調で行われる会話のキャッチボールが相方の暴投により止まりがちである。


(これは相当落ち込んでるな。)


 真司しんじは話を続ける。


政幸まさゆきよぉ、おまえは今校内の噂の的だ。 そんなおまえがのとこいってみろ、注目の的だぞ?」

「まあ、その件は俺に任せな! しっかり確認してきてやるよ!」


真司しんじ・・・。」

「てめぇ・・・。ただ単に俺が告った相手知りたいだけだろ?」


「バレバレか!」


 真司しんじとの何気ない気遣いにより憂鬱だった気持ちも幾分晴れ政幸は抑えきれない気持ちが更に大きくなった。


(謝ろう。とにかく謝ろう。まずはそこからだ。)


「しかし政幸まさゆきがな・・・。」


「何だよ。」


 ニヤけ顔をする真司しんじ

 先程のふざけながらも政幸まさゆきに対しての気遣いが感じられない表情をする。


「おめぇ、浮いた話殆ど無かったからな。」

「春に卒業した椿つばき先輩くらいかなちょっとした噂になったのは。」


「いやいや、椿先輩は単に俺の事いただけだろが。」

「『矢野やのちゃん』って取り巻き達に囲まれて、集中攻撃受けていただけだぞ?」

「体操着姿見かけた時なんて『あたしの脚見やがって』って当分続けられたしな。」


「いやいや、羨ましい、まさに期でしたな!」


「単にさらし者になっただけだろよ!」

「大体、男に対して付けはないだろ?」

「人目も憚らず取り囲まれてだぞ?」

「あの時どれだけこっ恥ずかしかったか・・・。」


 真司しんじは先程より少し真面目な顔をしていた。


「まあそういう事だな。」

「おめぇの恥ずかしい思いをに対して、おめぇはやっちまったって事だ。」


「解ってるよ、今は後悔してる。」


「まあ、何にせよ今の状態では、の心を射止めるのは難しいって事だな!」


 真司しんじは微笑みながら話を続けた。


「しかし椿先輩なかなかかわいかったよな。」


 椿つばき美春みはる政幸まさゆき達の一学年上の先輩。

 学区は違ったが政幸まさゆきとは小学5年の時、政幸まさゆき通っていた剣道道場で知り合った。


 政幸まさゆき家族はこの年家を購入しこの土地へ引っ越してきていた。

 剣道は好きであった為、この地でも続ける事に決めていた。

 しかし、見知らぬ土地で友人すら居ない不安な状況。

 その際、知り合ったのが椿先輩であった。

 椿先輩は世話好きで面倒見が良く、この頃の政幸まさゆきにとっては好感を持つ存在であった。


 しかしながら、政幸まさゆきが中学へ進学して椿先輩と同じ中学に通うことになった時から、椿先輩の態度に変化が見られた。

 政幸まさゆきの姿を見るたび政幸まさゆきをからかい続けるのである。

 椿先輩は結構たのか、政幸まさゆきは一年上のヤンキー不良に目を付けられでもない目に合うこともあった。


 時が経てば単に、お気に入りのかわいい後輩をからかうだけの行動にすぎないのだが、つい最近まで小学生だった政幸まさゆきにとっては耐えがたい状況となっていた。


 その様な行動を政幸まさゆき自身が花桜梨かおりに対して行っていたのである。


「俺も椿先輩の事は責められないな。」


 話の腰を折られた真司しんじだったがそれを責めることなく何かを理解した表情をしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る