生涯貴女を愛し続けます!

杉田浩治

第1話  往日〈おうじつ〉(1)

「貴女を愛しています!」


頭を垂れた少年からの言葉。

表情すら確認は出来ないが、少し震えた両肩、大きく震えた差し出した右手、明確な初告白。


差し出された右手の先の少女からは、明らかな戸惑いの表情。

口元に当てられた右手の五指の間より、震える唇が窺える。

沈黙の中、少女の気持ちを一番表現できる瞳は潤っていた。


そんな表情を知らずに言葉を続ける少年。


「貴女を愛しています! どんな時も! 貴女に嫌われていようとも! 貴女がどんな状況であろうと! 貴女が僕以外の他人を愛していようと! 貴女を幸せにしたい!」


そして頭をそっと上げながら、


「生涯貴女を愛し続けます!」


少年ながらの不器用ながらありったけの思いをぶつけた眼前には少女ではなく、いや少女ではあるが別の少女。

沈黙の中別の少女の一番感情表現達者な瞳の表現は真剣。

別の少女の瞳から目が離せない。


少年は困惑していた。

一世一代の告白をした相手が一礼した間にすり替わっていたからだ。

その状況に置かれた少年は動揺していた。


(いや、何で、別の女が目の前に?!)

(やべぇ、俺こいつに間違って告白したのか?)

(とっ、とにかく誤解を解かなくては!)


別の少女の視線から目を逸らすと、その先には思いを伝えるべき少女が後ろを向き両手で顔を覆い隠していた。

肩をわずかに震わし、先ほど少年が確認することの出来なかった瞳からはおそらく大粒の涙を流していることだろう。


(何で彼女泣いているんだ?! 俺が目の前で他人に告白したからか?! しかし彼女と俺は・・・。)


更に動揺している少年の右耳に激しい痛覚が、


「いてぇ!」


痛覚の原因はすり替わっていた少女、思いっきり少年の右耳をつねられていた。


「ちょっとあんた、いい加減にしなさいよ、花桜梨かおり泣いちゃったじゃないの!」

「大体何なのよ?!こんな大勢人のいる中突然大声で告白って!」


確かに周囲には人だかり、突然の珍事に皆の注目を集めていた。


少年の行動に怒りを覚えたか、気恥ずかしさからか少年の右耳をつねっている左指に更に力が入る。


「いててててっ!わかった、わかったから!その手を放してくれ!」


「あっ、ごめん・・・。」


すり替わっていた少女は、少年の右耳から左指を解放した。

ほんの一瞬先までは怒りを露わにしていた意外な言葉、結構素直な娘なのかもしれない。

しかしながら間髪入れず、


「しかしね、ちゃんと説明しなさいよ! 一体どういうつもり! 下校時の下駄箱で突然の告白って! 嫌がらせ?!」


少女のペースについていけない少年の心境はただ誤解を解くことだけだった。


「いや、君に告白した訳では・・・。」


その瞬間大振りの平手打ちが少年の右頬に命中。


「当り前じゃない! 私にそんなことしたらタダでは済まさないわよ! 花桜梨かおりの事よ! こんな大勢いる中見ず知らずの男から突然の告白ってあの娘の気持ちも考えて!」


既にタダでは済まされていない少年、先ほどの評価は訂正、結構素直ではなく、単なる暴力娘と。

しかし少年は、単なる暴力娘の評価より重要なことに気が付き思わずつぶやいた。


「そっか・・・カオリちゃんって名前なんだ・・・。」


その一言を聞き逃さなかった通称暴力娘。


「えっ?!」


少年は通称暴力娘に対して一咳置いて、


「おい、カオリちゃんってどんな字書くんだ?! ひらがなでかおりか?! 花とかの香りか?!」


少女は確信した、この男はダメだ、名前も知らない相手に対して告白なんて単なるナンパ野郎に違いない。


「あんたね、名前も知らない相手に告ったの?」


「ああっ、だって一目惚れだから。」


「下校時のこんな人だかりのある場所で?!」


「カオリちゃんを見かけた瞬間ビビッと来てさ、この人しか居ないって直感、気付いたら告白してた。」


「この軽薄なナンパ野郎・・・。」


「ナンパ野郎って失礼だろ! 俺だって初告白だったんだ! せめて情熱的とか積極的っていってくれ・・・。」


「はいはい、その情熱的なお兄さん、じゃあさ、その情熱と積極さで、あの娘まだ泣いているんだけど?」


「あっ・・・。」


突然の告白を告げられた花桜梨かおりは完全に座り込み、只々静かに泣いていた。

その姿を見て少年は冷静さを取り戻し心苦しさを覚えた。


「一目惚れってあたしにはよく解んないけど、惚れた相手泣かしちゃね、あんた幸せにしたいとか言ってたけどそれって本気には思えないのだけど?」


確かに正論だった。

自分の気持ちを抑えられず、真直ぐな行動をしたせいで相手を傷つける。

少年は後悔したが、後の祭りであった。

泣いている花桜梨かおりを何とかしてやりたい、しかし泣いている原因は自分にある、今の少年には花桜梨かおりを支える資格がなかった。


「今の俺が何したってダメだと思うから、悪いけどカオリちゃんの事頼めるかな?」


花桜梨かおりはあたしの親友、あんたに言われなくてもそうするわよ。」


「ごめん・・・。」


「その言葉、言う相手が違う。これにたら二度とこんなことしないでね?」


「でも俺は本気だから。」


「その言葉も相手が違う。」


花桜梨かおりに対して少女は膝を折りで何やら話しかけ、彼女に接していた。

常に笑顔を浮かべやさしい表情で粘り強く。

やがて花桜梨かおりも落ちつき立ち上がり帰路につく。


(あの暴力娘、親友って本当なんだなあんなに彼女の為に俺に怒って、そして今は彼女を気遣っている。)


注目を集めた該当者が一人になってしまい人だかりも解散する中、帰路につく二人の少女を眺める少年。

眺めるというより相手を自分の身勝手から傷つけた罪悪感から立ち尽くしているだけだった。


その際、わずかに振り向いた花桜梨かおりと目が合ったが一瞬で逸らされてしまった。


「やべぇ、完全に嫌われた・・・。」


思わず感情で動いてしまった行動が、少年の望みもしなかった結果となり、後々まで後悔する状況を招いていた。

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