第2話 覚悟
市長から呼び出しがあった。
菊池は市長の事務室へと向かう。
市長室のドアは開きっぱなしだ。
「菊池、入ります」
菊池は挨拶を済ませると、そのまま市長の机の前までいく。
横を見ると、山本がソファに座っていた。
菊池に軽く会釈するとそのまま目を閉じている。
「市長、何か事案が発生しましたか?」
菊池は単刀直入に聞く。
市長は少し笑ったが、すぐに真剣な顔つきになり菊池を見つめる。
「菊池君、隊員の松本君は知っているね」
「もちろんです。 若いながらも、かなり優秀な人材です。 確か今は・・休暇で街に出掛けていると思いますが・・」
菊池の返答に市長はうなずく。
「うむ・・山本さん、お願いします」
市長の言葉に山本が立ち上がる。
菊池の横に来て、市長の机の上に一枚の写真を置いた。
菊池がその写真を手に取る。
写真を握ったまま動かない。
少し手が震えているようだ。
菊池は無言のまま、その写真を元の場所に戻す。
菊池は市長を見つめる。
市長は一度目を閉じると、ゆっくりと開け、話し出す。
「菊池君・・先日、麻薬の持ち込みなどで木村邸を排除したでしょう。 その本丸の連中の仕業のようなのだよ」
市長の言葉に続き、山本が話す。
「菊池君・・これは明らかに見せしめだね・・酷い・・松本君・・その・・両足の指が全部なくなっていたそうだよ。 それに手も左の小指全部と薬指の第二関節までが失われていたそうだ。 ご遺体と一緒にこの写真が添えられていた・・とても人のできる所業じゃない」
菊池は不動の姿勢で聞いている。
「ふぅ・・松本も特区の隊員になったのです。 いつでも死ぬ覚悟はできていたはず・・」
さすがに菊池も言葉に詰まる。
「菊池君・・特区の外での事案だ。 我々では直接は関与できない」
市長が言う。
「はい、了解しております。 まずは松本を見てきます。 それでは失礼します」
菊池は丁寧に市長と山本に挨拶をし、部屋を後にした。
◇
山本がつぶやくように言う。
「市長・・菊池はおそらく冷静を保てるでしょう。 ですが、特区の外での事案。 それにしても酷すぎますね・・」
「山本さん、この国の秩序が弱いのですよ。 まぁ何が起こっても特区の住人は守りますけどね」
「市長・・」
「えぇ、わかっています。 例外は作ってはいけないのでしょう。 ですがね・・人としてこれは法を超えたものですよ」
市長は椅子に深く座り直す。
◇
<菊池>
松本の遺体が安置されている場所にいた。
他の隊員たちも松本の傍で立っている。
「隊長・・松本ですが・・」
隊員の一人がそう言いながら、松本に掛けてある白い布をゆっくりとめくる。
何もしゃべることのない人がそこに居た。
全く動くことはない。
顔はひどく腫れあがっている。
おそらく執拗に殴られたのだろう。
息もできなかったかもしれないくらいだ。
菊池はスッと目線を動かして、松本の足先を見た。
・・・
すべての指が失われている。
切断面はきれいだ。
鋭利な刃物で行われたのは間違いない。
手はどうだ?
菊池は静かに、そして丁寧に松本をみていく。
なるほど・・左指の小指が全部ない。
薬指も第2関節まできれいに切断されている。
ジワジワと恐怖と共に責め続けられたのだろう。
松本が一言もしゃべらなかった証拠だ。
右手は?
こちらはきれいに全部揃っている。
・・・
菊池は松本の身体をゆっくりと見定めて、白い布を優しくかけた。
菊池は両手を合わせて静かに祈りを捧げる。
その場に居た隊員も同じように両手を合わせていた。
菊池が言葉を発する。
「これが特区の隊員の末路だ。 決して
その場にいる全員が、横たわる松本に敬礼を捧げていた。
菊池は敬礼を終えると事務所に戻って行く。
・・・
菊池は何も言わず椅子に座り、腕を組んでいた。
1人の隊員が入って来る。
菊池の前まで来て無言で立ったままだ。
「どうした村上? 松本の敵討ちでも考えているのか?」
村上は返事をしない。
「フッ・・黙っていてはわからんだろう。 だが、バカなことは考えるな。 特区の外だ・・我々の力は行使できない」
「隊長・・わかっております。 ですから、こうやって辞表を持ってまいりました」
菊池は村上から封筒を受け取ると、そのまま机の上に置く。
「村上、特区の外では犯罪者になる。 それに市長や関係者に迷惑をかける。 バカなことは考えるな。 松本もそれがわかっていたからこそ死を覚悟したのだ」
菊池が説得をする。
「隊長、すべてをわかったうえでのことです」
菊池は村上の顔を見て苦笑する。
「フフフ・・お前、それほどの覚悟か?」
「はい」
「だがなぁ・・あの装備は死に装束だ。 お前にはこの特区の次期隊長になってもらわねばならんところだ。 それがそんな軽率な感情で動かれては困る」
「隊長・・」
菊池はそう言うと席をゆっくりと立つ。
そして事務室を出て通路を見る。
菊池は思わず笑ってしまった。
予想していた通りだ。
隊員が全員通路に並んでいた。
「フフフ・・あははは・・お前たちは隊員として失格だな」
菊池の背中から言葉がかけられた。
「隊長、いくら我々に対する報復といえども、松本をあんな形で送り返してくるなんて・・頭で理解できても、ここで動かなければ一生後悔します。 死んでも死に切れません」
村上が凛とした声で話していた。
菊池は顔を引き締めると、即断する。
「了解した。 今回の出動は、完全な怨恨だ。 部隊の編成はできない」
隊員たちに笑顔が広がる。
「行きたい奴などと票を取ると、全員が挙手をするだろう。 だが、それはできない。 この特区の治安を守るものがいなくなってしまう。 ナンバーズで行く。 俺と村上、それと山下、その3人だけだ」
ナンバーズ。
菊池を0番として、各リーダーに番号を割り振っている。
村上は1番。
山下は3番だった。
「佐藤、もしもの時はお前が隊長だ。 よろしく頼む」
佐藤が菊池に対して敬礼をする。
「隊長、了解しました・・ですが、隊長もお人が悪い」
佐藤が言う。
「何がだ?」
「隊長こそ行く気満々だったでしょ?」
「さぁな・・それでは、村上、山下、着替えろ」
菊池はそう告げると、村上と山下を連れて服を着替えに行った。
更衣室で菊池たちは戦闘服に着替える。
この戦闘服が特殊だった。
ナイフが通らない素材でできている。
銃弾もその衝撃はあるが、なかなか貫通しない。
そして何より、ある装置を作動させると衣服ごと装着者を炎で包む。
そして、その対象者を焼き尽くすまで燃え続ける。
編み込まれた素材に特殊な溶剤を反応させることで起こる化学変化らしい。
菊池が考案していた。
もしもの時に自分たちの情報が漏れないようにするためだ。
菊池たちは静かに服を着替えていく。
◇
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