日本特区

ボケ猫

第1話 日本特区



日本のとある場所に特区が新設された。

実験的な政策のようだ。

限界集落の行き着いた先。

ある企業の分室が街に移住。

そのまま特区の街として認定された。

最初、30名ほどの住人であったが、半年もすれば100人を超える人口になっていた。

特区において基本は日本の法が適応されるが、特区のシステムを優先させて良いことになっている。

そんな実験的な街の市長に若い市長が選ばれていた。


市長は初め、大きな変化を感じさせる行政は行っていなかった。

だが、確実に法整備を進めていたようだ。

市民には基本的生活保障を支払う、いわばベーシックインカムを導入。

6万円を毎月市民に支給する。

市の職員の給与を上限20万円にする。

自分の給与も職員と同じにしていた。

行政サービスは手厚く行う。

特区の税金は、個人所得の6割が徴収される。

通称66(ロクロク)システム。

しかし、住民は文句を言うことはない。

生きていくための基本のお金が支給されるからだ。


ただ、市民には法を守る義務が生じる。

これが少し変わっている。

普通の生活を送るには全く影響はない。

だが、市長は犯罪者には容赦はしない。

国が設定した保安組織(警察)も一応は存在する。

しかし、市が特設した保安組織が優先して活動していた。

銃の使用が許可されている。

使用などは現場の判断に任せられていた。

現場では常に目線にウェアラブルカメラを装着して業務を行う。

行動はすべて記録されているわけだ。

悲惨な状況や事件調査中など以外、その映像は基本誰でも見ることが可能となっていた。

その悲惨な状態も、場合によっては情報公開される。

そんな行政特区の街。

まだまだ変わったシステムはいろいろあるが、大雑把にはそんな感じの街だ。



市長の部屋に行政官が入って来た。

時間は10時頃だろうか。

「市長、失礼します」

行政官は入り口で挨拶すると、そのまま市長の前に行く。

市長が机に座って行政官を迎えていた。

「市長、このような文書が先ほど届きました」

行政官は紙に印刷した文書を市長に手渡す。

・・・

・・

市長が文書を机の上に置く。

「この書面の裏は取れているのですか?」

市長は聞く。

「はい、問題ありません。 移住した時からマークはつけておりました」

「なるほど・・彼らには市に移住する際にきちんと説明もし、誓約書も書かせたはずだね」

市長は言う。

「はい、私も覚えております。 この特区には誰でも移住可能です。 ただ、市の法の順守は絶対ですが」

市長はうなずく。

「了解した。 菊池君と相談して48時間以内に処理してくれたまえ。 遠慮は要らない」

「わかりました。 では失礼します」

市長はそれだけを言うと次の書類に目を通していた。



行政官は市長室を後にして自分の部屋に向かっていた。

歩きながら思う。

菊池と相談ということは、市の軍の出動を意味する。

つまりは強制排除だ。

相手が素直に従わなければ戦争になる。

菊池:市の軍の総指揮官。

市の治安を一手に任されており、そのおかげでこの特区の安全が保たれていた。

安全といっても漠然とした安全ではない。

絶対とも呼べるほどの安全。

この特区では住民には腕に装着するリングが付与され、行動が把握される。

ただ、その情報は漏れることはない。

管理統括している部署から、故意に漏らせば終身刑。

運が悪ければ死刑が適応される。

外部からのアクセスも幾重にもゲートが設けられており、なかなか到達できない。

また出来たとしても、得られる情報は位置情報だけだ。


街において、軽微な犯罪はあるものの、重大犯罪は即座に処理される。

犯人が生きたまま確保できない場合は、遠慮なくその行動が沈黙させられる。

当初は日本各地から非難の嵐だった。

だが、市長は平気だった。

むしろその徹底ぶりをアピールしたくらいだ。

当然のごとく重大犯罪は目に見えて激減した。


市長は健全な行政運営をしている。

不正などは決して許さない人物だった。

1年・・特区が設定されて、たったそれだけの時間で全国からの評価が変化してきた。

市長の犯罪者に人権なしとも呼べる苛烈な処置は、賛否両論あるものの、今までにないものだった。

犯罪者を弁護する弁護士も罰せられたりもした。

だが、無茶苦茶ではない。

犯罪者の言い分もきちんと聞いていた。


また、匿名通報システムが完備されている。

出所はわからなくてもいい。

間違っていても問題はない。

市民が自分たちの居住環境で不具合を感じたら、遠慮なく通報できるようになっていた。


企業などの誘致も奨励している。

企業の税金は、日本の税金よりも安く設定されていた。

ただ住民になるには市の法に従わなければならず、通勤だけに通うものも多かったが。


<行政官事務室>


行政官が部屋に戻っていた。

菊池を呼び出す。

すぐに菊池が行政官の元に現れた。

「小林課長、お呼びですか?」

「あぁ、菊池君。 これを見てくれ・・」

行政官:小林課長が書類を見せる。

・・・

・・

「なるほど・・この男の住宅を襲撃すればよいわけですね」

「菊池君、言葉が悪いな。 まぁ素直に退去するなら問題はない。 もし抵抗するならば容赦はするなということだ。 退去といっても罪は償ってもらうがね」

「課長、わかっております。 48時間ですか・・」

菊池が言葉途中で考えていた。

「了解しました。 少し職員をお借りしても良いですか?」

菊池が言う。

「あぁ、それは構わないが、他の市民に被害が及ばない・・おっと、余計なことだったな。 すまない」

「いえ、いいのです。 では、私はこれで失礼します」

菊池はそう言うと、小林課長に敬礼をして退出して行く。


<菊池の部屋>


菊池は自分の事務所に帰って来てすぐにブリーフィングを行った。

「山下、お前の隊と市の職員で、この木村邸の半径500m以内の市民の避難誘導を行う。 木村邸の連中に気づかれることのないように」

「了解しました」

「次に、市民の避難が完了したら、木村邸の電源を切断する。 佐藤、これを担当してくれ。 その後は包囲に移行」

「了解しました」

「佐藤の作業と同時に突入する。 突入後、敵を拘束。 もし抵抗するならば銃火器の使用を許可する」

菊池がそう言うと、少しの笑いが起こる。

「どうした?」

菊池が聞く。

「隊長、相手は一般レベルですよね?」

「まぁな・・だがこの木村は日本では裏社会の人間だ。 特区では決して犯罪まがいのことはしない、持ち込まない約束で移住したのだ。 それが麻薬を扱っていると判明した」

菊池が説明。

「麻薬・・ですか」

事務所内に緊張した空気が張り詰める。

「まぁいい、それよりも山下、500m以内の世帯は何世帯あった?」

菊池が聞く。

「はい、32世帯ありました」

「うむ、なかなか多いな。 我々に与えられた時間は48時間だ。 準備が出来次第出動する。 後、後藤の中隊が500m範囲を包囲しておいてくれ。 誰も逃がすなよ。 俺の小隊と高田の小隊で突入する。 皆、よろしく頼む」

「「「了解!」」」


菊池たちはすぐさま行動を開始した。

時間は11時30分。

山下が市の職員を動員して、32世帯を訪問する。

防災訓練のお知らせということで腕章をして巡回。

木村邸にはチラシだけを投函していた。


<木村邸>


家の中には20人程の屈強な男たちが待機していた。

リビングだろうか。

皮のリクライニングシートにゆったりと座りテレビを見ている人がいる。

横には美人と呼べるだろう、女がいた。

1人の男が近寄って来る。

「おやっさん、こんなものが投函されていました」

防災訓練のチラシを持参していた。

おやっさんと呼ばれた男は、チラシを受け取るとチラっと見ただけで持ってきた男に返していた。

「防災訓練か・・先ほどから周囲のカメラに市の職員が映っているのはそれか・・まぁ、ここの市長はんも大変やな」

木村邸の主は薄笑いを浮かべながら言う。

「そや、今日のお昼は何や?」

「はい、今日は天ぷらを用意してあります」

「おぉそうか、この街の魚は美味うまいからな。 エビが特にうまい。 頼むで」

木村はうれしそうな顔をして美人を引き寄せる。

「さっちゃん、今日は天ぷらやで。 遠慮のう食べてや」

美人さんは大きくうなずいて木村に抱きついた。


木村にスッと近づく黒服の男がいる。

「おやっさん、これが今月の上がりです」

書類を手渡されると木村が面倒くさそうにめくっていく。

「ほんまに何でこのタイミングで防災訓練かいな・・まぁ、仕事は朝飯前って言うからな・・あ、今昼やな・・ほんまか、これ? かなり落ち込んどるぞ」

木村が厳しい目で黒服の男を見る。

「はい、申し訳ありません。 この街との連絡だけでも厳しいもので・・」

「さよか・・まぁ、仕方ないな。 この街は要塞やからな」

木村はそう言うと書類を黒服に渡し、また女の人を引き寄せた。


<木村邸周辺>


時間は11時55分。

市の職員と山下の隊員が腕章をして家を訪問していた。

呼び鈴を押す。

「はーい」

ドアが開けられる。

「こんにちは奥様、市の防災課の藤川です。 今お時間よろしいですか?」

「え、えぇ」

「実はですね・・」

市の職員はしゃべりながら書類を提示する。

!!

ドアを開けた女の人は驚いた。

書類には今からここで戦争が起こる可能性があると書かれていた。

女の人の手が震えている。

書類をうまくめくれないようだ。

市の職員が手短に話す。

横の木村邸を中心に半径500m以内は即座に退去となり、進入禁止となる。

外に出掛けていった学生や仕事をしている人は、このエリアの外側で待機となる。

家に残ってもいいが安全は保証できない。

などなどの説明がなされた。

・・・

・・

「奥様、時間がありません。 即決をお願いします」


女の人は初め震えていたが、すぐに治まって来た。

この街に移住した時に覚悟はしていた。

たまに外出禁止の措置はあったが、一時退去というのはなかった。

それに住居が破壊された場合は保証されるとある。

家族の心配もない。

女の人は軽くつばを飲み込むと返事をした。

「わ、わかりました。 すぐに用意をします」

「ご協力、ありがとうございます。 では奥様、普通の格好でここの家の裏に移動してください。 木村邸から死角になるところですので、そこからお送りいたします」

市の職員は丁寧に説明して次の家に移動していった。

・・・

・・

付近の住民は誰一人として家に残るものはいなかった。

皆この街に移住した時に誓約書を書いたのだ。

まさか現実になることがあるとは思わなかったが。


時間は12時25分。

住民の退去が終わり、市の職員もいなくなった。

木村邸を中心に半径500mには菊池の部隊の隊員以外、市民はいない。

木村邸の住人だけだ。

菊池たちは2度確認していた。

木村邸の住人がお昼というので自宅で食事をするために集まっていること。

この時間には移動がないこと。

木村邸の住人の出入りはない。

包囲網の外側からは侵入はできない。

もしあったとしても、即座に部下たちが身柄を確保しているはずだ。

連絡手段も即時没収となっているだろう。

だが、その移動もこの時間にはなかったようだ。


<木村邸>


12時30分。

菊池が木村邸を訪れていた。

呼び鈴を押す。

「こんにちは~」

少しして中から応答がある。

『はい、どちら様』

「はい、お昼時に申し訳ありません、市の防災課のものですが、防災訓練のことでお伺いしております」

『あぁ、チラシにあった・・どんなご用件でしょうか』

「えぇ、今回の防災訓練は大規模なものとなりますので、停電があるかもしれません。 ご了承いただけたらと思いまして・・」

『停電ですか・・それは困りますね』

「すみません、万が一のことを申し上げているわけでして、確実に起こるわけではありません」

『あぁ、そうですか・・それでも困りますなぁ、オール電化ですし・・』

「すみません。 市の方でも十分に注意するつもりですが、何分大規模な訓練でして、何と申しますか・・申し訳ありません」

菊池は丁寧に話していた。

『う~ん・・で、それはいつ頃になりそうですか?』

木村邸のインターフォンからの応答だ。

菊池が答える。

「今からです」

『は?』

ブツ・・。


菊池が左手を振り下ろす。

木村邸の電源が落とされた。

菊池と高田の小隊、合計16名が突入した。

菊池を除き、3名1組で移動。

各班ごとに木村邸の塀の内側に沿って機敏に移動して行く。

見張りだろうか、何人かいたようだが即座に沈黙。

相手は声を出そうとするが、隊員の1人が打撃を与え、口を塞ぐ。

同時に他の隊員が身体に当て身を入れ、その場に引き倒す。

そして即座に結束バンドで拘束していた。

5秒とかかっていないだろう。

6人が拘束された。


菊池はゆっくりと玄関を開ける。

静かに家に入っていった。

中では少し慌ただしい声が聞こえていた。

「そっちは電源あるか?」

「おい、天ぷらはどうした?」

「火が消えたらあかんやろ?」

・・・

菊池は静かに床を歩いて行く。


菊池の耳の無線の声が聞こえる。

「隊長、こちらはいつでも大丈夫です」

「隊長、こちらも問題ありません」

・・・

先程、内側の塀に沿って見張りを沈黙させた連中から連絡が入る。

「よし、3秒後に一斉に突入せよ」

「「了解」」


「こんにちは~」

菊池が声をかける。

同時にパリン!! と音が鳴った。

木村邸の四方の窓から一気に突入が始まった。

住人たちは明らかに意表を突かれただろう。

玄関で声がしたかと思うと、ガラスの割れる音がする。

「な、なんや?」

「玄関から声が・・」

「窓が割れる音が・・」

!!

「だ、誰だお前ら・・」

「・・・・」

菊池のところの隊員は一気に2階に駆け上がっていた。

部屋の間取りは各自何度も把握している。

・・・

突入して10秒程経過。

木村邸の住人は全員拘束されていた。

女も関係なく拘束されている。


リビングに全員が集められた。

全員で12名。

外に6名。

菊池が前に出て言葉を出す。

「木村さん、麻薬を取り扱われていますね」

木村の口のテープを外す。

「いてて・・なんやあんたら。 ワシの家に勝手に侵入しよって・・」

菊池が木村の頭を蹴り飛ばす。

ドゴン!

木村は床に叩きつけられて口から血を流していた。

!!

他の拘束された者達の背筋が伸びる。

菊池が足で木村の顎を引き上げて、木村を壁際に蹴り飛ばす。

ドン!

「うごぉっ・・」

木村がうめいていた。

「木村さん、こちらが質問しているのです。 無駄な口は開かないように」

木村は口から血を流しながらうなずいていた。

「木村さん、もう1度聞きます。 麻薬を扱っていますね」

木村は首を横に振る。

「ふぅ・・木村さん、この瞬間もすべて録画されております。 もし嘘の発言や行動ならば重罪扱いとなりますが、お分かりですな」

「き、貴様ら・・こんな勝手なことが許されると思っているのか! べ、弁護士を呼べ!」

木村は少し震えながら言葉を出していた。

菊池は落ち着いた口調で話す。

「それは構いませんが、弁護士も発言や行動に注意してもらわねば同罪となりますよ。 まぁわかっていると思いますがね。 あなた方はこの特区に移住して来たときに誓約書を交わしているはずです。 犯罪まがいの行為は行わないと・・」

「む、無論だ。 私は犯罪などはしない」

木村の言葉に菊池の目が厳しくなる。

「木村さん、今申し上げましたよね? 言葉に注意しろと・・記録に残っております」

菊池が話をしていると、隊員の一人が近寄って来た。

「隊長、これを・・」

隊員から書類を受け取ると菊池が目を通して行く。

・・・

・・

15分くらいの時間が経過しただろうか。

「なるほど・・まさかこの特区でこんなことをしようとしていたわけか・・なめられたものだ。 よし、連行しろ!」

菊池の言葉に隊員たちが拘束された連中を連れて行く。

「木村さん、あなたはギルティです。 しかも虚言まで・・後は軍施設で伺います」

菊池は部下に木村邸の徹底調査と付近施設の再度確認などを指示して部隊を撤収する。


調査依頼を受けた部隊の報告後、包囲網を解除。

住民の協力に感謝して木村邸の襲撃は大事にならずに終了した。

時間は14時10分


<特区軍施設>


木村邸の住人18名が運ばれてきていた。

今から尋問が始まる。

それぞれが個別の部屋に収監され開始された。

時間は14時30分。

・・・

・・

木村以下5名が麻薬事件に深く関わっていることが判明。

どうやらこの特区で麻薬を製造する予定だったらしい。

今までに住民に麻薬を売ろうと接近したりしていたが、どうもうまく行かない。

特区に隣接している都市部なら、いくらでも売りさばくことができた。

そして特区では外部から妙な勢力が侵入することはない。

そういった地の利を生かして事業? を行う予定だったようだ。

ただ、予定で潰れてしまったが。


菊池たちは集めた情報を精査し、事実と付き合わせていた。

市の職員も同席して報告書を作成。

時間は日付変更線を越えて2時25分となっていた。

「隊長・・少し休まれてください」

菊池の部下が言う。

「俺は別にいい。 お前たちこそ交代で休んでおけ」

「はい、私たちは既にそうしております」

「そうか・・わかった。 2時間ほど仮眠を取る。 4時30分には起こしてくれ」

「了解しました」

菊池はそう言うと、報告書を作成している部屋の横のソファーで仮眠を取る。

横になると、すぐに眠ることができた。


時間は4時25分。

菊池は自然と目が覚める。

ゆっくりと身体を起こすと軽く身体を動かす。

「よし」

菊池は立ち上がり、報告書を作成している部屋に移動。

部屋に入って行くと部下たちが挨拶をする。

「隊長、おはようございます」

「うむ。 報告書は完成したか?」

「はい」

「ご苦労だったな。 それから木村邸の連中はどうだ?」

「はい、全員寝ております」

「了解した」

菊池は答えつつ、書類を確認する。

・・・

・・

「よし、これで何とか大丈夫だろう。 俺は今からこの報告書を持って小林課長のところへ行って来る」

菊池はそう言うと、部下を3名連れて移動。

時間は4時45分。


菊池は遠慮なく小林課長の携帯に電話を入れる。

3コールで電話に出た。

「おはようございます、菊池です」

「ん・・あぁ、おはよう菊池君。 ご苦労様でした」

小林課長も余計なことは言わなかった。

わかっている。

菊池がすべて処理し終えたのだと。

「課長、今事務所の方へ向かっているところです。 10分ほどで到着できるかと思います」

菊池が言うと小林が答える。

「了解した。 市長にも連絡しておこう」

「はい」

菊池と小林は無駄な会話をすることもなく電話を切る。


菊池は予告通り、10分くらいして市の庁舎に到着していた。

それほどのタイムラグもなく小林課長と市長が到着。

菊池たちは市長室へと移動。

市長の顔はしっかりとしていた。

寝ぼけてはいない。

市長席に座ると菊池をねぎらう。

「菊池君、ご苦労様でした」

菊池は敬礼をすると、報告書を市長と小林課長に手渡した。

市長たちは報告書に目を通す。

・・・

・・

時間は5時30分。


「菊池君、ありがとう」

市長が大きくうなずきながら言葉を出す。

菊池が一礼をする。

「市長、木村邸の住人ですが、どのように処置いたしましょうか?」

小林課長が話しかけていた。

「うむ。 小林君はどう思うかね?」

「はい、今回の事件で確実に有罪なものは処断しなければならないでしょう。 甘い処置では今後なめられっぱなしです」

「うむ、私も同じ判断だ。 だがよりにもよってこの特区でこのようなことを画策するとは・・まだ日本の老人システムの弊害が抜けないやからが多いようですね」

市長が自嘲気味に言う。

そして続ける。

「菊池君、処置には私も立ち会うが、この6名は死刑に値する。 一応簡易的な裁判も行うが、処刑以外は公開するようにしよう」

「はい、了解しました」

菊池がうなずく。

「小林課長、一応木村の連中に弁護士を要請してやってください。 何なら木村の懇意にしているものが良いかもしれません。 一刀両断できそうです」

菊池と小林課長が顔を見合わせて笑う。

「フフ・・市長、また日本国民に恨まれそうです」

小林が言う。

市長は笑いながら書類を閉じた。

時間は6時。


<軍施設>


木村たちが収監されている建物に小林課長が来ていた。

時間は7時。

木村に面会をする。

木村の顔が腫れているのがわかる。

「木村さん、おはようございます。 防災課の小林です」

「ふわぁ・・あぁ、おはようさん。 課長さんでっか? この特区の防災隊員は乱暴ですなぁ・・これって暴力で・・」

木村がベラベラとしゃべろうとすると、小林が笑顔でさえぎる。

「木村さん、あなたには弁明の機会が与えられます。 一般公開される予定です。 それで弁護士をお呼びしようと思うのですが、どなたか推薦される方はおられますか?」

小林がしゃべるのを遮ったのには少しイラッとしたが、この言葉で顔が明るくなった。

「ほんまでっか? いつ容疑が晴れるんでっか? 弁護士ですが、特区の外の会社に顧問弁護士がおります。 その先生に連絡とってもらってよろしいでっか?」

木村は元気な声で話してくる。

「わかりました。 早速連絡を入れますね」

「いやぁ、これでワシの容疑が晴れますわ。 小林さん、このワシの顔を見てください。 腫れておりますやろ? 暴力ですわ、暴力・・ワッハッハッハ・・」

木村は自分の立場をわかっていないようだ。

小林は席を立ち、一礼をすると面会室を出て行った。

時間は8時。


小林が木村の言う会社に連絡を入れ、顧問弁護士に要件を話すと引き受けるという。

小林は驚いた。

この特区のシステムは知っているはずだ。

「あの・・この特区のシステムはご存知ですよね?」

小林は確認する。

「えぇ、存じております。 木村さんの容疑を晴らさなければいけませんね」

小林は驚きの連続だ。

いったいどうやって確実に有罪、しかも特区では死刑確定の男の容疑を晴らすというのだろう。

だが、すぐに仕事モードに戻る。

「この特区までお越しになるには時間がかかるだろうと思われます。 こちらからジェットヘリを手配いたしますのでお乗りください」

小林は顧問弁護士に伝えていた。

市長からの指示だった。

木村の簡易的な裁判は、顧問弁護士が到着するとすぐに行われる予定だ。

形式だけの裁判。

小林は電話を切る。

一応これでやるべきことは終わった。

時間は9時を過ぎていた。



木村の会社の顧問弁護士を乗せたジェットヘリが到着していた。

時間は11時30分。

即座に市の裁判所で木村の弁明の劇が開催される。

木村は顧問弁護士と面会し、涙を流して喜んでいた。

弁護士も笑顔で応える。

時間があまりないので、細部調整は無理そうだが、それでも2時間ほどの時間がある。

後は裁判で細かく説明し、木村に有利な劇を作り上げればよい。

顧問弁護士の頭にはシナリオが描かれつつあった。


時間は14時。

裁判が始まった。

まずは罪状が読み上げられていく。

木村は堂々たる態度で弁護士の横で座っている。

そしてついに弁明の機会がきた。

顧問弁護士は滑らかな言葉で話始める。

言葉だけを聞いていると、その声質もそうだが、相手を安心させる何かがある。

雰囲気もそうだ。

まるで木村が何も悪いことをしていない印象を与えるようだ。

だが、裁判官の一言で今までのドラマが無駄だったことがわかった。

「木村被告の弁護人の方・・この特区では日本の法よりも特区のルールが優先されます・・」

顧問弁護士は確かに言葉に詰まった。

口を開けたまま不覚にも動けなかった。

次の言葉が出て来ない。

こんなことは今までなかった。

一気に背中にじわっと冷たいものを感じる。

ゆっくりと木村の方を見た。

木村が不安そうな顔で顧問弁護士を見ていた。

言葉がない。


顧問弁護士はゆっくりと木村から裁判官の方を見やる。

「・・あ・・あの・・」

裁判官が時間を見ていた。

「弁明の時間が終わります。 他に何か言っておくべきことはないですか?」

・・・

裁判官が目を閉じで一度うなずく。

「判決を言います。 木村被告には死刑が適応されます。 他にも・・」

裁判官の言葉が響く。

木村を含め、全員で6名が死刑のようだ。

それも即時行われる。

残りの12名は、死刑を強制的に見させられる。

その後は特区から追放。

そして賠償責任を付与。

二度と特区には入ることは許されない。

もし一歩でも足を踏み入れれば、命の保証はない。

それらの文言を言い渡されていた。

顧問弁護士はしばらくの間その場で立ちつくしていた。

そしてその発言に嘘はなかったようだが、今後特区に立ち入ることは不可能になった。

木村は立ち上がり、何かを言おうとしたが立ち上がった瞬間に警備員に取り押さえられた。


<軍施設の広場>


木村の公開処刑が行われる。

処刑を免れた連中が、手足を拘束されて椅子に座らされている。

アリーナ席だ。

木村たちが前を通過する。

「お、おやっさん・・」

誰かがつぶやいた。

木村は下を向いたままゆっくりと歩かされていく。

木村の後ろにいた女が突然叫び出した。

「わぁぁあ・・嫌よ! どうして私が死刑になんてならなきゃいけないのよ! この男が悪いんじゃない! どうして私が・・」

女の横にいた男が女に鎮静剤を打つ。

女はすぐにおとなしくなった。


木村の仲間12人の前で横一列に6人が柱を背に並ばされる。

全員に黒の布の目隠しが施された。

12人の前10m位のところだろうか。

とても近い位置で見ることになる。

市長以下、行政の幹部も見学している。

菊池の部下が市長に挨拶をしていた。

時間は20時。

12人の並んでいる間に6台の重火器が設置された。

12人はあまりの出来事に言葉すら浮かばないようだ。

日本ではありえない死刑方法。

自分たちの仲間の死ぬのを見させられる。

しかもすぐに刑が執行されていた。


「よし、構え~! 撃て!」

ドガガガガ・・・!!

なんと、対戦車ライフルで銃撃をしていた。

人など一瞬でバラバラになるだろう。

強制的に見学させられている容疑者たちはたまったものではない。

重火器の音にも驚いたが、先程まで人がいたであろう所には折れた柱が立っていただけだった。

銃撃が聞こえなくなったかと思うと、ブルドーザーが横から出てきていた。

柱ごと周辺の土をすくってコンテナに乗せていく。

本当にただ作業をしていた。

見学をさせられていた顧問弁護士は無表情のまま座っている。

動くことができないようだ。

係の人が手伝い、立たせていた。

他の容疑者12人も同じような状態だった。

夢じゃなかったのかと思えるほどだ。


12人と顧問弁護士は事務所へ連れて行かれた。

事務所では今後二度と特区に入らないことを確約させられていた。

そして賠償金の支払い書類にサインをさせられる。

最後に菊池が近寄って来た。

12人に対して低い声でゆっくりと言葉を出す。

「お前たち、きちんと賠償金は支払うように。 我々はいつでもお前たちの後ろにいる。 お前たちは二度と特区には来れないが、こちらからは自由に移動できる。 今後の行動には気をつけろ」

菊池の言葉に震えるものもいた。

そして実際に全員にマークがつく。

特区の外では警察にその情報を定期的に請求していた。

過去に特区から追放されたものはかなりいる。

だが、重罪で追放されたものは稀だ。

そんな連中で国外逃亡をしようとしていた者が消えたこともある。

警察では行方不明扱いだ。



特区のこの裁判の映像は公開されていた。

死刑執行の映像はないが、音声は聞くことができた。

市長のこの措置は恐怖行政として、特区以外では非難の嵐だ。

しかし、移住してくる人は増え続けている。


「市長、これからまた厳しくなりますね」

小林課長が書類を受け取りつつ言葉を出す。

「小林さん、いつものことですよ。 皆、何もできはしない。 それにこの特区では普通に生活するには何の問題もなく、治安も抜群に良いですからね」

「はい、確か・・住民の数は劇的に増えてきております」

市長は窓の外を見る。

「本当の良い社会というのは何でしょうね? 力のない理想は虚しいだけです。 何かを行うには力がいる。 それは暴力であったりお金であったりと、人によって力の種類は違う。 また、人は差別をなくせというが、人として生まれた時点で個人差がある。 全くの同じなど存在しない。 みんな違ってみんないい。 だから・・この特区だけでも差をハンディキャップにさせない社会にしたい・・って、まとまらない独り言になりましたね」

市長の言葉を聞きながら小林は沈黙を守る。

全くその通りだ。

だが、この市長の手段は苛烈すぎる。

妥協はない。

いや、人よりも思いやりがあり過ぎるからこそ逆に苛烈になるのだろうか。

自分自身をその苛烈な炎で焼き尽くさなければ良いが。

小林は一礼をして市長室を後にした。


<小林課長の事務所>


時間は8時30分。

小林は菊池に書類を手渡す。

「菊池君、ご苦労様でした」

菊池が書類を受け取り、敬礼をする。

「市長も喜んでおられたよ。 さすが菊池君だと・・」

「小林課長・・まだまだです。 今書類を受け取った時点で任務終了です。 44時間です」

小林は菊池の言葉を聞きながら思い出していた。

そういえば48時間以内に解決しろと言っていた。

木村を確保した時点で終わっていたと思っていたが。

というか、時間など意識していなかったな。

市長と菊池はそれを考えて行動していたのだろうか。

小林課長が少し考えていると、菊池は消えていた。



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