観音寺君登場〜その6
念のために翌日、谷本カオルと共に事前確認した部員にも話を聞いてみた。
カオルの言った通り、紛失に気付いたのはその子が先らしい。
学斗曰く、この二人に深い親交は無いため、共犯の可能性は低いとの事だ。
勿論、統計学的とやらの結果である。
統計学ねぇ……
学斗の心酔するプロファイリングに対しては、美乃はいまだ懐疑的である。
いかに事実に基づいているとは言え、あくまで確率の問題に過ぎない。
皆がそうだからお前もそうだと言われても、それが正解とは限らないはずだ。
人の心は、そんなに単純なものじゃない……
だが美乃の見解とは裏腹に、自説に対する学斗の自信は揺るぎないものだった。
恐らくこれまでも、多くの問題を自らのプロファイリングで解いてきたのだろう。
腕前を自負するだけの経験は積んでいる訳だ。
はてさて、何が正しいのやら……
その日のランチタイム──
「あれ……フーちゃんは?」
紀里香が、一人でやって来た美乃を見て言った。
「それが、昼休みになった途端に飛び出して……てっきり売店に行ったと思ったんだけど、戻って来ないのよ。全くどこに行ったのか、あのバカ……」
紀里香と百合子も、黙って顔を見合わせた。
************
校舎裏に、ぼー……っと上を向いてメロンパンをかじる少年の姿があった。
フヌケ大王こと、凪だ。
見つめる先には、昨日確認した書道部の窓があった。
体勢を崩さず、モグモグと口だけ動かしている。
そのうち何か見つけたのか、ハッとしたように手が止まった。
「……あの?」
「はっ、ひふへっほぉー!?」
ふいに背後から声をかけられ、なぜか『ハ行』の悲鳴を上げてしまう凪。
慌てて振り向くと、棚橋文が不思議そうな顔で立っていた。
手に持つ空のゴミ袋からして、どうやらゴミ捨ての帰りらしい。
「あなたは確か……昨日、あの変な方と一緒におられた……」
(注)「あの変な方」……勿論、学斗の事である。
「こんなところで、何を……?」
「はぁ……め、メロンパンと、う、宇宙の相関関係について、こ、考察していました」
咄嗟に、訳の分からぬ言い訳をする凪。
「ああ……そうでしたか」
いや、納得してどうする、棚橋文さん!
「ぶ、部長さんは、来られたんですか?」
凪は、必死に話題を変えようと問いかけた。
たちまち、文の表情が曇る。
「今朝のミーティングには来られました。案の定、機嫌が悪くて……賞状の行方に心当たりは無いのか、って全員を怒鳴りつけました。皆黙ったまま、それとなく私の方を
「皆が私を疑っているのは分かってます。早朝ミーティングの準備も一人でやってますし、副部長なので持ち出せる機会は一番多いと思われてますから……」
そう言って、文は哀しげに目を伏せた。
「私……自分が副部長に向いていないのは、よく分かってるんです。気が弱いし、口下手ですから……でも、小さい頃から字を書くのは好きで、書道部も本当に楽しいんです。袖垣部長は確かに怖いですけど、少しでも部を良くしたいという思いからだと思うんです。尊敬こそすれ、憎いなどと思った事はありません!」
少女の真剣な眼差しが、まっすぐ凪を捉える。
そこにあるのは、気弱な部員の言い訳では無く、副部長としての使命感に燃える一途な姿だった。
「知っています」
「……えっ!?」
返ってきた凪の言葉に、文は思わず声を上げた。
「賞状を持ち出したのが、アナタでは無い事も……そして誰が持ち出したのかも」
事もなげに語る凪の表情に、偽りの色は無かった。
「ただそれを確かめるためには、僕がする二つの質問に正直に答えて頂く必要があります」
珍しく真顔で語る凪。
文が不思議そうに首を傾げる。
だがすぐに気を取り直すと、ぎこちなく頷いた。
それを見て、凪はニッコリ微笑んだ。
「では一つ目の質問です。部活前には必ず、部室の確認と清掃をされるとお聞きしました。その時に……」
凪の質問に、少し考えてから答える文。
と次の瞬間、ハッとしたような表情に変わる。
「ち、ちょっと待ってください!それって、まさか……」
あまりの意外さに、言葉を失う文。
凪は何も答えず、大きく頷いた。
「で、でも、そんなことって……ありえ……」
「ありえます。そしてその可能性は、二つ目の質問の答えにかかっています」
凪の口調には、どこか有無を言わさぬ響きがあった。
文はそれ以上何も言わずに、次の言葉を待った。
「では二つ目の質問です。棚橋さん、あなた……」
凪の問いに、少女の顔色が見る見る変わる。
先ほどの驚きとは、比較にならない程の衝撃を受けたようだ。
そのまま下を向くと、微かに身を震わせる。
「ご……ご存知だったんですか……」
それだけ呟くと、文は観念したように首を振った。
フヌケ大王の目に、いつもの輝きが宿った。
************
「棚橋さん、谷本さん……賞状は、あなた達が持ち出したんですね!」
昼休みの園芸部部室──学斗曰く、捜査本部らしい──に、声が響き渡る。
棚橋文、谷本カオルの両名を前に、学斗の追求が始まった。
「な、バカ言わないで!私たちが、そんな事する訳無いじゃない!」
カオルが怒りの声を上げる。
文の方は何も言わず、ただ黙っていた。
学斗はすかさず、事件の真相が二人の共犯しかあり得ない事を説明した。
「確かに私たちは親友よ。文はどうか知らないけど、事前清掃を嫌だと思った事もある。でも、だからと言って、部長の賞状を盗んだりはしないわ!」
「だが、あの状況で賞状を持ち出せるのは、鍵を扱えた君たちしかいないんだ。それも、早朝ミーティングの後だと僕は睨んでいる」
懸命に抗議するカオルに、平然と応戦する学斗。
「君が筆記用具を取りに部室に戻った事も、施錠する時に賞状が室内にあった事も、君ら以外は誰も知らない。誰も君らを見た者はいないんだ」
「でも……だからって……」
畳み掛けるような口調に、カオルの言葉が途切れる。
「いい加減、観念したまえ。賞状さえ戻れば、部長さんも許してくれるはずだ……一体、どこにやったんだね?」
「そ、それは、違うと思います」
「えっ……なんだって!?」
唐突に入った横ヤリに、慌てて振り向く学斗。
そこには、ボンヤリと立ちつくす凪の顔があった。
「ほほう、これはこれは……」
そう言って、学斗はわざとらしく肩をすくめた。
「違うと言うなら、君の出した答えを聞こうじゃないか、フヌケくん!」
学斗は、皮肉な笑みを浮かべて言い放つ。
答えなど出てくるはずが無い──
そう確信している顔だった。
全員の視線が集まる中、フヌケ大王の口が恥ずかしそうに開いた。
「そ、それでは……ご説明しましゅ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます