観音寺君登場〜その5
「ぬわぁ〜るほどね……」
もはや口癖と化したセリフと共に、学斗は意味深な笑みを浮かべた。
「いや、よく分かったよ。僕からの質問は以上だ……君は何かあるかい?フヌケくん」
文とカオルに
いつの間にか、『滝宮くん』が『フヌケくん』に変わっている。
見下したような笑みが凪に注がれる。
「何よ、そのバカにした言い方!アンタねぇ……」
ムっとした表情で、紀里香が声を荒げる。
それを遮るように、凪が文の前にゆらりと立った。
そのまま、じっと少女を見つめる。
「な、なんですか?」
驚いた文が、目を丸くして尋ねる。
「ふ、ふく……汚れてます」
そう言って、凪は少女の袖口を指さした。
慌てて腕を持ち上げる文。
確かに、右手の袖口が僅かに黒ずんでいる。
「やだ……墨汁が……ついちゃった……」
少女は気まずそうに言い訳した。
顔が真っ赤になる。
「おっとっと!そいつはダメだぜ、フヌケくん。女性の身だしなみを指摘するなぞ、マナー違反も
学斗は、チッチッと人差し指を振りながら言った。
私は全ての女性の味方です……みたいな顔で睨む。
「す、すいましぇん」
凪はペコリと頭を下げると、そそくさと後方へ退いた。
「じゃあ、現場検証は終了という事で……一旦、捜査本部に戻ろうか、諸君」
「捜査本部……?」
「たぶん、園芸部のことじゃない」
首を傾げる百合子に、美乃が呆れた口調で答える。
ポカンとする部員たちに「おつかれさん!」と手をあげながら、学斗は颯爽と部室を後にした。
刑事ドラマの見過ぎだな、コイツ……
************
「さて、それでどうだい?フヌケくん」
園芸部の部屋に入るなり、学斗は凪に問いかけた。
「ほえ」
「ほえ……じゃない。謎は解けたかと聞いてるんだ」
「み、みっちちゅのですか?」
「全然言えてないじゃないか……そうだ、みっしちゅだ!」
いや、アンタも言えてないし……
ため息をつく美乃。
その言葉に、凪がポケットを探り出す。
取り出したのは一冊のメモ帳だった。
パラパラとめくり、ニヤリと笑みを浮かべる。
ま、まさか!……何か分かったのか!?
フヌケ大王の予想外の反応に、学斗の顔がこわばる。
分かりましぇん……というセリフを期待していたようだ。
美少女探偵団の面々にも緊張が走る。
「ひ、一つ分かった事があります……ボス」
「ほ、ほう、聞こうか……フヌケ」
「聴き込みの中に事件のカギを見つけました……ボス」
「さ、さすがだな……フヌケ」
まるで、某刑事ドラマのようなやりとりだ。
「そいつぁ、なんだ?フヌケ」
「そ、それは……」
「それは?」
「そ、それは……」
「それは?」
「『草書』で書いた「
「ばっかやろ!それのどこが事件のカギなんだ、フヌケっ!」
「で、でもボスはあの時……これは『
「『
真っ青な顔になる凪……
「ボぉぉぉース!!」
「フヌケぇぇぇー!!」
べしっ!ぼこっ!!
「やっかましいわぃ!」
美乃のボディブローとアッパーカットが炸裂する。
思わずうずくまる凪と学斗。
「だいたい、そう言うアンタはどうなのよ。謎は解けたの?」
肩で息をしながら、美乃が学斗に問いただす。
「無論だよ。すでに犯人も分かっている」
即座に立ち直った学斗が、自慢げに言い放つ。
「うそ……犯人まで!?」
「本当さ」
ニヤリと笑うと、学斗はポケットからタブレットを取り出した。
「書道部で話を聴いて、すぐにピンときた……棚橋文が退出する際、室内にはまだ賞状はあった。それは、その場にいた谷本カオルも証言している。だが……」
そこで一旦言葉を切ると、学斗は皆の顔を見回した。
「逆に言えば、賞状の有無はこの二人しか見てない訳だ。最後に退出した棚橋文と、たまたま戻って来た谷本カオルしか……」
意味深な学斗の口調に、美乃がハッと顔を上げる。
「あなたの言う犯人て……まさか!?」
「そう」
眉をひそめる美乃に向かって、学斗は肩をすくめて見せた。
「はなから、密室など存在していないのさ……この事件は、棚橋文と谷本カオルの共犯だ」
************
「……根拠はあるの?」
静まり返った室内に、美乃の声が木霊する。
「早朝ミーティングの鍵当番を押し付けられている棚橋文、部活前の事前清掃を
学斗は、当然だと言わんばかりに説明を始める。
「早朝ミーティングの鍵は、毎回棚橋文が開け締めしている。彼女には、賞状を盗み出す機会は幾らでもある。だが実行すれば、彼女が一番に疑われるのは明白だ。これを回避するには、アリバイを作るしかない。そこで谷本カオルの登場となる」
すっくと立ち上がると、学斗は室内を歩き始めた。
「棚橋文が施錠する際に、それを確認した者がいれば立派なアリバイとなる。忘れ物をしたという名目で部室に引き返し、賞状が室内にある状態で施錠したと口を揃えれば、棚橋文が疑われる事は無くなる。無論、実際には二人して賞状を持ち出した訳だが……」
「それなら、最初から二人一緒に退出して施錠したって言えばいいじゃん」
紀里香が不服そうに口を
「そこは心象の問題だよ」
「心象?」
学斗の言葉に、紀里香が眉をひそめる。
「ぼ、ぼくは一七〇センチで……せ、背伸びすれば、あと一センチくらいは何とか……」
「それは『身長』だ!僕が言ってるのは『心象』……もういいから、君は黙っていたまえ!」
背伸びして訴える凪を一喝する学斗。
もう関わりたくないといった顔だ。
「早朝ミーティングは、いつも棚橋文が早く来て解錠し、最後まで残って施錠する。それを賞状が無くなった日に限って、二人ともが残るにはそれなりの理由が必要になる。他の部員の目もあるしね……それより忘れ物を取りに戻って、偶然施錠に立ち会った事にした方が、理由もいらず怪しまれにくい。人の心理とはそう言うもんだ。まあ、僕にそんな手は通用しないがね」
学斗は自慢げな眼差しで、全員を見回した。
「犯行を企てたのは、恐らく谷本カオルだ。小心者の棚橋文が計画したとは考えにくい。カオルが、鍵を自由に扱える文に持ちかけたんだ。棚橋文は言われた通り賞状を盗み、戻って来た谷本カオルと共に施錠した……これが真相さ」
胸を張りながら、言い切る学斗。
どうだと言わんばかりに、凪の顔を眺める。
「でもそれって、あくまでもアナタの推測でしょ」
美乃が懐疑的な口調で言い放つ。
「推測?ふん、とんでもない……僕の推理には、ちゃんとした根拠がある」
そう言って、学斗は鼻を鳴らした。
「あの二人が親友関係にあるのは、君らでも気付いただろ。犯人がペアの場合、片方が知能犯で片方が実行犯という組み合わせが最も多い。統計学的には、九十パーセントを超えている。今回の場合、知能犯は谷本カオルで、実行犯は棚橋文だった……そう考えると、全て筋が通る」
そう言って、学斗は手持ちのタブレットをかざした。
「僕のプロファイリングに間違いは無い。結局、子供のイタズラみたいな事件だった訳だ」
大仰にお辞儀をして、学斗は説明を終えた。
芝居じみた仕草が鼻をつく。
本当にそうなのか?
美乃は心中で首を傾げた。
あの時のカオルの様子を思い出す。
とても、嘘をついている者の口調とは思えない。
それは、これまで事件に関わってきた経験がもたらす直感でもある。
かと言って、学斗の説を
「それで、このあとどうするつもり?」
美乃は、半ば投げやりな口調で学斗に尋ねた。
このままでは……凪が負けてしまう!?
「当然、この事をあの二人に話して、賞状のありかを吐いてもらうさ。破棄されていなければ、部長さんに返却して一件落着だ。そのあとの事は知らん」
もし学斗の説が正しければ、二人の立場は相当厳しくなるだろう。
激怒した袖垣部長が、あっさり許すとは思えないからだ。
一体、どうするつもりよ?……凪っ!
切羽詰まった焦燥感が、
凪のいないランチタイムを想像して、胸の痛みが美乃を襲った。
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