観音寺君登場〜その3

その事件は、書道部から賞状が一つ無くなったというものだった。

放課後、部室に入った部員が気付いたのだ。


賞状は、県大会で金賞を獲得した時のもの。

筆者は、三年で部長の袖垣そでがき多恵たえ

その達筆ぶりは有名で、様々なコンクールで上位入賞を果たしている。

部活歴三年目にして、やっと手にした最高位だ。

それだけに、彼女の失意は大きかった。


「一体、誰が……誰が取ったの!?」


知らせを聴いて駆け付けた際の、多恵の第一声である。

ヒステリックな声を上げ、周りを見回す。

射るような眼光の中に、プライドの高さが垣間見える。

それを知っている部員らは、ただちぢこまってうつむくしかなかった。


賞状はA4サイズの小さなものだ。

いつもは額縁に入れ、壁に掛けてある。

この日はたまたま、額から取り出して机上に置いていた。

額の表面に僅かな傷が見つかり、激怒した多恵が取り替えを命じたのだ。


自らの勲章である賞状を、こんなボロ額縁に入れるなんて……


部活の早朝ミーティングで傷が見つかり、賞状はすぐにその場で取り出された。

その後昼休みを利用して、部員が代替の額縁を買いに走る。

放課後の部活で多恵の許可を得て、再び壁に掛け替える手筈だった。

だが、せっかくの新しい額縁も無駄になってしまった。


部員総出で探したが、結局賞状は見つからなかった。

朝の段階で机に置かれていたのは、部員全員が確認している。

賞状が一人で動く訳は無いので、誰かが持ち去ったとしか思えない。

放課後までの間に、盗まれてしまったのだ。


ちなみに、施錠はしっかりされていた。

鍵はスペアも含め、職員室で保管されている。

入室するには、顧問の教諭から借り受けねばならない。

部員の確認したところでは、早朝ミーティング後、放課後の部活まで鍵を使った者はいないとの事だ。


誰も鍵を開けていない……


しかし、賞状は消えてしまった……


まあ、早い話しが……


「……むぁさに、密室事件なのさぁぁっ!」


ビブラートの効いた声が、園芸部の部室に木霊する。


「意外に早くやって来たじゃないか……おあつらえ向きの事件が!」


そう言って、観音寺学斗かんのんじ がくとは嬉しそうに長身を揺らした。

両手の親指を立て、イエイのポーズをする。


室内には、それを冷ややかに眺める人影があった。


憮然とした表情で腕を組む美乃──

むくれ顔で机に肘をつく紀里香──

膝に手を置きうつむく百合子──


そして


相変わらず、ハエトリソウを見て笑い転げる凪──


皆、学斗の「時が来たー!」という招集連絡を受け集まったのだ。

 

「どうでもいいけど、なんで集合場所が園芸部なのよ」

美乃が苛立たしげに問いかける。

「それは、ここに【我がうるわしの君】がいるからさ」

「麗しの……きみ?」

いぶかしげに眉をひそめる美乃。

学斗は何も言わず、そのまま百合子の前に移動した。

その場で片膝をつくと、うやうやしく頭を下げる。


「ひっとめ見た時から、あなたに心を奪われましとぅわ。どうか、私めの気持ちをお受けくだすわい!」

芝居がかった口調で、右手を差し出す。

その手には、薔薇の花が一輪いちりん握られていた。


ふっ


統計学的に見て、この手の女子は自分が王女プリンセスのように扱われるのに弱い。

これで、この子のハートはキュンとしたはず……


「ひどい……」


「……えっ?」


その言葉に顔を上げると、涙ぐむ百合子の姿があった。

「え……何?……なんで?」

「あー!あんた、なんて事すんのよ。この子は、なんだから!」

「えっ……そ、そんな……えー!?」

凄まじい剣幕で紀里香に怒鳴られ、学斗はあたふたと狼狽うろたえた。

「薔薇が……かわいそ……」

そう言って、百合子はポロポロと涙をこぼした。


「この、無神経オトコっ!」(美乃)

「い、いや……」(学斗)

「この、ナルシスト野郎っ!」(紀里香)

「し、知らなかったもんで……」(学斗)

「こ、この……」(凪)

「…………」(全員)

「こ、この……」(凪)

「…………」(全員)

「こ、この……」(凪)

「…………」(全員)

「コノタビハ、お日柄もよく……」(凪)

全員がその場に崩れ落ちる。

「……いや、けなすならちゃんと貶せよっ!」

半泣きのていで抗議する学斗。

ひっくり返っていた面々は、すぐに体勢を立て直した。

「今のボケ……あんたにしてはがイマイチね」 

凪を睨んで、美乃がポツリと呟く。

ヨシノ師匠……こわっ!

  


「さて、本題だが……」

咳払いの後、何食わぬ顔で学斗が話し始める。

「さっきも言ったが、この事件はどう見ても密室犯罪だ。施錠された部屋から、賞状が忽然と消えた。まだ見つかっていないし、部長はショックのあまり早退したそうだ……ゆえに、この事件を今回のお題にしようじゃないか。僕か滝宮君か、先に謎を解いた方が勝ちだ」

そう言って、学斗はピシッと凪の顔を指差した。

余裕の笑みを浮かべて……


「凪、アンタはどうなのよ?」

美乃は、隣で眠りかけているフヌケ大王の額を指でつついた。

「ふ……ふあ〜!?」

気の抜けた声を上げ、凪が目を覚ます。

「ホントにこんな勝負、受ける気なの?」

少年の顔を覗き込んで問いただす美乃。

ポーカーフェイスだが、微かに声が震えている。


負ければ、一緒に昼食を食べる権利が学斗に移行してしまう。

四人揃って、バカ話に花を咲かす事が出来なくなる。

勿論、凪と学斗が勝手にかわした約束なので従う義務は無い。

無視して、今まで通りすればいいのだ。


だが……


先日の凪のあの表情……


爛々と輝く瞳が、それを拒否しているように見えた。

有無を言わせぬ力強さがあった。

美乃だけでなく、紀里香や百合子も恐らくそれを察したのだろう。

だから、あれ以上何も言わなかったのだ。


このフヌケ……


全く、何を考えているのやら……


「はぁ」


でたよ。


いつもの「はぁ」が……


「契約成立だな。では、たった今から勝負開始だ!」

声高らかにスタート宣言する学斗。

「じゃあ早速、書道部に行って話しを聴くとするか。君はどうするね、滝宮君……一緒に行くかい?」

あざけるような口振りで、学斗が尋ねる。

俺のやり方を見せてやるよ……

そんな心中が、見え見えだった。


一方のフヌケ少年はと言えば……


ヘラっ笑うと、嬉しそうに何度も尻尾……あいや、首を振った。


「よーしよし、いい子だ。ハイお手っ!」


「ワン!」


……みたいな光景を想像し、美乃の額に苛立ちマークが浮かび上がる。


「それじゃあ、私も行くわ!いずれにせよ、判定する者が必要でしょ」


たまりかねた美乃が声を上げる。

振り向くと、紀里香と百合子も大きく頷いた。


「美少女探偵団としても、見届けなくちゃね」

「凪さん……頑張ってください」


二人の声援に、凪がポッと赤くなる。

学斗はフンと鼻を鳴らすと、くるりときびすを返した。


五人が去った室内では、花瓶に入れられた一本の薔薇が揺れていた。

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