観音寺君登場〜その2

「何よ?勝負って……」

美乃がいぶかしげな表情で聞き返した。


「言った通りだよ。僕は、僕と凪君のどちらが優れているかを確かめたいんだ。君らがなぜ、彼にこだわるのか……彼の何が君らを惹きつけるのか……どうしてもそれが知りたい」

学斗は振り返ると、気取った仕草で肩をすくめた。


「あら、そんなの簡単よ」

紀里香が、珍しく真剣な表情で言った。

「フーちゃんが、スゴイからよ」

「……スゴイ?」

その言葉に眉をひそめる学斗。

「フーちゃんはね、人一倍が優れてるの。これまでも、いくつも事件を解決してきたのよ」

紀里香は腰に手を当て、自慢げに胸を張った。

「事件て……校内で起こった事件をかい?」

「そ。この美乃とフーちゃんは名探偵なの。そして私たちは、泣く子も黙る美少女探偵団なんだから!」

鼻息荒く紀里香が言い放つ。

横で聞いていた百合子も、ウンウンと頷いた。


「……名探偵?」

その言葉に反応した学斗は、ニヤリと笑みを浮かべた。

「そりゃ面白い!じゃあ、僕らの勝負はにしようじゃないか」

「それ……って?」

美乃が不審そうに問い返す。

だよ……僕と凪君、どちらが先に事件を解決するか勝負しようじゃないか」

学斗は両手を広げ、芝居じみた口調で提案した。

自信に満ちた顔には、不敵な笑みが浮かんでいる。

当のフヌケ先生はと言うと……

メロンパンの最後の一切れを、寂しそうに眺めている。

もちろん、話を聴いている様子は無い。


「謎解きって……事件なんて、そんなに簡単に起こるもんじゃないわよ」

「そうそう、素人のあなたじゃムリ、ムリ」

美乃と紀里香が、勢いこんで切り返す。

「いやいや、私たちも十分素人だし」

間髪入れず美乃が訂正する。

それには答えず、学斗は胸ポケットから何やら取り出した。

携帯に似ているが、それよりも大きなサイズだ。

「……タブレットだよ」

それだけ呟くと、学斗はその上に指を這わせた。


「さてと……朝霧百合子さん、?」

「はい……えっ!?」

唐突に投げかけられた質問に、思わず返事をする百合子。

驚きで、目が丸くなる。

「私が園芸部って……どうして分かったんですか?」

そのまま、美乃の方に視線を向ける。

「……言って無いわよ。あなたの事はまだ何も」

慌ててかぶりを振りながら、美乃も学斗をかえりみた。


だよ」


学斗が目を細めながら言った。

「プロファイリング?」

「相手の行動パターンから、人物像を推定する捜査手法さ。アメリカでは、犯罪捜査に欠かせないツールだよ」

首を傾げる美乃に、学斗が説明を始める。

「それ聞いた事がある……サスペンスドラマとかで」

すかさず、紀里香が口を挟む。

「ドラマによくあるのは、正確には『犯罪者プロファイリング』と呼ばれているものだ。犯行方法、現場の痕跡、犯行後の行動などから犯人像を割り出す。それを専門にしているチームがあるんだ」

「では私の事は、そのプロファイリングで分かったと……」

百合子が、まだ驚き顔のままで尋ねる。


「君の場合は、そのお弁当を包んでいる花柄の布巾だ。それと、弁当箱にあしらわれた花模様のアクセント……これだけでも、だと分かる。そして君のように花好きな女子高生は、文化系の部活を選ぶ傾向が強い。統計学的にみると、園芸部を選ぶ確率が七〇パーセントと最も高い。だから君もそうだと推定した」

学斗は瞳を光らせ、淡々と解説した。


「僕のこのタブレットには、プロファイリングに必要な統計データが五万ごまんと保存してあるんだ……対象者の所持品からその人物像を割り出す事など、これがあれば造作もないのさ」

そう言って、学斗は自慢そうにタブレットをチラつかせた。

「なんでアンタが、そんなもん持ってるのよ」

紀里香が口を尖らせて言った。

学斗の横柄な態度にカチンときたようだ。


「僕の父親は心理学の著名な教授でね。警視庁でプロファイリングチームのアドバイザーをしているんだ。ゆくゆくは僕も後を継ぐつもりで、今からその勉強もしている。このタブレットのデータは、僕なりに色々な資料からかき集めたものなのさ」

紀里香の口調には気にも止めず、学斗は説明を続けた。


「凪君……君は洞察力がすぐれてるらしいが、それで得た結論などに過ぎない。それに引き換え、プロファイリングは行動科学に基づいた理論に、実績データの裏付けが加わっている。どちらが有利かは一目瞭然さ」

その台詞に、三人の少女は一斉に学斗を睨みつける。

「あら、そうとも限らないんじゃない」

美乃が眉を吊り上げた。

「データがすべて正しい訳じゃない。人の直感や感覚の方がまさる場合だってあるはずよ……ほら凪、アンタもなんか言ってやりなさい!」


美乃にムチャぶりされ、最後のメロンパンを口に入れかけた凪の手が止まる。

コホンと咳払いすると、すっくと立ち上がった。

「ぼ、ぼくは……」

少女らの期待のこもった視線が集中する。

「ぼ、ぼくは……」

唇を噛み締めて、学斗に目を向ける。

何か思い詰めたような表情だ。

「ぼ、ぼくは……」

こ、コイツ、一体何を言う気だ……

学斗の額に一筋の汗が流れ落ちる。


「僕は……!」


たぁ……たぁ……たぁ……た……


フヌケ大王の血の叫びが、あたりに木霊こだました。

その場の全員が、あんぐり口を開け凍りつく。


「……ま、まぁ、そういう事よ」

取りつくろうように美乃が呟く。

「いや、どういう事だよ!?なんだメロンパンて……訳分かんねーよ!俺の流した汗返せ!」

全身を震わせ、喚き散らす学斗。

紀里香と百合子も、気まずそうに顔をそむける。


「と、とにかくだ……」

学斗はなんとか平静を保とうと、呼吸を整えた。

取り乱したのが恥ずかしかったのか、若干目が泳いでいる。

「僕と凪君の勝負は、謎解きの優劣で決める。事件の大小は問わない。少しでも不可解な出来事が起これば、その時点からスタートだ。それでいいね」

学斗は凪を見下ろしながら、畳み掛けるように言った。

「はぁ……」

全く状況が飲み込めていないが、とりあえず返事をするフヌケ少年。


「あと、一つ提案なんだが……ただ闘うのも面白くないので、勝った方にを付けたいんだ」

「と、とり天?」

「いや、それは大分県の名物だろ!……特典だ!と・く・て・ん」

ピントはずれな凪の呟きに、学斗のイライラが増す。

「こういうのはどうだい。僕が勝ったら、というのは……つまり、今後は僕が彼女らと一緒に昼食とる事にする。もちろん、君の参加は無しだ」

「なっ……!」

学斗の提案に、少女三人が同時に絶句する。


「何言ってんの!私たちが誰とお昼食べようと、私たちの自由じゃない。あなたに、そんな権利は無いわ」

憤慨した美乃が声高に抗議する。

「そうよ、そうよ!私とフーちゃんの仲は、山よりも深く、海よりも高いんだから」

「……いや紀里香、それ逆だし」

わめき立てる紀里香に、美乃がツッコむ。

「私は……やっぱり凪さんと一緒が……いいです」

顔を赤らめながら、百合子も囁く。

「それにそれって、あなたが勝った場合でしょ。あなたが負けたらどうするつもりなの?」

睨みながら問いただす美乃に、学斗は肩をすくめてみせる。


「まあ、そんな事はあり得ないけど、そうだな……僕は今後いっさい、君たちにチョッカイ出さないと誓うよ。それでどうだい?」

小馬鹿にしたような口調で返す学斗。

「何よ、それ!?そんなの不公平……」

「分かりました」

美乃の言葉をさえぎるように、凪の声がした。

慌てて振り返った目に、満面の笑みを浮かべた凪の顔が映る。

「凪……アンタ……」

美乃も紀里香も百合子も、それ以上は何も言えなかった。

フヌケ大王の目が、爛々と輝いていたからだ。


そして……

それから三日後に事件は起こった。

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