観音寺君登場〜その1

その転校生を見た途端、教室内にどよめきが起こった。


天然のブラウンヘアーに白い肌──

切れ長の目と筋の通った鼻──

おまけに一八〇センチを超える高身長──

どっからどう見ても、ファッションモデルにしか見えない。


観音寺学斗かんのんじ がくとです。よろしく」


ビブラートの効いた声が木霊こだまする。

女生徒の間から、「きゃ」とか「ヒャ」とか「うっ」とかいう悲鳴が漏れた。


「はい。じゃあ、みんな仲良くしてね。あと観音寺君の席は……」


担任の畑中教諭が室内を見回す。


「あ、矢名瀬さんの後ろが空いてるわね。とりあえず、そこで」

「分かりました」

その転校生──観音寺学斗は、カバンを手に取るとニッコリ微笑んだ。

「ありがとうございます。フぁ〜たなか先生!」

歌舞伎役者のような言い回しで、を送る。

「え、あ、いや……どういたしまして……」

アラサー独身の畑中教諭が、ポッと頬を赤らめる。

また女生徒の間から、「ふわ」とか「イヤ」とか「ぐっ」とかいう悲鳴が漏れた。

反対に男生徒からは、「ちっ」という声しかしなかった。


ツカツカと席に向かった学斗は、通り際に美乃に笑みを送った。


「よろしくね。矢名瀬さん」

「はい、どうも」

興味なさげに返事を返す美乃。

視線は教科書に向けられたままだ。

その反応に、学斗の眉がピクリと動く。


「君の後ろだと、やる気が出て嬉しいよ」

潤んだ流し目が、顔を上げた美乃に放たれる。

「あ、私そういうの、いいから」

ピシャリと言い切る美乃。

女生徒のほぼ全員が、「えっ」という顔になる。

男生徒からは、小さく美乃コールが湧き起こった。


想定外の反応に動揺したのか、学斗は頬をピクつかせながら席についた。

美乃の後ろの生徒は、最近他校に転校したばかりだ。

そしてその更に後ろが、我らがフヌケ大王こと滝宮凪の席だった。

学斗は教科書を出しながら、首を少し横に向けた。


「ねえ、君。ちょっと聞きたいんだが……」

気付かれぬよう、小声で凪に話しかける。

「はぁ」

間の抜けた声が返ってくる。

「矢名瀬さんて、いつもあんな感じなの?」

「はぁ」

「僕を見ても反応無かった」

「はぁ」

「話しかけても素っ気なかった」

「はぁ」

「おかしい。こんな事は初めてだ」

「はぁ」

「……ねえ、君。ちゃんと聴いてる?」

振り向くと、凪はうつむいて鼻ちょうちんを膨らませている。

「……て、寝てんのかい!」

「はぁ……ムニャ……はぁ……」

一定のリズムで「はぁ」を連発しながら、爆睡している。

メトロノームか、お前は!(ナレーション)



あっ……という間に昼休みになる。

終業チャイムの最初の一音と同時に、凪が飛び起きる。

机上には、すでに五種類の菓子パンが並んでいた。

「ほら、行くわよ、凪」

お弁当箱を手にした美乃が声をかける

「ふぁ〜」

空気の抜けた風船のような返事をする凪。

パンをかき集めると、大事そうに抱えて席を立った。


「あ、あの……ちょっといいかな?」

その様子を見ていた学斗が、美乃に声をかけた。

「はい。何?」

凪を連れだって歩き始めた美乃が振り返る。

「君たち、どこに行くの?」

「どこって……お昼食べによ」

「え……二人で?」

「まさか、四人でよ」

「男女のペアでかい?」

「いえ、他の二人も女子だけど」


てことは……男一人に女が三人?

ちょっと待て、それって……

いわゆる……のシチュエーションじゃないか!

学斗は愕然としながら、改めて凪を眺めた。


ボサボサの天然パーマに半開きの口──

トロンとした死んだサカナのような目──

身長だって自分より低い──


なんでだ!?

なんでこんなヤツが、そんなハーレムでメシが食えるんだ?

金か?

……いや、さほど裕福そうには見えない。

成績か?

……いや、とても俺より賢そうには見えない。

ならば、話術に長けているとか?

……いや、さっきの対応からも、それは無い

ならば、なんだ?

それ以外の理由でもあるのか?

くそっ、……

ギリっと睨み付ける学斗に、訳の分かっていない凪はヘラっと愛想笑いを浮かべた。

猛烈な屈辱感が、学斗の全身を駆け巡る。


「あの、もし差し支えなければだけど……」

気持ちとは裏腹に、落ち着いた口調で学斗は切り出した。


これは……確かめねばならん!


俺の魅力に無反応だったこの矢名瀬とかいう女子が、なぜこんなフヌケたヤツを誘うのか……


「僕もそのランチに、混ぜてもらっていいかな?」


なんとしても、確かめなければ!


なぜ俺の流し目が、……


「別にいいわよ」

あっさり即答する美乃。

「ありがとう……そう言えば、まだ君の名前を聞いてなかったな」

そう言って、学斗は凪の顔を上から見下ろした。

「はぁ……ナギ……す」

照れくさそうに答えるフヌケ少年。

「そうか、君か」

「いや、全然違うし!タキミヤよ……滝宮凪がコイツの名前」

美乃が即刻訂正する。


タキミヤ……ナギ


学斗は心の中で反復しながら、笑顔を引きつらせた。

「よろしく、滝宮君」

学斗が握手の手を差し出す。

恐る恐る凪が触れた途端、力まかせに腕を振る。

フヌケ少年の体が、風に吹かれたたこのようにクルクルと舞った。

「よ、よ……ろ……ひ……きゅっ……」

「君とは気が合いそうだね!ハハハ」

フラフラになった凪を見据え、学斗は笑い声を豪快に響かせた。



校舎の屋上に着くと、すでに紀里香と百合子が待っていた。

「フーちゃん、美乃ぉー、遅かったじゃん!」

紀里香が、手を振りながら呼びかける。

横に座った百合子も微笑みながら会釈する。

「ごめん、ごめん。ちょっと飛び入り参加があったもんで」

そう言って、美乃は皆に学斗を紹介した。

「へー、すごいイケメンじゃん」

「背、お高いんですね」

紀里香と百合子が、口々に感想を述べる。

「こっちが浜野紀里香で、こっちが朝霧百合子……いつもの昼食メンバーよ」

「でこピン美乃とユカイな仲間たちでーす!」

「誰が、でこピン美乃よ!」

紀里香のおチャラケに、すかさずツッコむ美乃。


学斗の体に嬉しい衝撃が走る。


おいおい、マジか!?

こいつは……じゃないか!


すましてはいるが、端正な顔立ちの美乃──

やんちゃそうだが、アイドル顔の紀里香──

お嬢様然とした文句なしの美形、百合子──

どれも掛け値なしの美少女だ。


「やあ、こんにちは!お嬢さんたち。クわぁ〜んのんじ……がくと……ですっ!」

学斗は前髪をかき上げながら、ありったけの流し目を送った。

ニヤリと笑う口元に、白い歯がキラリと光る。


ふ、決まったな!

これで俺に魅了されないヤツなど、いな……


「あっ、またフーちゃんたら菓子パンばっかり!栄養かたよるよ……はい、アーン」

紀里香が、弁当箱の玉子焼きを凪の口に持っていく。

「凪さん、今日フルーツ持ってきたんです。よろしければ、おひとつ」

百合子が、いそいそとミカンの皮をむき始める。

「ほら、慌てて食べるから!……はい、これ」

美乃が、水筒のお茶を凪に差し出す。

フヌケ大王はフガフガ言いながら、されるがままになっていた。


な、なん……だとっ……!?


学斗の目がその光景に釘付けとなる。


なぜだ!?

なぜ、俺の流し目が効かない?

これは、成功率百パーセントの超必技なんだぞ!

これまで、落ちない女子などいなかった。

やぁ〜だぁ〜ガクトきゅんたらぁ〜

……てな感じで、誰もが顔を赤らめるはずなんだ。

それが……

それが、なんでコイツらには……


ついに、学斗の屈辱感が臨界点を超えた。

血液が、沸騰したヤカンのように水蒸気を噴き上げる。

もはや、平静さを保つ余裕など無かった。


「もう我慢ならん……凪君、僕と勝負したまえっ!」


すっくと立ち上がると、学斗は凪に向かってえた。

鬼のような形相で、目には怒りの炎が燃えている。

凪に向けられた指が、ワナワナと震えていた。


その突然の申し出に、その場の全員が唖然とする。


美乃は大きく目を見開き

紀里香はソーセージをポロリと落とし

百合子は泣きそうな顔になり

そして、我らがフヌケ大王は……


メロンパンを頬張り、至福の笑みを浮かべていた。

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