百合子の冒険〜その6

『可憐な瞳』……


白いデルフィニウムの花言葉にして、四つ目のヒント……


顔を上げた百合子の頬が、見る見る紅潮する。

何か思い付いた様子だ。


「すみません、凪さん……一緒に来てもらえますか!?」

百合子が興奮した口調で言い放つ。

「はぁ……ど、どこへ?」

キョトンとした顔で、凪が答える。

「もう一度……体育館の別館へ」

「はぁ……」

「美術部の展示作品のところです」

「はぁ……」

「陸奥亮子の肖像画です」

「はぁ……」

「……ええい、じれったい!とにかく来てください」

反応の鈍い凪の袖口を掴み、百合子は部室を飛び出した。


一刻も早く確かめなければ……


蒟蒻こんにゃくのように揺れるフヌケ大王を引きずりながら、百合子は唇を噛み締めた。


挑戦状の主が白いデルフィニウムを選んだのは、『可憐な瞳』をヒントにしたかったからだ。

これを、今までの花言葉と合わせて表すなら


「美術部が一つにまとまって創るを見よ」


これなら、具体的なヒントとして成り立つ。

つまり、

それが何か確かめなくては……

早くしないと、美術部の作業が終わり会場が施錠されてしまう。

百合子が焦っているのは、このためだった。


会場ではすでに後片付けが終わり、部員二名が最後の点検を行っていた。

百合子はそのうちの一人に話しかけた。


「すみません、あの……ちょっと作品見せてもらっていいでしょうか?」

「え、今から?」

その部員は怪訝けげんそうに眉をしかめたが、百合子の真剣な眼差しに肩をすくめた。

「まあ……点検が終わるまでならいいけど」

「ありがとうございます」

百合子は礼を述べると、そそくさと肖像画に近寄った。

凪もハアハア息を切らしながら後に従う。


巨大なキャンバスは、台座に立て掛けられていた。

色塗りもされ、ほとんど完成している。

写真そのままに描かれた陸奥亮子の顔は美しかった。

その前に立つと、百合子は肖像画の目のあたりを凝視した。


「可憐な瞳……亮子の瞳……」


百合子は無意識に呟いた。

向かって左方向を向いた亮子の視線は、やや上を見つめている。

何を見ているのかは分からない。

百合子は思い切って顔を寄せてみた。

微かな輝きを帯びている部分まで、実に精緻に描かれている。

だが、それ以外特に気になる点は無かった。

非常に良くできている……

それだけだ。


百合子は、じっと見つめたまま後ろに下がった。


おかしい……何も無い


思わずため息が漏れる。


この絵の目に、何かあると思ったんだけど。

間違っていたのかしら……


さらに一歩下がる。

時間の経過と共に、焦りが増す。

救いを求めるように振り向くと、凪の姿が無かった。

会場を見回すが、どこにもいない。


あれ?一体どこに……


不安に駆られる百合子の耳に、コトリと音がした。

キャンバスの後ろからだ。

慌てて背後に回ると、凪が台座にもたれて寝ている。


「凪さん……ダメです!そんなところで寝ちゃ」

「ムニャ……ぐう……」

「起きてください!」

「ZZZ……」

「いや、いびきをマンガ風にしたってダメですから」

「ムニャ……マリー♡……ぐう……」

「もう……アチョっ!」

首筋に炸裂した百合子の空手チョップで、凪が飛び起きる。

「ふぇっ!アンタワペットちゃん……ボクの負け!?」

驚き顔であたりをキョロキョロ見回す。

また変な夢見てたな、コイツ……


「すいません。咄嗟に手が出て……」

頭を掻きながら起き上がる凪に、百合子が頭を下げる。

「し、しーません。走り疲れて、つい……」

凪も慌てて、頭を下げる。

同時に顔を上げた二人の視線がぶつかる。

「ぷっ……」

思わず、二人とも吹き出してしまった。


いつも落ち込みそうになると、こうしてなごませてくれる。

凪さん……ホントはもう分かってるんだろな。

この謎の答えが……


だが、百合子はあえてその事には触れなかった。

陰ながら応援してくれる凪の気持ちを大切にしたかったからだ。

必ず最後まで、自分でやり遂げる。

百合子は、新たな決意を笑顔にこめた。


「か、可憐な瞳は、分かりましたか?」

凪が心配そうに問いかけた。

「それが、肖像画の目を確認してみたんですけど……何も見つからなくて……」

残念そうに返す百合子。

「そうですか……」

そう呟くと、凪は百合子の顔をじっと見つめた。

「な、なんでしょうか?」

凪の予想外の行動に、百合子は戸惑いの色を浮かべた。

「いえ……やっぱり絵よりも本物の瞳の方が綺麗だなと思いまして……」

「な……」

百合子の顔が真っ赤になる。


ど、どうした凪!?

なんだ、そのキザなセリフは?

なんか悪いものでも食ったか?

(思わず叫んでしまった……筆者)


「特に瞳の奥が……」

「え……そんな……」

とうとううつむいてしまう百合子。

両手の指を胸前でモジモジさせる。


「瞳の奥の……血管が……イソギンチャクみたいで……キャハハ!」

「……アチョっ!」

再び百合子の空手チョップが炸裂した。

「いいかげんにしてください!ふざけてる場合じゃないんです」

もんどり打って倒れる凪を、百合子は睨みつけた。


ホントにもう、このヒトときたら……


何が、瞳の奥がイソギンチャクよ!


瞳の……奥が……


奥……?


百合子の表情が、見る見る変わる。


大きく目を開くと、急いで肖像画の前に立った。

陸奥亮子の目の位置を確認すると、

白い布地の張られた裏面で、再び目の位置を確かめる。

目星をつけた場所を、顔を擦り付けるように確認した。


「あった!」


小さく叫ぶ百合子。

布地の僅かな隙間に、白い紙片が挟まっている。

百合子は震える手でつまむと、慎重に引き抜いた。

すると、紙片に吊られた状態で手紙が現れた。

そこの箇所だけ、ポケット状になっていたようだ。


見つけた!

五つ目の……最後の挑戦状だ。


宛名は間違いなく『貴殿への挑戦状』となっている。

百合子はすぐさま中を確認した。

やはり写真が一枚──


この花は……!?

百合子は目を丸くした。


欄外には『1』の数字と共に、何か走り書きがある。

そこには、こう書かれていた。


『明日の放課後、園芸部部室で待つ』


写真に文章が書かれているのは、これが初めてだ。


「凪さん、これ見てください」


チョップの直撃でフラつく凪に、手紙を見せる。


「私……肖像画の目ばかりに気を取られてました。陸奥亮子の可憐な瞳は、彼女の内面の美しさが表れたもの……目に映る容姿では無く、という事です。そしてそれは、肖像画の裏側……を示していたんです」

息もつかせず、百合子は喋り続けた。

理路整然と推理過程を話す自分に、驚きを隠せなかった。

私……こんな風に……喋れるんだ……

高揚感が顔を火照ほてらせ、鼓動を早める。


「ありがとうございます、凪さん……凪さんの『瞳の奥』という言葉で、気付く事ができました」

「はにゃ〜?」

頭を下げる百合子に、ハテナマークを浮かべた凪が首を傾げる。

それを見て、百合子はクスリと笑った。


きっとこのヒトは気付いてたんだ。

でも、あからさまに手助けできないから、あんな風にヒントをくれたんだ。

いかにも、凪さんらしい……


百合子はニッコリ微笑むと、もう一度メモに目を落とした。


いよいよ最後だ。

明日、一連の挑戦状の謎が明らかになる。

一体誰が、なぜこんな事をしたのか……

それはきっと、この五つ目の花言葉に関係しているに違いない。


なぜか、少しも怖くは無かった。

それどころか、この緊張感が心地良いとさえ思えた。

数日前の自分からは想像できない変貌ぶりだ。

ここまで辿り着けたという達成感が、少女に揺るぎない自信を植え付けたのだった。

百合子の顔に、うっすらと笑みが浮かんだ。



そして会場の入口に、その様子をうかがう人影があった。

携帯を耳に当て一言二言ひとことふたこと何か喋ると、静かにその場を離れた、

一瞬の明かりに照らされたその人物──永峯泰葉ながみね やすはの顔にも、笑みが浮かんでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る