百合子の冒険〜その5

美術部の展示作品に描かれた女性──


名を陸奥亮子むつ りょうこという。

明治の政治家・陸奥宗光むつ むねみつの妻で、『鹿鳴館ろくめいかんの華』と呼ばれた麗人だ。

ハーフのような目鼻立ちに、凛としたたたずまいが美しい。

百合子も、歴史の教科書に載っていたので知っていた。


「確かに……上品な淑女だ」

百合子がまた呟く。

スパティフィラムの花言葉がこれを示しているのは間違いない。

この陸奥亮子の肖像画を……

という事は……

百合子は顎に手を当てた。


挑戦状の主は、この展覧会の作品が陸奥亮子である事を知っている者だ。

美術部員は言わずもがな──

紀里香のように、美術部に友人のいる者も対象となる。

生徒会やイベント関係者も知っているだろうし……

ダメだ……多過ぎる。

この段階で相手を特定するのは、ほぼ不可能に近い。

百合子は大きくため息をついた。


「こ、これは……マリー!」

意気消沈する百合子の後ろで驚き声が上がる。

いつの間にか凪がそばに立っていた。

「びっくりした……何ですか?マリーって」

「このヒト……マリー・アンタワペット」

「それを言うならじゃないですか。それ、ペット飼ってる人が怒りますよ」

振り向き様に、訂正する百合子。

「この人は陸奥亮子……れっきとした日本人です」

「ムツ・リョウコ……アントワネット」

「いや、アントワネットは忘れてください!」

百合子は苦笑いしながら、肩をすくめた。

沈んだ気持ちなど、どこかへ飛んでしまった。


そうだ……落ち込んでる場合じゃない。

早く、次の手掛かりを見つけないと。

次の挑戦状は……どこかしら?


百合子は気を取り直すと、館内を見回した。

舞台上の飾り付け以外は、見慣れた風景だ。

展覧会に来る観客のために、余分な物は取り払われている。


「あの……朝霧さん?」

突然の呼び掛けに振り向くと、一人の少女が立っていた。

美術部員の永峯泰葉ながみね やすはだ。

創作の手を止め、近寄って来ていた。

「はい。あ、永峯さん……なんでしょう?」

「これを渡そうと思って……」

慌てて答える百合子に、泰葉が何かを差し出す。

それは、一通の手紙だった。

「あ!?これって……」

思わず声を上げる百合子。


『貴殿への挑戦状』と書かれた封筒──


間違いない。

探していただ。


「どうして、あなたが……これを?」

百合子はまじまじと泰葉の顔を見た。

「あの、なんか……私の机の中に入ってたんです。このメモと一緒に」

そう言って、泰葉は小さなメモを見せる。

そこには、小さな字で走り書きがあった。


『朝霧百合子さんが展示作品を見に来た時に渡してください』


乱れた字体のため、相手の見当はつかない。

きっと、ワザとそうしているのだろう。


「誰が入れたのか分からないけど、とりあえずあなたに渡した方がいいのかなと思って……」

戸惑いがちに説明する泰葉に、百合子は小さく頷いた。

「そうなんだ……ありがとう」

にっこり笑う百合子を見て安心したのか、泰葉は手を振って戻って行った。


四つ目の手紙──

思わぬところから現れた。

相手は作品の事だけでなく、


一体どうして?

なぜ分かったのだろう?


悶々とした気持ちのまま、百合子は手紙を開いた。

中にあったのは、やはり一枚の写真。


「これは……デルフィニウム?」

そこには五枚花弁の白い花が写っていた。

写真の隅には『2』の数字もある。

ついに、四つ目のヒントが手に入った。


園芸部に戻った百合子は、例によって植物図鑑を紐解いてみた。

一緒について来た凪も横から覗き込む。


「デルフィニウム……花言葉は『清明』」


清明……?

清くてはっきりしていると言う意味だ。

柔らかく重なり合った花びらの印象から付けられたとある。

確かに写真で見る陸奥亮子の姿は、けがれが無く才智に満ちている。

清明そのものだが……

でも、それが何のヒントになるのだろう?


『美』は美術部を示し

『結束』は部員たちの様子を示し

『上品な淑女』は展覧会の作品を示していた。

これを一つの繋がった文章で言い表すとすれば……


「美術部が一つにまとまって創る陸奥亮子の肖像画を見よ」


という事になる。

つまりこれが、挑戦状の送り主の指示なのだ。


そして『清明』……


仮に、これも指示文に組み入れたとするなら


「美術部が一つにまとまって創るの肖像画を見よ」


となるのだが、何かピンとこない。

『清い』が付こうが付くまいが、文章の意味は一緒だ。


分からない……

一体、これのどこがヒントなんだろう……


百合子の顔に苦悶の色が広がる。


「こ、こっちの花の方が、キレイっす」


思い悩む百合子の後ろで、ポツリと凪が呟いた。

振り向くと、トロンとした目で写真を眺めている。


「こっちの花って……何と比べてですか?」

問いかける百合子に、凪は図鑑を指差した。

よく見ると、図鑑のデルフィニウムはだった。

「ああ……でもこれ、一応同じ花なんですよ。確かに白いデルフィニウムは、珍しいですけど……」

そこまで言いかけて、百合子は言葉を詰まらせた。


そう……そうだわ!

デルフィニウムと言えば、一般には図鑑にあるような青花が有名なはず。

雑誌や写真集でも、たいていは青い花だ。

でもこの写真のデルフィニウムは白花……

なぜ、あえて白いデルフィニウムを選んだのかしら?

なぜ……この色を……


そこで百合子はハッと顔を上げた。

その瞳は大きく見開き、輝いている。

「思い出しました!凪さん」

そう言って、百合子は凪の顔を見つめた。

明らかに、何かに気付いた様子である。


「デルフィニウムの花言葉は『清明』……でもそれはデルフィニウム全体を指したものなんです。その中で唯一、があるんです」

急いで百合子は、手に持つ図鑑の頁をめくる。

最後の参考資料の中にそれはあった。


【デルフィニウム……その他の花言葉……】


凪は何も言わず、微笑みながら待っている。


「これだわ……『』」

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