百合子の冒険〜その4

その日から、百合子の宝探しが始まった。


三つの花言葉が示す場所──


『美』『結束』『上品な淑女』を辿たどった先に、はあるはずだ。

勿論、が何かは分からない。

今はとにかく、足で探すしかない。


だが想像以上に、捜索ははかどらなかった。

全ての挑戦状が揃っていない現状では、雲を掴むようなものだ。

校内をあちこち回ってみるが、いまだそれらしき場所は見つかっていない。


そもそも三つの花言葉自体が、何を表しているのかが分からない。


人なのか……

物なのか……

はたまた何かの比喩なのか……


休み時間を使って巡回するも、行き詰まってしまった。


「最近、お昼来ないわね」

放課後、廊下で出会った美乃に声をかけられた。

「部活忙しいの?」

「うん……花壇の手入れが大変で……」

咄嗟に言葉を濁す百合子。

今の状況を話したい欲求がふくれ上がる。

でも……ダメだ。

自分で何とかするって決めたんだから。

助けてと喉元まで出掛かるのを必死で抑える。


「そうなんだ……大変ね」

特に不思議そうな顔もせず、美乃は頷いた。

「何か手伝える事があれば、いつでも言ってね」

「ありがとう」

微笑みながら答えると、美乃もニッコリ笑った。

「そう言えば最近、放課後になると凪の姿が見えなくなるんだけど、百合子何か知ってる?」

「……ああ、それならたまに、園芸部に来て植物図鑑観てるわ。なんか、宝の地図みたいで面白いって言って」

咄嗟にごまかす百合子。

美乃には悪いが、立ち会って貰ってるとは言えない。

「ふーん……全く何してんだか、あのフヌケ馬鹿」

それだけ言い残すと、美乃は手を振りながら去って行った。

百合子はほっと胸を撫で下ろした。


しばらく行くと、今度は紀里香が何やら両脇に担いで走って来るのが見えた。

「ハーイ、百合子。最近お昼来ないね」

美乃と同じ問いが飛び出す。

百合子も美乃の時と同じ返事を返した。

「あなた、何してるの?」

話題を変えようと、百合子が尋ねる。

「ああ、これ」

紀里香は脇に持った画材を揺すった。

「泰葉の手伝いよ。美術部の展覧会が近いらしくて」

「あら、そうなの」


永峯泰葉ながみね やすは……紀里香のクラスメイトで美術部員である。

百合子も何度か喋った事がある。

(エピソード『匣の中の画伯』ご参照よろぴく!)

「今回は部で一つの作品を創るらしいわ。だから部員総出で頑張ってる」

美術部員では無いが、友達のためなら労を惜しまない。

いかにも、コミュ強な紀里香らしい。


「じゃまた後でね!」

紀里香はニッコリ笑うと、忙しそうに去っていった。

「美術部の展覧会か……」

その後ろ姿を眺めながら、百合子は呟いた。


薔薇の花言葉が『美』という事から、美術部には真っ先に足を運んだ。

部員が二人ほど倉庫整理をしていただけで、特に気になる点は無かった。

でも今にして思うと、放課後の部活動にしては少な過ぎる。

紀里香の言う、【部で一つの作品を創っている】ようには見えなかった。


ひょっとして…………違う場所で?


気になりだすと、居ても立っても居られない。

百合子はきびすを返すと、小走りに美術部へと向かった。



部室には部員が一人で、棚の整理をしていた。

「あの、すみません」

肩で息をしながら声を掛ける。

「展覧会の作品て、どこに展示するんですか?」

切実な表情の百合子に、部員が不思議そうに首を傾げた。

「……ああ、それなら体育館の別棟よ」

ペコリと会釈すると、百合子は言われた場所を目指した。



体育館に着くと先客がいた。

黒いサングラスにウェーブのかかった茶髪──

どう見てもウィッグだ。

入口の陰から、中を覗き見ている。

あれ?この光景って、どっかで……


「凪……さん?」

「ぶ、ぴゃあっ!」

聴いた事のある悲鳴が轟く。

「ど、ドナタデぇスカ?おいどん、ニホンゴ、アカンのドスエ」

「いや、それはもういいですから。方言めちゃくちゃですし」

百合子が呆れ顔でツッコむ。

「ひょっとして、また変装で見張りですか?」

「は、はい。薔薇の『美』は、美術部の事かと……」

そっか……

凪さんも気付いて、ここまで辿たどって来たんだ。

「でも、なんで中に入らないんですか?」

「いや、なんか……みなさん忙しそうで……お邪魔になってはいけないと……」

照れ臭そうに頭をかく凪の言葉に、百合子も中を覗いてみる。


校内イベント用に作られた別館は予想以上に広い。

暗幕の垂れ下がった舞台では、多くの少女が動き回っていた。

美術部の部員全員が集結しているようだ。


舞台でかがんで筆を走らせる者──

袖口で飾り付けをする者──

音響・照明を調節する者──

どの顔も真剣そのものだ。

皆、見事に一致団結している。

一致団結……して……


待って……


この状況って……


よく見ると……


皆がしてる!?


百合子の脳裏にアサガオの花言葉が蘇る。

目の前に広がる様子は、まさに『結束』そのものではないか!

自らの発見に、百合子は驚きを隠せなかった。

これが単なる偶然とは思えない。

アサガオの花言葉が示しているのは、絶対にこれだ!

『美』は美術部を指し、『結束』は部員たちの様子を表している。


ならば三つ目の写真の答えも……ここに?


スパティフィラムの花言葉……


百合子はゆっくりと館内に足を踏み入れた。

そのまま、まっすぐ舞台に向かう。

うずくまる部員の間から、展示作品が垣間見えた。


それを目にした百合子の表情が変わった。

鼓動が早鐘のように鳴り響く。

そこに置かれていたのは、大きなキャンバスに描かれた肖像画だった。


ゴシックな洋装に身を包んだ女性──

日本人だ。

凛とした横顔が気品に満ちている。


百合子は無意識に呟いた。


「上品な……淑女」

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