百合子の冒険〜その3
『5』『4』とくれば、次は当然『3』……
これがカウントダウンであるなら、あと三回挑戦状がくる事になる。
百合子は陰鬱な表情を浮かべた。
はたして本当にそうなのだろうか?
『二度あることは三度ある』と言うが、単なる思いつきなだけで自信がある訳では無い。
標記された数字を見て、そう直感しただけだ。
もしかしたら、もう起こらないかもしれない。
やっぱり、単なるイタズラだったのかもしれない。
自分としては、終わってほしいような、次を期待しているような、複雑な心境だった。
思い悩みながら登校すると、木陰に不審な人物を発見した。
ウチの学校の制服は着ているが、サングラスに口ひげを生やしている。
半身の態勢で、チラチラと校舎を覗き見ていた。
「凪……さん?」
「ぶ、ぴゃあっ!」
百合子が声を掛けると、訳の分からない悲鳴を上げる。
「ゆ、ゆ、ゆるこ……たん!?」
驚きのあまり、なんかユルんだ名前になっている。
「ど、ドナタデぇスカ?ワイ、ニホンゴ、アカンネン」
「いや、今ユリコさんて言いましたよね。あとなんで関西弁!?」
すかさずツッコむ百合子。
「何してるんですか?そんな格好で……」
「へ、変装です。怪しまれないように」
「いやいや、制服着てヒゲ
百合子が苦笑いしながら、さらに言い放つ。
絶妙の間合いも、すっかり身についたようだ。
「ひょっとして、下駄箱を見張ってるんですか?」
百合子の問いに、凪がぎこちなく頷く。
「こ、ここからなら犯人が見えるかと……」
「……そうですか。私のために、ありがとうございます」
そう言って、百合子は頭を下げた。
「でも……たぶん、現れないと思います」
百合子には
前の二回が下駄箱だったからと言って、次も同じ場所とは限らない。
いや、むしろ違っている可能性の方が高いと思う。
今の凪さんのように見張る者がいる事は、当然相手も予想しているはずだ。
それを承知で、あえて危険を冒すとは思えない。
あら?
やだ……私ったら……
なんか、美乃みたいな口調になってる。
百合子は目を丸くした。
今のは【想像】では無く、どう見ても【推理】である。
自分にこんな分析ができるとは……
なんとなく嬉しさがこみ上げる。
百合子の胸に、ほんの少し自信の芽が顔を覗かせた。
それにしても……
百合子は二度目の写真を思い浮かべた。
薔薇とアサガオ……
どういう意味があるんだろう?
あの後、百合子はアサガオを植物図鑑で調べてみた。
「……ヒルガオ科サツマイモ属。日本で最も発達した園芸植物。品種改良の盛んな花で、様々なイベントに活用されている……八月の誕生花……花言葉は『結束』……か」
やっぱり、まだ分からない。
とにかく、次の手紙を待つしかないか……
本当に次があれば……だけど。
だが、三度目は予想以上に早く訪れた。
百合子は下駄箱を開けたが、思った通り何も無かった。
少しガッカリした様子で教室に入る。
机に教科書を入れようとした時、手に何かが当たった。
慌てて覗き込む百合子。
震えながら引き出した手には、手紙が握られていた。
『貴殿への挑戦状』の宛名
これは……
三つ目の挑戦状だ!
驚きと興奮で胸が高鳴る。
震える手で中を確認すると、やはり一枚の写真が入っていた。
「これって……スパティフィラム!?」
思わず声が出てしまった。
慌てて周りを見回すが、皆気付かぬ風で歓談している。
勿論、誰が入れたのかは分からない。
百合子はため息をつくと、そのまま写真を封筒に戻した。
放課後の園芸部部室──
例によって、百合子は植物図鑑を開いている。
「……ありました!これです」
百合子の声に、ちょうちんがパンと
「ふぇっ!ハエトリちゃん……ボクの負け!?」
驚き顔であたりをキョロキョロ見回す。
一体どんな夢見てたんだ、コイツは……
「スパティフィラム……」
フヌケ先生の寝言を無視し、百合子は図鑑を読み上げた。
三つ目の花の名前である。
「サトイモ科スパティフィラム属。主に森林の湿地帯に自生し、三十種が確認されている……八月の誕生花……花言葉は『上品な淑女』……」
そこまで読んで、百合子は写真に目を向ける。
花は独特の形状をしていた。
その葉が一見、大きな花弁のように見えるのが特徴だ。
薔薇やアサガオのように、よく知られた花では無い。
恐らく、百合子のように名前を言える者は少ないだろう。
期待通り
挑戦状が全部で五つあるなら、花の写真も五枚あるはずだ。
一つ一つの写真で考えるからダメなのかな。
五枚揃わないと答えが見つからないのかも……
でもその答えって、一体何だろう?
ふと凪に目をやると、また植物図鑑を手にして何やらブツブツ言っている。
小さい子どもみたいに、興奮で顔を真っ赤にしていた。
百合子は不思議そうに首を傾げた。
「あの凪さん……何見てるんですか?」
「こ、これです!」
凪が鼻息荒く指差したのは、植物の分布図だった。
世界地図を背景に、自生地域が色とりどりに区分されている。
「ま、まるで宝の地図みたいで、カッチョいいっす!」
嬉しそうにまくし立てるフヌケ大王。
「は、はあ……」
剣幕に押され、百合子は言葉を詰まらせた。
宝の……地図ね……
言われてみれば、そう見えなくもない。
そうなると、各エリアに付いてる小さな花の写真は、さしずめ宝のありかといったところか。
宝の……ありか……
地図?
…………!!
百合子はハッと顔を上げると、再び三枚の写真を眺めた。
そうか、これってもしかして……
何かの場所を示してるんじゃ!?
勿論、それが金銀財宝だとは思っていない。
ただ、ヒントを
あながち、間違いではないような気もする。
仮にそうであるなら、場所を示すヒントはどれになるんだろ?
百合子の目が、生き生きと光り出す。
花の名前?
それとも色?
……関連性が見えないな。
違うかも。
自生地域は……
いっぱいありすぎて、ヒントにならない。
これも違うな。
育て方……
内容の範囲が広すぎる
だいたい鑑賞用植物の育て方って、千差万別だから。
これも関係無さそう。
誕生月……
薔薇は六月で、アサガオとスパティフィラムは共に八月。
数字が入ってるから、何となくそれっぽいけど……
花言葉……
三つの花をまとめると、『美』『結束』『上品な淑女』。
これは暗号みたいで、いかにも何かありそう。
昔読んだ宝探しの物語にも、こんなのがあったな……
という事は、最も怪しいのは花言葉か……
これを解けば、
探している何かに──
やっと方向性らしきものが見えてきた。
もしかしたら間違っているかもしれないけど……
でも構わない。
百合子は信じてみる事にした。
自分の推理と直感を。
「凪さん」
百合子は決意のこもった視線を凪に向けた。
「聴いて頂けますか。私の推理を……」
それまで眠そうにしていた凪の顔に、満面の笑みが浮かんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます