百合子の冒険〜その2

「謎解きって、どうすればいいんだろう……?」


放課後の園芸部部室で、百合子は不安げにつぶやた。

チャレンジ宣言したものの、何から手をつければいいかサッパリ分からない。

部屋のかたわらでは、例によってフヌケ先生が植物図鑑を片手にキャーキャーはしゃいでいる。

それを横目で見ながら、百合子はため息をついた。


「やっぱり、無謀だったかしら……」

早くも弱音が出てしまう。

こういうところも、彼女の嫌いな部分だった。


いや、ダメダメ、あきらめちゃ!


百合子は首を振って、自らをいましめた。


考えるのよ、百合子!


百合子はかつて、自分の恋文が招いた事件の事を思い起こした。

振り返ると、今でも少し胸が痛む。

(エピソード『盗まれた恋文』ご参照よろぴく!)

事件は美乃と凪が解決してくれたのだが、その体験を活かせないだろうか。

あの時、二人はどんな風にしたんだっけ?

当時の記憶を手繰たぐりながら、再度手紙を手にする。


『貴殿への挑戦状』


手書きでは無く、印字されている。

この手紙の謎を解けと言っているのは間違いない。

そして、封入されていた薔薇の写真……

これも、園芸部である自分を想定しての事だろう。


でもなぜ、なんだろう?


確かに好きな花ではあるが……


一体、何の意味があるんだろう……


思い悩む少女の目に、食い入るように図鑑を眺める凪の姿が映った。

先ほどまでのキャーキャーは、鳴りを潜めている。


そう言えば、確かあの時も……


凪さんは、


百合子は立ち上がると、静かに凪に近付いた。


「あの……凪さん……すみませんが、少し図鑑を見せてもらえますか」


凪はニンマリ笑って頷くと、素直に図鑑を手渡した。

すぐさま百合子は、薔薇について書かれた頁を開いた。


「薔薇……」


声に出して読み始める。

「……バラ科バラ属の総称。その花は鑑賞用や食用とされる。北半球の温帯域に広く自生し、種類は二千五百種にのぼる……」

書かれている内容の大半は、すでに頭に入っているものだ。


「……六月の誕生花で、花言葉は『美』……」

そこまで目を通し、一旦本を置く。

以降は育て方について記されていた。

はて……?

はたして、この中に何かヒントがあるのだろうか。

よく……分かんないな……


百合子は悩んだ。

凪に頼めば、恐らく手助けをしてくれるに違いない。

だが独力でやると言った以上、それはできない。


どうしよ……


百合子は再び凪の方に目を向けた。

フヌケ先生、今度は机上の鉢植えを眺めてケラケラ笑っている。

見ていると、つい釣られて笑いそうになった。


「あの……何がそんなに面白いんですか?」

なんとなく気分が軽くなり、思わず百合子は尋ねた。


「こ、この、は、はな……」

息も絶え絶えに凪が答える。

「はな?……ああ、このハエトリソウですか」

百合子は小さな豆状の植物に目を向けた。

緑色の食中植物だ。

寒さに弱いので、小鉢に入れ室内で育てている。

「こ、これと……ソックリで……キャハハ!」

涙を流しながら、凪が自分の携帯を見せる。

小さなの写真が写っていた。

口を開いた顔が……なんとなく似ている。


「は、はあ……」

苦笑いする百合子。


「あ、あと、これ……キャハハ!」

凪は腹を抱えながら画面を切り替えた。

今度はが口を開けた写真だ。

これも……似てなくも無い。


「な、なるほど……」

また苦笑いする百合子。

だんだんイライラしてきた。


「あ、あと、これ……キャハハ!」

凪が膝を打ちながら画面を切り替えた。

今度はが開いた写真だ。

「いや、それは違うだろ!」

百合子が思わずツッコむ。


え、何……!?

何も考えずに反射的に出てしまった。

私ったら……つい……


凪に目をやると、ニッコリ笑って親指を立てた。

「ナイス・ツッコミです……百合子さん」

その言葉に、百合子の顔が真っ赤になる。


いつも美乃と凪の間で交わされているやり取り……

面白くも、どこかうらやましかった。

まさか自分も同じ事ができるとは……

恥ずかしさで身の置き場が無かったが、不思議に悪い気はしなかった。


実にくだらない内容ではあるが

ほんの少し……

ほんの少しだけ、ような気がした。


「この薔薇の写真……植物図鑑の中に何かヒントがあると思ったんですけど……違うのかもしれません」

百合子は独り言のように呟いた。

考えは内に秘めるより、口に出した方がいいような気がした。

誰かに聞いてもらう事で、次に何をしたら良いか見つかるかもしれない。


「以前の事件を参考にしようと思いました。凪さんたちが何をしたかを参考に……」

凪は何も言わず、ただニコニコしている。


あの事件では、部室前に花束を置く人物を見つけるため、美乃と凪さんは張り込みをしたんだっけ。

きっとまた、現れると予測して……


…………?


…………!


百合子の目が大きく見開く。


「これって、ひょっとして……?同じような手紙がまた現れるんじゃ……」

興奮した声で百合子が言い放つ。


「行ってみましょう!凪さん」

先陣を切って、部室を飛び出す百合子。

今までに無かった光景だ。

「ふ、ふぁい!?」

ふいをつかれ、慌てて凪も続く。

渾身の蒟蒻こんにゃく走りでも、百合子の脚力には追いつかない。

本気になった少女の足は速かった。


二人がやって来たのは下駄箱だった。

肩で息をする百合子は、酸欠でヨレヨレの凪と顔を見合わせる。

少女はそのまま、自らの下駄箱の前に立った。


「★◇*◎〒▽♀♾¥!」

凪がモゴモゴと声を掛けるが、息があがって何言ってるか分からない。

フヌケ先生、慌ててノートに走り書きする。


『ハアハア、き、気をつけてください』


いや、ハアハアはいらんだろ!


百合子は意を決したように頷くと、下駄箱をゆっくり開いた。


中には……


推測通りのものが入っていた。



やはり宛名は、『貴殿への挑戦状』となっている。


百合子はそれをそっと取り出すと、中を覗いた。

一瞬、眉をしかめた後、中のものを取り出す。


また花の写真だ!?


だが、今度は薔薇では無かった。


これは……?


恐る恐る近寄って来た凪が、後ろから覗き込む。


「こ、これは……ウツボカズラ!」

「いえ、全然違います。これは……です」

間髪入れず切り返す百合子。

手にした写真には、薄青色のアサガオが写っていた。

そして写真の隅には、やはり小さな文字が……


『4』


数字の4だ。


百合子はしばし難しい表情をした後、おもむろに凪の方をかえりみた。

目が輝いている。


「凪さん、この数字って、ひょっとして……」


震え声だが、口調はしっかりしていた。


「……ではないでしょうか」

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