百合子の冒険〜その1

朝霧百合子あさぎり ゆりこは自分の性格が好きでは無かった。


何事にもおっとりしていて、世間知らず。

浜野紀里香はまの きりかのように社交的でも

矢名瀬美乃やなせ よしののように意志が強い訳でも無い。

よく『お嬢様気質』と言われるが、自分ではよく分からなかった。


だから下駄箱から一通の手紙が出てきた時も、驚きもせずただボーっと眺めてしまった。

「あら……何かしら?」

我に返ると、百合子は恐る恐る手に取ってみた。


白い封筒にはこう書かれていた。


『貴殿への挑戦状』


差出人の名は無い。

のり付けされていないので、中身はすぐ確認できた。

覗くと小さな紙片が一枚――

花の写真をプリントアウトしたものだった。


薔薇ばら……?」


それはだった。

そして紙片の隅には小さな文字があった。


『5』


数字の5だ。

何だろう……

頭にハテナマークが林立する。

誰が、何の為にこんなものを入れたのか、さっぱり検討がつかない。

美乃や紀里香のはずは無いし……

それともイタズラ?

どうしよう……


「お、おはよう……ごじゃい……まふ」


路頭に迷う百合子の耳に、聴き慣れたフヌケ声が入る。

振り向くと、予想通りの人物が立っていた。

我らがフヌケ大王こと、滝宮凪たきみや なぎである。

眠そうな目であくびをしている。


「あ、あの凪さん……」

フラフラと通り過ぎようとするのを、慌てて引き留める。

「ほぁぁ……」

例のごとく「はぁ」と言ったのだろう。

振り向くが、まだ死んだ魚の目をしていた。

「ごめんなさい。少し……ご相談があって……」

次第に頬が赤らんでくるのが、自分でも分かった。

いつもは美乃や紀里香がそばにいるが、こんな風に二人だけで話すのは初めてだった。

なんか……緊張する……

モジモジする百合子を見て、凪もモジモジし出す。


モジモジ……


「あ、あの……」


モジモジ……


「な、凪さん……」


モジモジ……


「あのっ!」


モ……


下駄箱に吸い付き、体をくねらせていた凪が動きを止める。

タコか、お前は!


「あの……これなんですけど」

百合子はぎこちなく、先ほどの手紙を差し出した。

「こ……これは!?」

それを見た凪が突然、あわてふためく。

「い、いや……ぼ、ぼくらは……ま、みゃだ……コッコセイですので……★◇*◎〒▽♀♾¥……」

どうやらラブレターと勘違いしたようだ。

にしても、何だコッコセイって……ニワトリの星か!

……と美乃ならばツッコむところだが、さすがに百合子では反応が悪かった。


しばしキョトンとした後、ハッと目を見開く。

「に、ニワトリの……ほ、ほしか……」

取って付けたようにツッコむ百合子。

い、いや、無理しなくていいから(汗)


「……ち、違うんです!さっき見たら下駄箱に入ってたんです」

百合子もあたふたと弁明する。

耳まで真っ赤になっていた。


「¥¥¥¥¥¥……!?」

まだ円マークを並べている凪に、百合子は封筒の表書きを見せた。

「誰が入れたのか分からなくて……どうしたらいいでしょうか」


「¥¥¥¥¥?」

おい、いつまで円マークやってんだ。

戻ってこーい!


「ち、挑戦状……ですか?」

戻ってきた凪が、手紙を眺めて呟く。

「はい。なんか、写真が入ってて……」

百合子は写真を取り出して見せる。

凪は首を真横に倒して、それを眺めた。

「これは……シクラメン……ですね」

「いえ、バラです……それに数字も書かれていて……」

百合子が写真の隅を指差す。

それを見た凪は小さく「ご」と呟いた。


「そ、それで、このタンポポに心当たりは無いと」

「バラです……はい。ただのイタズラでしょうか?」

百合子が不安そうに尋ねる。

すると突然、凪はその場で座禅を組むと、「むーん」とうなり出した。


ポン・ポン・ポン……(木魚もくぎょの音)


チーン♪


………………


………………


何も浮かばない……


「ふー、ひと休み、ひと休み……」

いやいや、休んでどうする!?


結局、『』のようにアイデアが浮かぶ事も無く、フヌケ大王はあえなく撃沈した。

(アニメ知らない人ごめんなさい)


「よ、美乃さんに、そ、相談しましょうか」

涙目になりながら、凪が進言する。

それには答えず、百合子はうつむいて何か考えていた。


封筒には挑戦状とあった……

誰かは知らないが、私にと挑んでいるのだ。

勿論、そんな事できる自信は無い。

美乃に相談すれば、きっと力を貸してくれるだろう。

あっと言う間に、犯人を見つけてしまうに違いない。

でも……

だけど……

それでは、

何もせず、逃げ出したのと同じだ。


やっぱり一人じゃ何にもできないのか……

結局、ただの『お嬢様』だったな……


そんな風に笑われるかもしれない。


やだな……


そんな風に思われるのは……いやだ。


だから……



「……いえ」


しばらくして、百合子はかぶりを振った。


「私……やってみます」


意を決したような声色だ。

真剣な眼差しの奥には、光るものがあった。


少女は自分の性格を変えたかった。

紀里香のように物怖じしない

美乃のようにハッキリものを言える人間になりたかった。

これはそのチャンスかもしれない。

だから決心した。

……


「凪さん……手伝って頂けないでしょうか」

「…………?」

上目遣いでお伺いをたてる百合子に、凪は一瞬目を丸くする。

「……あ、といっても、謎解きの手伝いではありません」

百合子は慌てて付け加えた。


「凪さんには、

少女の口調には、揺るぎない決意が込められている。


「美乃や紀里香に頼んだら、きっとどこかで頼ってしまう……凪さんなら、黙って見ていてくれると思ったので……」

百合子は胸の前で手を組んで嘆願した。

「ダメでしょうか……?」


美少女に頼まれて、イヤと言えるヤツなどいない。

いるとすればそれは、『耳』を英語でと問われて、『イヤ〜』と出来の悪い発音を返すヤツくらいだ。

(なんじゃ、そりゃ!?)

よって我らがフヌケ大先生も、英語風に「イエ〜」と答えた。


「は?」

「い、いや、何でも無いです。わ、分かりました」

凪があたふたと手を振りながら訂正する。

「が、頑張って、このハエトリグサの謎を解いてください」

「ありがとうございます!よろしくお願いします」

たちまち百合子の表情が、パッと明るくなる。

凪がそばにいてくれる……

その事が、少女の勇気を何倍にも増したようだ。


こうして、朝霧百合子の小さな冒険は始まった。


「あ、あと……これはバラです」

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