赤い髪の少女〜その7

あれから二週間が経過した。

校内を騒がせたマナコさんもすっかりナリを潜め、幽霊騒ぎも次第に沈静化していった。

幽霊報道で混乱を招いたとして、生徒会からの進言により新聞部は一か月の活動停止となった。

監督不行き届きの責任もとらせた形だが、いかにも情け容赦の無い高津川会長らしかった。

但し個人攻撃を避けるため、全校生徒には仙道麗美の一件は伏せられた。

町下エリカについては、美乃の進言もあり内々の注意勧告のみに終わった。

その後仙道麗美はすぐに退部届けを提出した。

特に反省の色も見せず、他に居場所を探すと言って出て行ったとの事だ。

困ったものである……



とある昼休み、屋上で昼食をとる人影があった。

美乃と紀里香と凪である。

百合子は部活の関係で他校に出かけ今回は不在だった。

輪になった三人の前には、お弁当と例の写真が置かれている。

「アンタ、あの写真見た時から赤目のこと気付いてたんでしょ?えらく首傾げてたし……自撮りだって分かったのはいつなの?」

弁当箱の蓋も開けずに美乃が凪に問いかける。

眼前に座るフヌケ先生の前には、五種類のパンが並んでいた。

「さ、最初にトイレの調査に行った時です……モグモグ」

凪はカレーパンを頬張りながら、写真を二人の前にかざした。

「ご覧のように、この写真にはトイレの窓が写っています……モグモグ。でもあの窓は小さくて高い位置にあるので、と思いました……モグモグ」

その言葉に美乃がハッとしたように目を見開く。

「ひょっとして……アンタそのためにあんな事をしたの?」

「え、何?あんな事って……」

美乃のセリフに紀里香が食いつく。

山のようなサンドイッチを凪の前に供えかけた手が止まる。

「コイツがいきなり仙道さんの前に立った事よ。あれって……

焼きそばパンを食べながら凪はこくりと頷いた。


「あの距離で撮った場合、仙道さんの身長では高すぎて窓はカメラに収まりません……モグモグ。つまりということになります。……モグモグ。ではどのようにして撮ったのか……あの場所で、マナコさんも個室のドアも小窓も一緒に写せるカメラアングルはどこなのか……モグモグ」

「……!?」

美乃の脳裏に姿が蘇る。

凪はコロッケパンをかじりながら微笑んだ。

「女性用の洗面台は低い位置にあります……モグモグ。彼女はそこにカメラを置き、水道の蛇口に立て掛けてアングルを調整しました。そこが女子トイレの中だと強調するために個室や窓も入れようとしたのです。そしてマナコに扮装した仙道さんはその前に立った……そうして撮られたのがこの写真です……モグモグ」

凪は味噌カツパンを口に入れると、改めて写真を指差した。


「さ、さすがフーちゃん!すごい洞察力。それでこそ私のマイハニーだわ♡」

いや、どう見てもハニーというよりでしょ……

パンを喉に詰まらせ、文字通り凪を見て美乃は苦笑した。

紀里香の差し出す水を飲み、やっと真顔に戻る。

凪は一息つくと、嬉しそうに最後のメロンパンに手を伸ばした。

「でももし、腰を抜かした状態で撮ったとか言われたらおしまいだったわね。それもローアングルだし」

感慨深げに紀里香が呟く。

お、珍しくまともな見解を述べたぞ、コイツ……

「それも彼女らしいミスよ。腰を抜かしたなんて彼女のプライドが許さなかった。……そんな称賛を受けたかったんじゃないかしら」

美乃のコメントは、相変わらず情け容赦の無いものだった。


ふいに紀里香の携帯が鳴り響いた。

メールの着信音のようだ。

「よ、美乃!フーちゃん!大変よっ、たいへん!」

メールに目を通した紀里香の血相が変わる。

「で、出たらしいわよ!でた、でた」

「出たって……今度は何?」

美乃があからさまに迷惑そうな表情を浮かべる。

またかと言わんばかりの口調だ。

よ!ゲタばきオ・ン・ナ」

「げ、げた……何よそれ?」

「知らないの?信じらんない……都市伝説よ、このガッコの」

「都市伝説って……マナコさん以外にまだあるの!?」

さすがの美乃も思わず声を張り上げた。

「私も最近知ったのよ。なんでも放課後に調理実習室にいると、何処からともなくらしいわ。私のツレが、聴いてしまったけどどうしよって言ってきた……とにかく行くわよ」

「行くって……どこへ?」

「決まってるじゃない。現場よ……調理実習室!我らゴーストバスターズの出番よ!」

いや待て、いつからゴーストバスターズになったんだ?

紀里香は散々くし立てると、メロンパンにかぶりつこうとする凪の襟首を掴んで駆け出した。

ボクのメロンちゃんが……と号泣するフヌケた声が校舎内に消えてゆく。

「ちょ、紀里香……待ちなさいってば!」

美乃も弁当箱を小脇に抱えると、急いで後を追って行った。



三人が慌ただしく去った屋上に、食べかけのメロンパンが残った。

やがて、どこからともなく現れた手がそれを拾い上げる。

白くか細い手だ。

パンを握った手は暫し悩んだ後、それをゆっくりと口に運んだ。

襟に三本線の入った白いセーラー服に白い共布ともぬのネクタイ、膝までの黒いプリーツスカートをはいた少女が立っていた。


「…………おいし♪」


そう言ってニッコリ微笑む少女の髪は……


真っ赤だった。

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